陰キャの僕が隠れて底辺Vtuberをやっていたら大ファンの人気アイドルに告白されて恋人関係になったんですが、これから僕はどうすればいいんでしょうか

三倍ザー

第1話 僕には好きな人がいる

 僕、黒木晃には好きな人がいる。

 同じ私立薄野高校に通う、白石海さんだ。

 黒い髪を肩のあたりまで伸ばして、そこに水色の涼しげなヘアピンを付けている。

 猫を思わせる切れ長の目は、色白な肌や目元にあるほくろと相まってなんとも知的な印象を周囲に与える。

 一方体つきはスレンダーで、低めの身長と合わさって守りたくなるようなあどけなさをかもし出す。

 時刻は午後四時半。授業がちょうど終わったところだ。

 季節は春。桜はとっくに散り、少しずつ梅雨の気配が近づくころ。

 そして僕は、ミロのヴィーナスを見るような、あるいはモナリザを見るような目で彼女をただひたすらに見つめていた。


「綺麗だなぁ……」


 答えるものはいない。

 僕がぼっちだからだ。

 まあ、自分でも気持ち悪いことを口走っている自負はあるので仕方ないだろう。

 ――別に保身のために言っているわけじゃない。

 ぼっちならぼっちなりの生き方というものがある。ただそれだけのことだ。


「――それじゃあ、また」


 彼女が形だけのあいさつをして教室を去っていく。

 その容姿と同じようにというべきか、彼女は非常にクールな性格をしていた。

 人付き合いも最小限で、教室どころか高校中の高嶺の花である。

 とはいえ、彼女が教室を去ったのはただクールな性格だからというわけではない。

 次の仕事があるからこそ、早々に出ていったのだ。


 白石海はアイドルである。

 去年から日本で大ブームを引き起こし、動画投稿サイトI-Tubeでは軒並み100万再生を突破したアイドルユニット「ギャラクシーズ!」のメンバー。

 CD、ストリーミング共にスマッシュヒットで、今年の紅白出場は間違いなしといわれるような大型新人だ。

 一方の僕はなんてことない普通の人間。

 一応筋トレはしているから、ある程度筋肉はついているけどそれだけだ。

 髪も面倒であまり切らずにいたら、いつの間にか陰キャ扱いされてしまった。

 ――まあ、あんまり気にしてないんだけどね。

 僕にはちょっとした趣味――というか、秘密があるから。


◇ ◇ ◇


「はい、というわけでですね、今日はこのゲームをプレイしたいと思いまーす」


 画面の向こうで動く自分のアバター。

 そしてぽつぽつとあらわれる『おー』『こんばんはー』という文字列。

 ――そう。僕はVtuberをしている。

 Vtuberとしての名前は日蝕空亡ひのはみくうぼう

 太古の昔に封印され、現代によみがえった魔王――という設定だったのだけど、今となってはほとんど崩壊気味だ。


「前回はボロボロでしたからねー、今日はなんとしてでも一位をとってみせますよ!」


 あいづちのように『がんばえー』『初見です!』とコメントが流れる。

 しかしその数は少ない。そもそも視聴者数が少ないからだ。

 同時視聴者数は現在8人。登録者数も300を越えるか越えないかくらいだ。

 Vtuberとしては間違いなく底辺と呼ばれる部類だろう。

 けれどもそれでいいんだ。

 何十万再生もされるような人たちへのあこがれがないと言ったら嘘になるけど、こののんびりとした空気だって、決して嫌いじゃないから。


 ぼちぼちとゲームをプレイして1時間ほど経つと、またひとり視聴者がやって来た。


『こんばんは! 今日もやってるんですね!』


 いつも通りのコメント、いつも通りのニックネームに思わず笑みがこぼれる。


「はい、今日もこんばんは」


 僕の配信を見てくれる数少ない視聴者のひとり、セレナさんが今日もやって来た。


 セレナさんがやって来たのは、僕がVtuberをはじめて数週間後のことだった。

 彼女――名前が女性っぽいからそういうことにしているだけで、実際の性別なんて知らないんだけど――はVtuberについて詳しくなかったのだけど、とある理由で見ることにしたらしい。

 そんな子がここに来るなんて珍しいなと思いながらも、僕とコメント欄の人たちは布教のため、熱心にVtuberについて教えた。

 その甲斐あってか彼女はVtuberを見るのにハマってくれたらしい。

 次々と色んな子を知って好きになるセレナさんが、チャンネル民の娘みたいな扱いを受けるのも、そう長い話ではなかった。


「――さて! 今日はここまでにします!」


 ご視聴ありがとうございました! と挨拶して配信を閉じる。

 もちろんチャンネル登録と高評価のお願いも忘れない。うちのチャンネルはほとんど固定した層が見ているから、意味があるのかは微妙だけどね。

 配信を閉じてソフトを消したあと、今日買った雑誌に手をつける。

 雑誌の名前は「Music ON」。色んな人の情報が載っている音楽雑誌だ。

 いつもはこういったものを買うことはないんだけど、今日の分だけは別だ。

 なぜなら――


「……へぇ、海さんってVtuberにハマってるんだ」


 ――ギャラクシーズ! のインタビューが載っているからだ。

 つい先日、ギャラクシーズ! のニューシングルが発売されたということで、全部で6人いるメンバーの中からリーダーの金田マリアちゃんと海さんがインタビューを受けていた。

 制作秘話、好きなもの、etcエトセトラetcエトセトラ……。

 その中で目を引いたものは海さんがハマっているものだった。

 最近彼女はVtuberと同じ番組に出たのだけど、話が決まった当初はVtuberがどういった存在なのかまったく知らなかったらしい。

 そこでVtuberがどういったものなのか調べているうちに、親切なひとたちと出会ったのだとか。

 それ以来色んなVtuberを見るようになってしまった――というものだった。

 ……それにしてもVtuberか。


「もしかしたら、推しについて話せたりするのかな……」


 ……いやいや、ないないない。

 不意にあらわれた頭のゆだった妄想を即座に切り捨てて、僕は眠りにつくのであった。

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