第15話 金魚と花火
食べ物を一通り食べ終えた僕たちは、金魚すくいの出店へと向かっていた。
大きなビニールプールの中で、美しい赤色をした金魚たちが悠々と泳いでいる。
人通りのわりに子どもたちの姿は少ない。
単純に子どもの数が少ないというのもあるのだけれど、改めて予定を見ると、花火の時間が近いみたいだ。
そちらの席取りのため、というのも理由なのだろう。
「……白石さん?」
「…………」
白石さんが、黙ったまま金魚を見つめている。
どことなく目をキラキラさせているように見えるのは、気のせいだろうか。
「……黒木くん」
白石さんが子どものような目でこちらを見つめた。
……やっぱり気のせいじゃなかったみたいだ。
「金魚すくい、しない?」
「……わかった、やろう」
正直なところ、ちょっと面倒に感じていた側面があったのだけれども、この目で見られてしまうと反論できない。
この子犬のような目で見られてしまっては。
「おっと、お嬢ちゃんの彼氏さんかい?」
恰幅のいい、人のよさそうなおじさんが白石さんと僕を見つめている。
「あ、あの、これは、その……」
「……黒木くん?」
「……はい、恋人です」
「やっぱりそうかい! お似合いだなと思ったんだよ~」
おじさんが豪快に笑った。
似合っているといわれたのが嬉しかったのか、白石さんはまさに上機嫌といった雰囲気で笑っている。
一方の僕は、思いもしなかった発言を受けてすっかり顔が暑くなってしまっていた。
「い、いや、そんなことないですよ! 彼女はかわいいですし、やさしいですし、頭もよくて……」
せめてのあがきとして必死に否定をするものの、おじさんの顔は笑顔のままだ。
「なるほどねえ、そこのお嬢ちゃんはこういう男がタイプなのかい」
「はい。いつもやさしいですし、私のことをちゃんと見てくれて……」
白石さんが僕のことをやたらめったらに褒めるので、ますます顔が暑くなってしまう。
そんなことはない! 僕はただ、真実を言っているだけで――
「おっと、そこの彼氏さんがゆでだこみたいになってらぁ」
こりゃあこの変にしとかなきゃならねえな、とおじさんは軽口を叩いた。
「さて、ここまで若いモンの話を聞かせてもらったんだ。お礼にタダでやらせてやるよ」
「え、本当ですか!?」
「ああ、だが最初だけだぞ? 次からはフツーに金取らせてもらうからな」
その言葉を聞いて、食い気味に白石さんが「やります!」と叫ぶ。
普段コンサートなど人前で歌いなれているからか、相当な声量だ。
おじさんは耳をふさいでいたし、周りの人もなんだなんだと見に来ていた。
「……じゃなくて、お、お願いします」
恥ずかしそうにおずおずと言い返す姿がかわいらしくて、僕は思わず微笑んでしまった。
――それを見た白石さんに、恨めしそうな目でにらまれたけど。
◇ ◇ ◇
「――あっ!」
パシャリと、ポイが破れた。
丸々と太った金魚が、そのままプールへと落ちていく。
幸か不幸か、捕まらなかった金魚は、そのまま何食わぬ顔でプールを泳いでいった。
「いやー惜しかったね!」
「もう一回! もう一回お願いします!」
「はいはい、一回100円ね」
白石さんが100円玉を差し出すと同時に、おじさんがポイを渡す。
一見するとなんてことない風景のように見えるけど、現在これで4回目だ。
ちなみに収穫は0匹。見事なまでの完敗だ。
「そろそろやめといたほうがいいんじゃ……」
「まだまだ……あーっ!」
ほら、言わんこっちゃない。
白石さんのポイは、そのままあっけなく破れてしまった。
「うー……」
白石さんは恨めしそうな目で金魚たちをにらみつける。
「……今度は僕がやります」
「え! いいの!?」
「おや、彼氏さんもやるのかい。なら初回だし、無料でいいよ」
「ありがとうございます」
ニコニコと笑うおじさんからありがたくポイをいただき、しっかりと金魚に目を向ける。
これ以前にも金魚すくいをされてきたであろう金魚たちは元気そのもので、力強い尾びれを揺らめかせながら泳いでいる。
小さい個体はもうすくわれてしまったのか、残っているのは丸々と太ったタイプばかりだ。
対するポイはありふれた、和紙の貼られたタイプ。
なるほど、これはなかなか難易度が高そうだ。
「…………」
タイミングを逃さないように、じっくりと金魚を見つめる。
彼らのよく通るルートを特定し、そこへとゆっくり、気づかれないようにポイをスライドさせる。
ポイによってもたらされた波紋は、金魚たちのそれに紛れてすぐ見えなくなった。
「…………今だ!」
タイミングよく、ポイをスライドさせる。
最後の最後まで気づかれないように、しかし逃げられないスピードで。
丸々と太った金魚がポイに乗って水上へとあらわれ、そのまま僕の持ったお椀へと移されていった。
「……す、すごい……!」
白石さんが尊敬のまなざしで僕を見ている。
こんな目で見てもらえているなら、僕ももっとがんばらないと。
「……まだまだいくよ……!」
そして僕は、ふたたびポイを水中へと沈めた。
◇ ◇ ◇
「……はー!」
パシャリとポイが破れる。
とうとうおしまいみたいだ。
収穫は7匹。
そうとううまくいった方だろう。
「すげえな兄ちゃん! ここまでデカブツを救ったのはアンタが初めてだよ!」
バンバンと、おじさんが僕の背を叩く。
白石さんも僕をあこがれのまなざしで見ていた。
ものすごく鼻高々な気持ちであるけれど、同時にかなり恥ずかしい。
「そ、それじゃあ、ありがとうございます」
金魚をビニール袋へと移し終わると、僕はおじさんへとおじぎをした。
横で白石さんも、綺麗な姿勢でおじぎをしている。
「いやいや! オレも良いモン見せてもらったからな! 良かったよ!」
じゃあな! と元気に手を振るおじさんに手を振り返しながら、僕たちは祭り会場を出て行った。
時刻は21時40分。
そろそろ帰らないとまずい時間だ。
――参道の階段を下っているとき、ヒュウと、まるで笛のような甲高い音が聞こえた。
続いてパッと、周囲が明るくなる。
「……あ、花火」
白石さんが指をさす。
彼女のさした方向へと目を向けると、そこには美しい、赤色の花火が咲いていた。
――ヒュウ、ヒュウ、ヒュウ。
続いて花火が連続で発射される。
次々と炸裂する爆発音と、煙の中から輝く花火の姿を見て、僕たちはただ立ち尽くしていた。
「……きれいだね」
ぽつりと、思わず声が漏れる。
白石さんはその言葉を聞いて、なにも言わず僕の手を握るのだった……。
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