第12話 嫌味な女の子

 梅雨も明けはじめて、夏休みが近づいてきたころ。

 僕はテスト勉強に苦戦していた。

 別に赤点スレスレというわけじゃない。

 特別良いほうではないけど、悪いわけでもないからだ。

 じゃあなんでこの時期が憂鬱なのか。


「――あら、ごきげんよう」

「……おはよう」


 理由は、すべてこの人によるものだった。

 ウェーブがかかった黒髪に眼鏡。

 まぎれもなく美少女ではあるのだけれど、その長身もあってかどこか高飛車な印象を受ける。

 このクラスの委員長で中学から成績1位の優等生、爐佐知子いろりさちこだ。


「まだ座学をしているのですか? 無駄なあがきだというのに」


 はっ、と爐さんがあざけった。

 彼女とは中学からの付き合いなのだけど、どういうわけかその時からずっと僕に突っかかってくるのだ。

 反論をしようにも、事実彼女のほうが頭が良いのだからなにも言えない。


「……なにか用かな」

「ええ。無知で無謀で無様な男の姿を目に焼き付けておこうと思いまして」

「ああ、そう」

「……なにか言わないのですか?」


 爐さんが怒ったようにこちらを見つめる。

 なにかを言ってほしいのだろうか。

 とはいえ。


「……なにも」

「…………わかりました。今日のところはこれで勘弁してさしあげますわ」


 カッカッと、靴を大きく鳴らしながら、爐さんは教室を出ていった。


「……はぁ」


 とりあえず、今日はもう帰ろう。


◇ ◇ ◇


『――ってことがあったんですよね』

『それはまた……日蝕様は素晴らしい方だと言いますのに』


 帰宅後、僕はPCを付けてVtuber仲間と話していた。

 彼女の名前は「ロリィ・ロリィ」。

 ファッション動画やASMR動画などを投稿している、かわいらしい声が特徴的な動画勢のロリータ系Vtuberだ。

 本来であれば会うことのなかったであろう組み合わせなのだけど、偶然僕の動画を見たという彼女からメッセージが来て、それ以来テキストチャットで話し合う仲となっている。

 ボイスではなくテキストの理由は「長時間あの声を維持できない」かららしい。

 思わず笑ってしまうと同時に、彼女のプロ意識の高さに尊敬の念を覚えたのは忘れがたい出来事だ。

 今となっては、お互い隠しながらもリアルの事情を話し合う中となってしまっていた。


『でも、私もその人の気持ち、わからないとはいえないんですよね……』

『え、そうなんですか? 意外です』

『ええ。私、結構コンプレックスがありまして、なのに保身ばかりする悪い癖があるんですよ』

『ロリィさんにそんな癖が……』

『だから悪いことしたな、謝らないとなって思っても、いっつもプライドが邪魔して……帰るたびに反省会ですよ。……って、それよりも日蝕様の話です』

『なんですか?』

『これはあくまでなんですが、その人をギャフンと言わせられるよう、頑張ってみたらどうですか?』

『うーん、その人がものすごく頭良くて……』

『それでもですよ。たとえ超えられなくたって、もしかしたら関係を変える一助になるかもしれません』

『そういうものですかね……?』

『そういうものですよ』


 ――スマホが鳴った。

 白石さんがそろそろやってくるみたいだ。


『すみません、そろそろ来るみたいです』

『おや、そうなのですか。名残惜しいですがここまでですね』


 ロリィさんには「知り合いがすぐ来るのであまり話せない」とは先に言っていた。

 そのおかげか、穏やかな空気で解散の流れへとなっていく。


『日蝕様』

『なんですか?』

『ごめんなさい』

『え?』

『あ、いえ、いつもお世話になっているので』

『それだったら私もお世話になりっぱなしですから、大丈夫ですよ』

『そうですね。……それでは、また』

『ええ、また』


 PCのアプリを落として、玄関へと出る。

 そこにはいつものように、白石さんの姿があった。


「ただいま」

「お、おかえり……」


 これは最近白石さんが言うようになった口癖だ。

 最初は白石さんの家じゃないでしょ、といなしていたものの、向こうもどんどんゴリ押ししてくるので段々と押されるようになってしまった。

 正直まだ慣れていない。

 なんだか新婚みたいで、気恥ずかしさを覚えるのだ。

 ――もしかして、こういうのが普通になるときもあるのかな……。


「……いやっ! ないないないない……」

「黒木くん?」

「あ、ナ、ナンデモナイヨ、アハハ……」


 急な奇行にびっくりした白石さんに、あいまいな笑みで返す。

 妙なことを考えた上に、妙な行動をしてしまったのは間違いないので、何も言い返せないのだ。


「と、とりあえず、早く入ろう?」

「そうだね、じゃあ改めて、ただいま~」


 手慣れた様子で、白石さんが我が家へと入ってくる。

 そこに嬉しさと気恥ずかしさを感じながら、僕は彼女を自室へと招待するのだった……。


◇ ◇ ◇


「……はぁ!? そんな失礼なこと言われたの!?」


 信じられない! と白石さんはお冠だ。

 今日学校であったことについて話していたら、ついポロっとこぼしてしまったのだ。

 その瞬間、この調子だ。


「あったま来るなぁ……!」


 黒木くん! と白石さんがこちらを見た。


「え、な、何……?」

「勉強会しよ! 勉強会!」


 白石さんが叫んだ。

 ……勉強会か。

 白石さんにここまで言わせたんだ、ロリィさんもああ言ってたし、いい機会なのかもしれない。


「……わかった、やろう」


 そう答えると、白石さんは嬉しそうに笑った。

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