第16話 むーちゃんの悩み(白石視点)

 季節は夏。

 外はすっかり暑くなり、ジリジリと蝉の声があちらこちらで聞こえる時期だ。

 高校が夏休みへと突入した私たちは、羽根を伸ばすのもほどほどに大量の仕事を詰め込まれていた。

 「断ってもいいんだよ?」とマネージャーは私たちをいたわるのだけれど、実際に仕事を断ろうとするメンバーはひとりもいない。

 ブームの真っ最中とも言っていいギャラクシーズ! にとって、今がもっとも重要な時期であることを、みんなが知っているから。

 ……とはいえ、それとプライベートを重視しないことは、まったく別の話であって。


「うみうみ~、ちょっと話を聞いて欲しいっす」


 収録が終わって、いつになく浮かれた様子で話しかけてくるのは、グループ一の肉体派である赤城焔だ。

 私たちメンバーは、彼女のことをむーちゃんと呼んでいる。

 人好きのする明るい性格で、バラエティ番組では特に重宝されている存在だ。

 余談だが、うみうみというのは私のあだ名である。


「なに?」


 とはいえ、それが恋愛沙汰でも通用するかというと、そうではないらしい。

 彼女はいわゆるレズビアンで、メンバー相手に「彼女が欲しい」と良くこぼしているのだが、中々成就しない。

 どちらかというと男性受けのほうがしそうな容姿も要因のひとつだが、単純に彼女のハードルが高いのだ。

 穏やかで知的。しかも話がうまく美人で、できれば眼鏡をかけていて、さらにロリータ趣味で――などなど。

 加えて彼女独自のセンサーのようなものがあるそうで、どれだけ条件を満たしていてもそのセンサーが反応しなければ恋人になりたくないのだとか。

 一度「そんなに言うならギャラクシーズ! のメンバーは?」と聞いてみたところ、「メンバーはなんか枠が違うっす」という答えが返ってきた。

 言っていること自体は至極まともなのだけど、だからこそ求める要件の高さにはどうしてと問いただしたくなる。

 だから、次に彼女が発した言葉には驚きが隠せなかった。


「……好きな人ができたっす」


 むーちゃんが顔を赤くしている。

 ……むーちゃんに、好きな人……!?


「服を買いに行ったとき、たまたま出会ったんすよ。背が高くて、長くて黒い髪をしていて、眼鏡をかけてたっす」

「それで、その人とは……?」

「ちょっと話しただけっすね。なんでもロリータファッションが好きらしくて、でも自分には似合わないから、こうしてウィンドウショッピングしてるんですって言ってたっす」


 全然似合うと思うんすけどねー、とむーちゃんはへらへらと笑う。

 どうやら当時のことを思い出しているらしい。

 ……黒髪で、長身で、眼鏡をかけていると聞いて、私の頭にとある同級生の顔が浮かんだ。

 しかし、きっと彼女ではないだろう。

 趣味は知らないからありえなくはないが、あれだけプライドが高いのだ、むーちゃんとそう簡単に話すとも思えない。


「それで、その人がものすごくかわいくて……頭もよさそうだったし……」


 むーちゃんがキャー! と、頬を赤くする。

 ここまでお熱とは、相当お眼鏡にかなった相手みたいだ。


「……むーちゃんがそんなにうれしそうだなんて、すごい相手なんだね」


 心の底からうれしそうな声が、スタジオの側から聞こえてくる。

 向こう側からあらわれたのは、こげ茶色の髪をポニーテールにした女性だった。

 彼女の名前はいつき奈々、通称なななな。ギャラクシーズ! のメンバーだ。

 穏やかかつ周りの見える人で、彼女がいなければギャラクシーズ! は解散してしまっていただろう。

 それくらいに重要なメンバーだった。


「ホントにねー!」


 ウェーブした金髪の日本人離れした女の子が、ななななに続いてやってきた。

 彼女も同じくメンバーで、名前は金田マリア。私たちはマリちゃんと呼んでいる。

 イギリス人の父と日本人の母の間に生まれた子で、その見た目は父親譲りのものだ。

 オシャレが大好きで、最近のMV監督や衣裳の選出は彼女が主導で行っている。


「それにしてもむーちゃんがねぇ……もう一生恋人いないんじゃないかと思ってたけど」

「みずっちひどい!」

「そもそも私は反対だ。アイドルをやっているのに、恋愛沙汰などに現を抜かす暇などないだろう」


 続いて水卜みずうら知枝、通称みずっちと、土田亜紀、通称あっきーがやってくる。

 それぞれギャラクシーズ! の最年少と最年長で、メンバー内唯一の中学生と大学生でもある。

 みずっちは文学に強い興味を持っていて、最近ではギャラクシーズ! の一部作詞なども手掛けるようになっていた。

 一方のあっきーは最年長かつギャラクシーズ! のリーダーである。

 芸歴だけで言えばもっと上のメンバーもいるものの、メンバーの仲を取り持ち、さらにはギャラクシーズ! のコンセプトを考えた張本人でもある。

 ほかのメンバーは私のことも肯定的に見てくれたものの、あっきーだけは反対した。

 アイドルである以上、己の目標にまい進するべきで、プライベートのことは可能な限り引きずるべきではない……。

 彼女はそう考えているようだった。

 とはいえ私がアイドルになった理由を知ってもいるので、無理やり引きはがすような真似はしないとのことだ。


「まあまあ、せっかくむーちゃんに好きな人ができたんだし、ね?」


 なななながそう言ってあっきーを眺めると、あっきーは「……そうか」と渋々了承した。


「アイドル業に支障がでない限りであれば、好きにすればいい」


 あっきーからの答えに、むーちゃんは「やったー!」と飛び跳ねる。


「それじゃ、うみうみにお願いしたいことがあるんすけど!」


 そう言って、むーちゃんはこちらを向いた。


「なに?」


 私は答える。

 なにをお願いされるのだろうか。

 今のところ、ギャラクシーズ! で唯一の恋人持ちなので、その辺りのアドバイスが欲しいとか……?


「――明日、アタシと一緒にそのお店に行って欲しいんっす!」

「……え?」


 ……なんで?

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