第11話 赤城焔

 ――といったことがあって、僕は今、白石さんの住むマンションへとお邪魔していた。

 迎えはマネージャーさんの車で、白石さんと密着できてドキドキしまくっていたことだけ覚えている。

 緊張とドキドキとが合わさって、あまり記憶が残っていないのだ。


「お、お邪魔しまーす……」


 自分の家ではまずありえないような厳重なセキュリティに尻ごみしながら、ドアを開ける。

 玄関から、すぐに格が違うとわかった。

 家のバスタブくらいはあるんじゃないかという大きさの玄関に、真っ白な壁紙。

 備え付けられている靴箱も真っ白で、ものすごくシンプルなのにもかかわらず、気品に満ちあふれていた。

 天井も驚くほどの白さで、小さな点のような光が、照明になっているようだ。

 床は家と同じようにフローリングなのだけど、このセンスが良い空間とあわさるとまるで別物みたいに見える。

 玄関には扉が見当たらないものの、目の前には難しそうな絵画のかけられた壁があって、左右が開いた形になっている。

 ここを迂回するように玄関を出るのだろう。


「こっちこっち!」


 白石さんが楽しそうに僕を案内した。

 一方の僕は、すでにグロッキー状態だ。

 もちろん白石さんの家にお呼ばれしたのも、友だちに紹介してもらえるのもとても嬉しい。

 ただ、部屋にある高そうな家具の数々を見て、もし汚してしまったら……と気が気じゃないのだ。

 最初に玄関を見たときなんか、少し目まいを覚えてしまったほどである。


「……あ、もしかして具合が悪い?」


 白石さんが振り向いて、心配そうに僕を見ている。


「いや、ただちょっと緊張しちゃって……」

「あぁー……どれもこれも高そうだもんねぇ……」


 私も最初は怖かったよ、と白石さんは大きくうなずいた。


「まあ、本当に壊れるとまずいようなものはそうそう置いてないから安心して!」


 白石さんはそう言って、再び前を向いた。

 そうか、そうそう置いていないのか。

 なら安心――


「……『そうそう』?」


 なにか、気付いてはいけないことに気付いてしまったような、そんな気がした。


◇ ◇ ◇


「この子が……っていうのもちょっと変かな。赤城焔ちゃんだよ」

「はじめまして! 赤城焔って言います! よろしく!」


 白石さんの紹介を受けて、小柄な体格をした快活そうな女の子――赤城さんは、大きくお辞儀をした。

 髪はうなじの辺りで切られていて、どこか無造作な形でセットされている。

 服装も赤いパーカーにジーンズと、要素だけならボーイッシュな印象を受けるもので統一されていた。

 しかしそれが組み合わさると、なんとも元気いっぱいなかわいらしい女の子となるのだから不思議だ。

 赤城さんは八重歯を見せながら、にこにこと人好きのする笑みを浮かべていた。


「よ、よろしくお願いします……」


 一方の僕はといえば、すっかり押され気味だ。

 白石さんのときは同級生というアドバンテージもあったし、そもそも緊張する間もなく押し切られてしまっていたので忘れていた。

 彼女たちは、僕の好きなアイドルユニットのメンバーなのである。

 赤城焔。

 ギャラクシーズ! のメンバーで同年代、そして随一の肉体派だ。

 その身体能力は高く、アイドルの道を進んでいなければプロアスリートになっていただろうと言われるほどである。

 もちろんダンスのキレもよく、時にものすごく難しい振り付けをなんなくこなしている。

 その彼女が、目の前で座っていた。


「……おやぁ? なんとも初々しい反応っすね~~」


 にやにやと赤城さんがこちらを見つめていた。


「ちょっと。黒木くんをあんまりいじめないでよ」

「え~? うみうみだってからかってると楽しいっていってたじゃないっすか!」

「それとこれとは話が別」

「ちぇっ、ケチ~」


 赤城さんは頬をふくらませた。


「……まあ、それはそれとして」


 ぬっ、と赤城さんがこちらを見た。

 まるで観察するように、まじまじとこちらを見つめている。


「ふむふむ……この人がうみうみのカレシっすか」


 普通だけどわからなくもないチョイスっすね、と赤城さんはつぶやいた。


「……とはいえ」


 赤城さんが白石さんへと顔を向ける。


「なんでこの人にしたんすか? ほら、池原修二さんからもプロポーズ受けてたのに断ってましたし」

「え!?」


 池原修二とは、最近テレビで見ないことがないと言われる、新進気鋭の人気俳優である。

 顔も演技も良いと言うことで、すっかり絶大なまでの女性人気を誇る、いわゆるイケメン俳優であった。


「だってそもそもあっちのほうが年上だし、かっこいいとは思うけど、あの時にはもう黒木くんのこと好きだったからさ」

「えっ!? あの時からっすか!?」


 赤城さんが驚いたように白石さんを見ている。

 もしかして、結構前から好かれていたんだろうか。

 その後白石さんの耳へと顔を近づけ、なにやらボソボソとつぶやいた。


(……もしかして、この人がうみうみがアイドルになった理由の)

(そういうこと。彼は覚えていないみたいだから、秘密にしておいて?)

(わざわざ隠しておく意味もないと思うんすけどね。……まあいいっす)


 赤城さんが顔を離した。


「……っは~~~、本当に驚いたっすよ」

「そうは言っても、むーちゃんだって他の俳優さんにプロポーズされてたじゃん」

「んなこと言っても、アタシは女の子しか興味ないっすしー」


 はぁ、アタシの彼女はどこにいるのか……。

 赤城さんはそう言って、へなへなと机に突っ伏した。


「黒木さぁ~ん、良い女の子知らないっすか~~?」

「いや、そんなこと言われても」


 ――そんな他愛もないことをしゃべりながら、赤城さんと僕の初対面は和気あいあいと終了したのであった……。

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