第14話 夏祭り

 テストが終わったら、夏休みまであと少し。

 僕と白石さんは、いつものように家で夏休みの計画を考えていた。


「……やっぱり、難しそう?」

「うん、その間スケジュールがミチミチで、しかも当日生放送だし……ごめんね?」


 僕たちが話していたのは、夏祭りについてだった。

 この街の夏祭りは中々豪華で、それに便乗して周りの店も夏祭りフェアなるものを開いたりと、祭り会場のみならず街全体が浮かれた空気になるような行事なのだ。

 せっかくだから、この付近でデートでもできないかと話し合ったものの、結果は全滅。

 売れっ子アイドルである彼女の忙しさを再確認する結果に終わった。


「まあ、そうだよねぇ」

「いつもは学校に行く関係で、ちょっと仕事をセーブしているからね……こういった長期休みはどうしても、ね……」


 白石さんがハァとため息をついた。

 その様子があまりにも悲しげで、僕もつられてため息をついた。

 本当に夏休みは忙しいみたいで、この夏祭り以外もほぼすべてと言っていいレベルでスケジュールが詰まっているらしい。

 ほとんどが仕事ではあるものの、それ以外にも、彼女の親御さんの付き合いなどもあって、海外へと行かなければならないというのもあるのだとか。

 そして数少ない空き時間は、僕たちが実家へと帰省する日にちと完全にかぶってしまっている。

 結果として、夏休みはまったく会えない期間であることが確定してしまっていた。


「もー……せっかくの夏休みなのにぃ……」


 白石さんが枕に顔をうずめてぶつぶつとつぶやいている。

 足をバタバタとさせていて、なんともかわいらしい。

 これでも学校ではクールなキャラで通っているのだから、彼女の演技力には舌を巻くしかない。

 ――そんなことを考えていると、ひとつのチラシが目に入った。

 郵便ポストに入っていたものを、うっかり自分の部屋へと放り込んでいたらしい。

 そこにはこう書かれていた。


『7月18日19時 薄野町夏祭り開催! 会場は――』


「……ねえ、白石さん」

「なに、黒木くん」

「もしかしたら、これだったら行けるんじゃない?」


 白石さんへとチラシを見せる。

 彼女の瞳が、ぱあっと華やいだ気がした。


◇ ◇ ◇


 時は進んで夏祭り当日。

 僕は、夏祭り会場の前で白石さんを待っていた。

 会場は僕たちの住んでいる場所から少し離れた位置にある神社で、それなりに人も集まっている。

 どうやら僕たちが知らないだけで、かなり昔から行われているお祭りだったみたいだ。

 参道には大量の出店が並んでいて、どこか懐かしい雰囲気も感じる。


「……お待たせ」


 待たせてごめん! と白石さんが走ってきた。

 周りにバレないためか、顔にマスクをつけ、大きな眼鏡をかけていた。


「大丈夫、今さっき来たばかりだから」


 大嘘だ。

 彼女と一緒の夏祭りがあまりにも楽しみすぎて、待ち合わせ時間の2時間前からここに来ていた。

 まあ僕のバカバカしいエピソードは置いといて、聞くべきは彼女についてである。


「白石さんは大丈夫だったの? 仕事あったんじゃ……」


 そう、白石さんは今日、とある番組の収録があった。

 でも「早くに終わるから!」とこのデートを了承してくれたのだ。

 だから僕としては、待ち合わせ時間ちょうどか少し遅れるのかと思っていた。

 しかし、彼女は早くやってきた。

 スマホを見ると現在時刻は19時30分

 待ち合わせ時刻は20時ちょうどなので、約30分早く来ていることになる。


「今日は収録が早く終わったからね、そのままマネージャーさんに車で連れて行ってもらったんだ」


 さ、行こ! と白石さんが手を伸ばす。


「……本当に、白石さんにはかなわないなぁ」


 僕は恥ずかしさやら何やらでそっぽを向きながら、夏祭りの会場へと足を踏み入れるのだった。


◇ ◇ ◇


「こういったところで食べる食べ物って、なんでこんなにおいしいんだろうね」


 別に良い素材は使ってないはずなのに、と白石さんがたこ焼きをほおばりながら言う。

 彼女の言う通り、こういったお祭りで食べる食べ物というのはとてもおいしい。

 今僕が食べている焼きそばだって、味を言葉で表現すると、安っぽいソースが絡んだ濃い味という、とうていおいしくなさそうなものだ。

 実際家で似たようなものを作っても、そんなにおいしいものにはならない。

 なのに、こうやってお祭り会場で食べるだけで、そんな微妙な食べものが一気にとんでもないグルメへと変身するのだ。

 きっとこういった場所には、体験するものをより良くする不思議な力が宿っているのだろう。

 白石さんはあちらこちらの出店へと向かい、いろいろな食べ物を買っていた。

 おかげで食べ物はいっぱいで、特別にもらったレジ袋へと入れるハメになっている。


「白石さん、今日はよく食べるね」

「大食いな私は嫌い?」

「ううん、ただ珍しいなって思って。いつもはそんなに食べないから」

「確かに、いつもはこんなに食べないなぁ……」


 白石さんは綿あめを食べながら、なにやら考えている様子だ。

 口をもぐもぐと動かしながら、彼女はうーんとうなっていた。

 やがてゴクリという音とともに、彼女の喉が動く。

 綿あめを飲み込んだのと同時に、白石さんは「たぶんね」と口を開いた。


「私も、ちょっと浮かれているんだと思う」

「浮かれている?」


 白石さんの様子を見て、僕は疑問に思った。

 確かに元気はあるけれど、それは僕と一緒にいるときはいつもそうで、今日が特別というわけでは――


「ほら、さ。こうやって黒木くんと一緒にいると楽しいし、夏休みだからさらに浮かれちゃって……」

「……うん」

「……あれ? もしかして黒木くん、恥ずかしがってる?」

「そ、そんなことないよ!」


 顔を真っ赤にしながら、僕は必死に彼女の言葉を否定した。

 それくらい、破壊力の高い発言だった。

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