第27話 ギャラクシーズ!
「薄野高校の皆さん初めまして! 私たち、ギャラクシーズ! です!」
6人の口上とともに、体育館が一瞬揺れる。
観客たちの歓声があまりにも大きかったからだ。
「それじゃ、今日はここのことを知っている子がいいよね……海ちゃん!」
金田さんの言葉を受けて白石さんが一歩前へと出る。
照明が落とされ真っ暗な体育館で、ぽつんと彼女へと光が当たった。
いつもとはちょっと違う、制服をモチーフとしながらもテーマカラーをアクセントとして盛り込まれた衣裳をまとった彼女の姿がストロボライトで映し出される。
当然ながら、今白石さんが着ているのはステージに立つための特注衣裳だ。
異様な雰囲気を悟ったのだろうか、次々と体育館に人が入っていく。
最初の時点でもかなり人数がいたが、今となってはほとんどいっぱいで立ち見も難しいような状態になっていた。
「……みなさん、改めてこんにちは」
白石さんの一言で、周囲がしんと静まりかえる。
「今回は事前情報もなにもなく、驚いた方々も多いと思われます」
情報を流すことなく協力してくださったスタッフの皆様に感謝を。
白石さんはそう言って静かにお辞儀をした。
その瞳はまっすぐに客席を向いていて、熱狂と困惑のはざまに居る観客たちを見つめている。
実は、今回のコンサートはまったく事前告知なしで行われたのだ。
それは僕にとっても同じで、なんとなく事態を理解した今でも、どこか夢の中にいるような気持ちでいる。
――これが彼女が「来てほしい」と送ってきた理由なのだろう。
いくらファンといえども僕は一介の高校生に過ぎない。
素の彼女とはよく出会うことができても、ステージの上に立つ彼女の姿を生で見たことはあまりないのだ。
だからこそ、今目の前にある光景はどこまでも衝撃的だった。
舞台の前でキラキラと輝く彼女の姿。
自分のかわいらしさ、美しさを前面に引き出すポーズの数々。
そのすべてが、モニター越しでは決して見ることのできないすごみを発揮していた。
「……それでは。聞いてください。『Golden Flare』」
彼女は言葉少なにMCを終えると、後ろの方から音楽が流れ始める。
――聞いたことのない曲だ。
おそらく、いや確実に新曲だ。
それもここが初公開の。
『あなたの瞳に映るフレア――』
未来的なシンセサイザーとどこか古めかしくて新しいリズムを背景に、ギャラクシーズ! のみんなが歌いだす。
しっとりとしたイントロでははかなげな歌声を持つ水卜さんが。
線の細い、儚く消えてしまいそうな歌声が体育館に響き渡った。
『すれ違うたび恋をしていた――』
次に赤城さんが元気いっぱいに踊りながら歌いだす。
激しくダンスをしているというのに全くブレない歌声は、彼女が持つすさまじい身体能力を示唆していた。
周囲が自分の魅力を最大限に引き立たせる静かな振り付けを踊る間に、彼女は激しく身体を動かし、ステージそのものにメリハリをつける。
『I wish. If you find out me――』
サビに近づいて今度は英語詞のパート、ここで金田さんが交代して歌いはじめた。
難しい英語のパートなのだけれども、彼女はどこかコケティッシュに、しかし力強く歌いきる。
発音もしっかりとしていて、しかし決してほかの日本語詞と溶け込まないわけではない、バランスの取れた歌唱だ。
会場を包み込むような歌声が、しっかりとサビへの期待感を高めていく。
『燃え尽きた想いさえよみがえるあなたの瞳に映るフレア――』
そして最後、興奮が最高潮に達した場面で、白石さんへとマイクが切り替わった。
歌詞の中にある傷つきやすい繊細な心をどこまでも表現したような、それでいてどこか音で遊んでいるかのような軽やかでしっとりとした歌唱が体育館に響き渡る。
周りのメンバーが寄り添うかのように白石さんの周りへと集まり、コーラスをはじめた。
先の3人だけでなく、すべてを許すような神聖な歌声を持つ樹さん、どっしりとした木を思わせるまっすぐな歌い方が特徴的な土田さん。
個性的なそれぞれの歌声が、しかしひとつにまとまって、白石さんの声をより美しく響かせようとする。
美しいコーラスとサビの終わりに従ってどんどんと力強くなっていく白石さんの歌声が最高潮まで達し――
『再び輝きだしたMy memorial――』
――その熱狂を保ったまま間奏へと突入した。
観客たちはコールを送り続けながら、食らいつくようにステージ上の彼女たちを見つめている。
一方の僕は、ただただ圧巻のパフォーマンスに気圧され、彼女たちの雄姿を呆然と見つめることしかできなかった。
『いなくなったとき恋を知った――』
歌はそのまま2番へと突入する。
僕はただただ立ちすくむように、そのステージに飲み込まれていた――
◇ ◇ ◇
「……すごかった」
自分でもわからないうちにそうつぶやいていた。
ギャラクシーズ! のコンサートはすっかり終わっていて、今は演劇部の用意をするための休憩時間だ。
彼女たちだけが目当てだった観客も多いようで、体育館は先ほどと比べてすっかり空いてしまっている。(まあ、それでも中学時代と比べると圧倒的に多いのだけれど)
そんな中で僕は、ずっとその場に立っていた。
彼女たちのすさまじい迫力に圧倒されたからだ。
そしてきっと、白石さんのステージでの姿を知ったからでもあった。
「……おや、黒木くんじゃないか」
後ろから声が聞こえて思わず振り返る。
そこには黒髪で眼鏡をかけたオールバックの男性と、シンプルなドレスを着こなしたボブヘアの女性の姿があった。
見た覚えがある、いや、見覚えしかない顔であった。
「……白石大地、さん」
「固いなあ。もっとフランクでいいんだよ?」
「もう、そんなこと言って。黒木くんが困っているじゃないですか」
「天、さん」
「お久しぶり、黒木くん」
白石大地さんと白石天さん。
白石さんの両親で、それぞれ世界的に有名な映画監督と女優でもある。
大地さんは海外の賞を総なめしたこともあるような巨匠で、天さんは当時海外での出演経験がなかったというのに、欧米のファッション誌の表紙に選ばれたこともあるというすさまじい経歴を持っている。
とはいうものの、実は僕は彼らと白石さんの家で出会った経験はない。
単純に行った回数が少ないというのもあるし、現在映画の撮影中で、帰るのが遅いらしいというのも理由である。
「それにしても、黒木くんもこんなに大きくなっちゃって……」
昔はこんなに小さかったのにね、と天さんは自分の膝丈に手をかざす。
――まるで僕が小さかったころを知っているみたいだ。
「そうだなあ、思えばあの時から――」
「――あの」
「ん? なんだい」
ふたりの視線がこちらに向く。
それだけだというのに、文化祭で感じたどれよりも重い視線のように感じられた。
「あの、おふたりには白石さんはどんな風に……」
「どんな風にも、ねえ……」
僕の言葉に、ふたりが困ったような笑みを浮かべる。
「そもそも黒木くんのことは昔から知っているし……」
「え……」
「……あなた、もしかして黒木くん、覚えていないんじゃないの?」
「ああ、確かに。小さなころの話だしねえ」
ふたりは納得いったようにうんうんとうなずいた。
「えっと、その……」
「あのね、黒木くん」
天さんが僕の眼を見つめながら言った。
「覚えていないのかもしれないけど、私たちとあなたは、昔会ったことがあるのよ」
「え……」
「つまり、海ちゃんとあなたは幼馴染だったってこと」
「え……え?」
僕と白石さんが、幼馴染だって?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます