第28話 僕は自分が許せない
それから天さんと大地さんのふたりには、いろいろなことを教えてもらった。
まだふたりが今ほど売れる前だったころ、白石さんと僕は同じ保育園に通っていたこと。
そこで僕たちは仲が良くて、ふたりの家に行ったことさえあるということ。
そして彼らが海外へ向かったあとも、白石さんはずっと僕のことを覚えていたということ。
「……そんな……」
つまり白石さんは、そのことを知ったうえでああ接していたわけだ。
……僕はすっかり忘れきっていたのに。
「そんなの、ひどいじゃないですか……僕は白石さんを知らず知らずのうちに傷つけて……!」
「そんなことないわよ。海ちゃんだって、まあ残念そうではあったけど、すぐ持ち直したし」
「ああ。そもそも昔のことだし、ましてや保育園だけだからね。小さいころの黒木くんが覚えていなくても問題ないよ」
ふたりが僕にやさしく声をかける。
確かに、ふたりが言っていることは正しいのだろう。
白石さんのあの顔は、それを引きずっているような感じじゃなかった。
だからきっと、彼女はそんなこと承知の上で付き合ってくれている。
……きっと、あの告白もそうだった。
だから本当は、こんなことで悩む必要なんてない。
きっとそのはずだ。
……けど、それでも僕は。
「……ありがとうございました。その、もう行きます」
「海もそろそろやってくると思うが、いいのかい?」
「はい。……すみません」
「気にしなくてもいいわよ、黒木くんの顔を見れてよかったわ」
「困ったことがあったらいつでも私たちに相談してくれ」
「ええ、いつでも待っているからね?」
優しく接してくれるふたりに手を振りながら、僕は体育館を出た。
◇ ◇ ◇
「おかえり~。……そういえばゴメンね? お母さん、アンタが覚えていると思い込んじゃって」
「うん」
「……もしかして疲れてる? ごはん出来たら呼ぶから、それまでは休んでいなさい」
母さんの言葉に従って自分の部屋へと戻る。
……ふたりも、母さんも、なにも言わずにいてくれた。
いや、それが普通なのはわかっている。
こんなことについて悩むのがばかばかしいことだって。
……それでも。
「……なんで忘れてたんだよ……!」
――それでも僕は自分を許せない。
忘れていたことだけじゃない。
そのまま付き合っていたことだけじゃない。
彼女を傷つけたかもしれないのに、それにも気づかずのうのうと「幸せだ」だなんて思っていた自分が、そんな自分が許せない。
「……こんなのファン失格だ」
白石さんが幸せなのが一番なのに、もしかしたら僕が真っ先に傷つけていたかもしれないだなんてとんだお笑い種だ。
しかもその張本人が、傷つけていることも知らずに生きてきただなんて。
――そんなことを考えていると、ふとスマートフォンが震えていることに気づいた。
「なんだろう……」
自己嫌悪で気だるい腕を動かしながらスマホの画面をつける。
そこには白石さんからのメッセージが入っていた。
『今日早く帰っちゃったみたいだけど、体調はどう?』
『うん、大丈夫。コンサートすごかったよ』
『よかった』
白石さんの笑顔が頭の中に浮かんで心が苦しくなる。
……もしかしたらその気持ちが、文面を通して伝わったのかもしれない。
『ねえ、もしかしてお母さんたちが余計なこと言っちゃった?』
どきり、とした。
もちろん余計なことを言われたわけじゃない。
きっと彼女が考えているものとは別のものだ。
それなのに僕の心臓がこれだけ脈打っているのは、彼女の考えたものと、僕の考えの間にある種の共通点があったからなのだろう。
それなんとかごまかすように、僕は彼女のメッセージへと返信した。
『なんで?』
少し間をおいて返信がある。
『ふたりともちょっと気にしてる様子だったから』
……なるほど。
なんとか恰好つけたかったけど、彼女の前だとそうもいかないみたいだ。
『……ごめん』
『なにを?』
『幼馴染だったって聞いたんだ。僕、そのことをすっかり忘れていた』
断罪を待つ罪人のような気持ちでそう書き込む。
……彼女が怒っていないことなんて、すっかりわかりきっているくせに。
『ああそのこと。気にしなくてもいいよ、私だってあの時のこと忘れていたりするし』
『ありがとう』
『どういたしまして。本当に気にしなくていいからね? それだけで優しくしたわけじゃないし』
『そうなの?』
『うん』
『そろそろ時間だ。おやすみ』という白石さんのメッセージに軽く返答をして、僕はぼんやりと天井を見つめた。
……やっぱり彼女は良い人だ。
僕にはもったいないくらいに。
「……うん、やっぱりそうしよう」
机の上に置かれた英語の本をぼんやりと眺める。
なにをしようか悩んでいたとき、なんとなく買ってみたものだ。
買ったはいいものの置物と化していたそれを開くようになったのは、つい最近のことである。
……今の僕は、白石さんにはとうてい及ばないような人間だ。
だからこそ、決めた。
「晃~? ご飯できたよ~?」
母さんの声がリビングから聞こえる。
「うん、今行く!」
スマホの画面を落としてベッドから起き上がる。
母さんの声に元気よく返事をして、僕は自室を出た。
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