第17話 喫茶店と思わぬ再会(白石視点)

 ――結果として。

 私とむーちゃんは、共に彼女がこの前通ったという店へと再び向かうこととなった。

 このあたりのスケジュール調整をしてくれたのはマネージャーとあっきーで、特にあっきーは「ちゃんと成果を出さなかったら承知しないからな!」なんて言っていた。

 とはいえ、あれが彼女なりのエールであることなど、私たちにとっては知っていて当然のことだ。

 どれだけ反対していたとしても、むしろ反対も含めて、私たちの幸せを全力で考えてくれているのが、ほかならぬあっきーなのだから。


「……いたっす!」


 むーちゃんがささやくようにつぶやく。

 建物の陰からこっそりと、それでいて不審がられないよう素っ気ない演技をしながら、私たちは店の前の彼女を見ていた。

 ちなみに今、私たちはファンのみんなにバレたりしないよう、しっかりとマスクと眼鏡をかけている。

 今の私たちは、その恰好と合わさってさながらスパイ……とでも言うことができたのならよかったものの、実際はただの不審者だ。

 もし私が自分の姿を見たのなら、間違いなく警察の電話番号を入力していただろう。

 さて、こっそりと店の前で立っている女性を観察する。

 外見的特徴はむーちゃんが言った通りで、ウェーブのかかった黒髪が、高い身長と合わさってまるでモデルのような雰囲気をかもしだしていた。

 こうして後ろ姿だけを見ていると、私と同じく1位常連の爐佐知子とそっくりだ。

 ――まさか、ね。


「行くっすよ」


 むーちゃんと一緒に、あくまでさりげなく見えるように歩いていく。

 あたかも店へと入る客であるかのように向かって――


「……あの、またお会いしましたね」


 むーちゃんが言った。

 服を眺めていた女性が、それに応じて振り向いた。


「――え」

「え」


 彼女と私は同じように絶句した。

 自分で言うのもおかしくはあるが、無理もない話だろう。

 むーちゃんが好きになったという女性の正体は、絶対にありえないと思っていた、爐佐知子その人だったのだから。


◇ ◇ ◇


「……ってことは、うみうみと……えっと……」

「佐知子です」

「さっちゃんは同級生だったんすか!?」

「さっちゃんって……」


 気まずい空気に気が付いたのか、あるいは気づいていないのか、「まずカフェに行きましょう!」というむーちゃんの提案で、私たちは近くのカフェへと寄った。

 ちょうど4人ほど座れる奥まった席があったので、そちらで座りながらだ。

 むーちゃんはさっそく彼女にあだ名をつけている。

 むーちゃんは、同性の相手にあだ名をつけるクセがある。

 本人曰く昔からのクセで、今でも油断するとついつけてしまうのだとか。

 実際、同性のマネージャーにはあだ名をつけていないので、その言葉は真実なのだろう。


「…………」


 爐さんと私は、気まずい空気のまま座っていた。

 私としては、黒木くんに対して嫌味を言っていた彼女への好感度はかなり低い。

 とはいえ、むーちゃんが好きだと言った相手をあれやこれやと悪く言いたくもないのだ。

 どこか、傲慢な気がするから。


「……で、なんでそんなふたりとも気まずそうなんすか?」


 むーちゃんが心配そうにこちらを見つめる。

 なるほど、彼女は気づいていたみたいだ。

 ……とはいえ、一体どう言ったものか……。


「……私が悪いんです」


 爐さんが口を開いた。


「え?」

「その、私のせいで、こうなってるんです。私が彼の大切な人にひどいことを言ったから……!」


 むーちゃんの目が鋭く光る。


「……それ、教えてもらっていいすか」


◇ ◇ ◇


「――なるほど、そういうことがあったんすね」


 むーちゃんが納得したっす! と笑う。

 爐さんはすべて話した。

 黒木くんに強く当たっていたこと、その理由、そして彼が思わぬ好成績を残したので、どう接するべきなのか悩んでいることを。


「……私、ひどいですよね。顔を合わせなければ『ギャフンと言わせたら?』みたいな無責任なこと言うくせして、実際にそうされたらどう接すればいいのかわからないだなんて……」


 そう、これも初めて聞いた話だった。

 彼女は「ロリィ・ロリィ」というVtuberとして活動しており、その縁で偶然黒木くんのことを知ったらしい。

 もしかしたら謝る機会になるのでは、と彼と接触したものの、そのまま何もできず、ただズルズルと友人関係が続いていたのだとか。

 彼がVtuberとして活動しているうえで、ある程度同業者と仲良くしていることは把握していたが、まさか同級生とかかわっているとは知らなかった。


「……そのこと、黒木くんは知っているの?」

「いいえ、明かそうと思ったことは何度かあるのですが、いざ明かそうと思うと、どうしても怖くて……」


 爐さんが気まずそうに身を縮める。

 ……こんな動作をする人だったとは、今まで思いもしなかった。


「うーん……そうっすねー……」


 むーちゃんが悩んだ様子でうんうんとうなっている。

 彼女はこうと決めたら一直線の性格だ。

 だから、こうやって言葉に詰まっている様子を見るのははじめてと言ってもよかった。


「確かに、爐さんの対応っていうのは悪いと思うっす」


 爐さんがますます縮こまる。


「言わなきゃ、と思ったって、実際に言わないと伝わらないわけっすよ」

「はい……」

「ちょっとキツい言い方をするなら、そう言って言い訳することで罪悪感を減らしているとも言えるわけっすから」

「ちょっと、さすがに言い過ぎ」


 少し暴言が過ぎるのでは―――とむーちゃんを止めようとすると、爐さんから静止された。

 大丈夫なの? と目を合わせると、心配ない、と首を振る。


「焔さん、お願いします」

「じゃあ続けるっすね。……ちょっと聞きたいんすけど」


 むーちゃんがいきなり話題を変えた。

 あまりに急な展開に、私も爐さんも口をぽかんと開けている。


「もし、もしっすよ、さっちゃんが黒木くんに謝ったとして、黒木くんは許してくれると思うっすか?」

「いいえ。彼にきつく当たったのは事実なのだから、許されなくてもおかしくないでしょう」


 爐さんのその言葉を聞いて、むーちゃんは満足げにうなずいた。


「なら簡単っすよ! 謝ればいいっす!」

「……え?」


 爐さんからすれば予想外の答えだったらしく、呆然とむーちゃんを見つめていた。

 私のほうはといえば、むーちゃんが何を言いたいのか予想できたので、落ち着いた気持ちで彼女を見つめている。


「もし、許してもらって当然だって思ってたのなら、確かに謝らないほうが良かったっす」


 それは許してもらって当然、って思ってるってことっすからねー、とむーちゃんはテーブルに置かれたアイスコーヒーを飲んだ。


「でも、今のさっちゃんの答えを聞いてわかりました。さっちゃんはちゃんとひどいことしたってわかってて、その上で謝りたいと思っている。だったら謝ったほうが良いっすよ」

「それは、どうして……?」

「そりゃ、悩むよりスッキリしたほうがいいでしょ?」


 爐さんの瞳に光がともった。

 むーちゃんの答えが、彼女に勇気をもたらしたようだ。


「……わかりました。やってみます」


 そう答える彼女の瞳は、とても力強かった。


◇ ◇ ◇


「……大丈夫かな」

「ダイジョーブっすよ!」


 それからの1時間は、黒木くんへの謝り方会議になった。

 それぞれの電話番号を交換できたうえ、爐さんの思わぬ面が垣間見れたので、こちらとしても有意義な時間だったと思っている。


「それにしても、よくあんな的確なアドバイスできたね」

「そりゃ、好きになった人には良いところ見せたいっすから!」


 ……なるほど、むーちゃんはどこまでもむーちゃんのままだったみたいだ。


「……それで、告白はできた?」

「…………」


 むーちゃんが、今更ながら気づいて手をわなわなと震わせる。


「告白忘れてたーーー!!!」

「うるさい」


 叫ぶむーちゃんの額にデコピンをお見舞いする。

 彼女が「痛いっ!?」と言いながら涙目になる姿を、呆れと感謝の混じりあった気持ちで見ていた。

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