第39話 フライト・ミー
「――いろいろなことがあったね」
僕は寂しそうな顔をしている白石さんへと話しかける。
場所は都内近くにある国際空港。そこに併設されているレストランだ。
個室もある中々お高いところらしく、白石さんの伝手ではじめて入った。
こういった場所へと入る以前に、そもそも海外旅行に行く機会すらなかった身としては、なんとも居心地が悪いというか、なにかとんでもないことをしてしまっていないか心配で仕方がない。
妙にそわそわしている僕の様子を見て、白石さんはおかしそうに笑った。
「……もう。そんな動きされたら出そうな涙も引っ込んじゃうじゃん」
そういう彼女の声色は、それでもなんだか悲しそうだ。
「……うん」
それにつられてだろうか。返答する僕の声もまた、どこか暗い響きを抱えていた。
――僕は今から、留学に行く。
◇ ◇ ◇
しばらく気まずい沈黙が流れたあと、僕はなんとか話を変えようと口を開いた。
「そ、そういえばさ。ドームツアー決定したんだってね、おめでとう!」
大晦日のあの日、彼女たちが見せたパフォーマンスは素晴らしいものだった。
条例の関係もあってかなりあわただしいスケジュールだったらしいのだけれど、そういった焦りのようなものを一切見せない堂々としたパフォーマンスがそこにはあった。
いつものようにしっかりとした衣裳、ダンス、歌……。
それぞれパーツ自体はいつも十全に発揮されているものだったけど、あの日はどこか違った。
そういった言葉にできるものとは違う、なにか「凄み」のようなものを感じたのだ。
みんなそのオーラが出ていたけれど、とりわけ白石さんのそれはすさまじかった。
まだブームになってから数年しかたっていないにも関わらず、ほかのベテラン歌手と張り合うような輝きを見せたのだ。
――最終的に、今回の歌合戦では白組の勝利となった。
でもギャラクシーズ! のみんなが行ったあのパフォーマンスは視聴者の記憶に残ったらしく、しばらくの間ずっと、SNSの急上昇ワードにランクインしていた。
だからだろうか。それまでも上り調子だった彼女たちの人気がさらに爆発したのだ。
今までは期待の新人としての側面が強かったギャラクシーズ! だが、あれを機にそれぞれソロでの活躍が激増。
赤城さんはバラエティで大活躍しているし、金田さんはあちらこちらでコラムを書くようになった。
水卜さんは小説を書き始めていて、そろそろ一冊小説を出す予定らしい。
そしてついこの前、彼女たちのドームツアーが決定したのだ。
「うん。だから留学が今日で良かったよ」
「なんで?」
「これからはテレビにリハで会えなくなっちゃうから」
「あー……」
目の前の白石さんだが、スキャンダルがあったというのに人気は相変わらずだった。
あの後交際を認める発言をしていたようで、最初はその辺りでかなり荒れていたものの、新しいファンが付いたらしい。
また今までのファンも彼女のひたむきな姿勢に心を打たれたのか、最終的には「悪い男じゃないなら……」と許すような書き込みが増えていたのだとか。
それもあってか最初は少しグラつきがあったものの人気は元通り、むしろさらに上がっている状況である。
最近は女優としての活動も増えはじめていて、ただでさえ取れなくなっていた時間がさらに取れなくなっていた。
「……ごめんね」
僕のつぶやきを聞き取った白石さんが「何を?」と質問してくる。
「僕も中々時間が取れなくてさ」
そう。彼女のことばかり考えていたものの、僕もまた、あまり時間を取れていなかったのだ。
留学に向けて色々と勉強をつづけたというのが理由のひとつ。
もうひとつは――
「……ああ。ずいぶん人気になっていたもんね」
――そう。僕のチャンネルが10万を突破してしまったのだ。
入院に留年してしまわないようにと必死で勉強を続けること3ヶ月。
なんとか留年を免れて久しぶりにI-tubeのチャンネルを開くと、そこには4万人の数字があった。
なんでも入院後もあの件で登録する人が増え続けていたみたいで、その中に僕の配信を「近所の兄ちゃんのプレイ見ているみたいで面白い」と紹介した人がいたのだという。
それ自体はうれしいが、それなりに聞いたこともあるコメントだ。彼が登録者数50万人を超えるI-tuberであることを除けば。
彼がオススメしたこともあって人気は急上昇。同時期に爐さんがファッション関係でバズったこともあってそちらからの登録もあったらしく、最終的にはすさまじい数字になっていた。
とはいえこんなものはブームであって、すぐに廃れるだろう。
そう思いながら活動を復帰したのだけど……。
「……まさか。復帰早々バズるなんて……」
復帰時の配信でうっかりむせてしまったのだ。
それが妙なバズり方を見せ、どんどんと登録者数が上昇。
留学のため休止しますと投稿を行ったときには、とうとう10万人を突破してしまっていたというわけだ。
「正直私もびっくりしたよ。黒木くんの配信は好きだけど面白いとは思ったことなかったし」
「ヒドイこと言うね……」
「……まあでもさ。これだけいろんな人に愛されるっていうことは、きっと私も無意識に虜になっていたんだろうね」
「そ、そうかな……?」
「きっとそうだよ」
白石さんはあっけらかんと答えながら、やってきた料理に手を付けた。
その動きの美しさに見惚れていた僕は、「早く食べないと」という彼女の催促を受けて必死に食べはじめたのだった。
……味はおいしかった気がするけど、緊張のせいでよくわからなかったとだけ言っておく。
◇ ◇ ◇
「……さて。そろそろ時間だね」
白石さんの言葉を受けて、自分のスマホを見つめる。
予定の時間まであと少し。飛行機まで向かう時間を考慮するとかなりギリギリだ。
僕たちは(とはいってもほとんど白石さんが払ってくれたのだけど)急いで支払いを済ませ、そのまま滑空路まで走っていく。
「黒木くん!」
白石さんがそう叫んだのを聞いて、僕は思わず立ち止まってしまう。
「帰って来るまで、私頑張るから!」
「僕も頑張るよ!」
そう返すと、白石さんがうれしそうに笑った。
……さて、そろそろ本当に急がないといけない。
大きく手を振る彼女に振り返して、僕はそのまま一目散に駆けだした。
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