第13話 テスト結果

「――つまり、この問題はこの公式の変形で――」

「語呂合わせが苦手なら人間関係から覚えるのも手だよ、たとえばこの武将は――」


 白石さんの教え方は、かなり独特なものだった。

 学校での教え方とは違い、「なぜそうなっているのか」「これはどういう理屈で動いているのか」などを突き詰め、そこから答えを導きだしていく。

 最初はその教え方に戸惑ったけど、いざ慣れてみるとかなりわかりやすい。

 色々なものを覚えることに苦手意識のある僕としては、彼女の教え方はかなりありがたいものだった。

 なんせ覚えておくことは最小限で、それを応用して答えを書いていくのだから。

 問題があるとすれば、白石さんが思った以上に頭良くて、僕が教えることはなにひとつないということだけだ。

 ……アイドル業も忙しいし、もしかしたら白石さんに教えられるかもしれないって思ったんだけどなぁ。


「あ、そこの部分はそうじゃなくて、こういう読み方を――」

「そうなんだ。じゃあここは――」


 そんなこんなで、僕は白石さんにみっちりとテスト範囲を教えてもらったのだった……。


◇ ◇ ◇


 それから数日後。

 テストは無事終わり、あとは成績発表を残すのみとなっていた。

 白石さんのおかげもあって、今回の手ごたえはかなり良い。

 これならワンチャンあるんじゃないだろうか。


「……やっぱり人が多いな」


 みんな自分の順位を見ようと、色んな生徒たちがごったがえしていた。

 人の波に押されながら、なんとか踏みとどまって成績発表の紙を見上げる。

 真っ白な紙には、1位から25位までの名前が書かれていた。

 その中に自分がいないか、じっと目をこらす。


1位 爐佐知子

1位 白石海

3位 黒木晃


 あった。

 順位は3位、爐さんと白石さんが1位タイを取っているので、事実上の2位だ。

 薄野高校は進学校として有名で、海外も含めた有名な大学へ進学する人が多い。

 そこから高名な研究者になったり、大企業の社長になる人も。

 その中で3位になったというのは、すさまじいことだ。

 しかも、その前のテストでは名前も出ていなかったような生徒が急に成績を上げたのだから、話題性は抜群だ。

 事実、周りの生徒たちが僕の名前を見てざわめいていた。

 別クラスの人たちは「誰だ?」「知らない?」「転校生とか?」「いや、でもまだ居なかったはずだろ」となにやら話し合っていたし、クラスメイトは「黒木って……」「あー、ウチのクラスに居たような……」「でもあいつ前回はこうだったか?」「いや、そうじゃなかった気がする」とざわついていた。

 客観的に見れば、これは自慢しても良いくらいの大健闘だろう。

 まあ先生からは多少目を付けられてしまうかもしれないが、それも今まで通り大人しくしておけばなんとかなる問題である。

 ……とはいえ、それはあくまで客観的に見ればの話であり――


「……ちょっと、悔しいなぁ……」


 ――僕にとっては、これは非常に悔しい結果だった。

 なぜって、今回の目的は爐さんをギャフンと言わせることだったのだ。

 しかもそのために、白石さんにまで協力してもらった。

 自分から言い出したからというのもあるかもしれないけど、忙しいアイドル活動の合間を縫って、僕の勉強を見てくれたのだ。

 そこまでやってもらえた以上、爐さんの成績を抜きたかったというのが本音である。

 今回のように抜くことがそもそもできない状態だったとしても、せめて白石さんのように同じ成績を取りたかった。

 ……きっと、白石さんは褒めてくれるだろう。

 「よくやったじゃん!」と、僕に抱き着く様子が目に浮かぶ。

 だから、これはあくまで僕の問題なのだ。


「……ま、ずっと眺めていても仕方ないか」


 とりあえず教室に戻ろう。

 そう結論づけた僕は、人ごみをかき分けながら教室へと足を進めようとして――


「――!」


 驚いた表情で、成績発表の紙と僕を見る爐さんと出くわした。

 爐さんは信じられないといった表情で僕を見つめている。

 なんだかあまりにも信じられていない感じだったので、さすがの僕も少しムッとした。


「僕の顔になにかついてる?」


 いつもよりちょっと語気が荒くなっているのがわかった。

 爐さんは僕の顔を見つめたまま、口を開いては閉じてを繰り返している。


「3位、ですか? あなたが?」


 驚いたような、嫉妬しているような、それ以外の感情を持っているような、すべてが混ざりあったような……。

 とにかく感情の正体が読めない、不思議な言い方だった。


「まさか……いやでも……とはいえ……そんな……」


 爐さんはうつむいた状態で、なにやらぶつぶつとつぶやいている。

 彼女はギリを歯を食いしばると、後ろを向いた。


「……認めましょう。私はあなたの頭の出来を見誤っていたようです」

「……そう」

「今まであなたのことを、取るに足らない俗物だと思っていましたが、撤回します」


 爐さんはそういうと、そのまま靴音をカツカツと鳴らして去っていった。

 ……一体なんだったんだろう。


「……とりあえず、メッセージを送っておこう」


 考えても仕方がないと、僕はテストの順位を白石さんへと送った。

 ちょうどスマホを見ていたようで、すぐに返信が帰ってくる。


『え!? 3位!? マジで!?』

『本当だよ』

『すごいじゃん!! 飲み込みが早いなとは思ってたけど、こんなに順位を上げるなんて思ってもみなかったよ!』

『それも白石さんのおかげだよ、ありがとう』


 白石さんの返信がピタリと止まった。

 ……もしかして、照れているのだろうか。

 そうだといいなと思いながら、僕は教室へと戻っていった……。

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