第30話 新人マネージャー・穴井槍太(白石視点)

「チーッス! これから君たちのマネージャーになる穴井槍太です!」


 ワックスで遊ばせた髪、派手なふちをした眼鏡、そして着崩したスーツ。

 ヨロシク! と軽薄に手を差し伸べる新マネージャー――穴井というらしい――を、私たちはひどく冷めた気持ちで見つめていた。


「……よろしくお願いします」


 あっきーがなんとか無礼のないように挨拶をする。

 しかしそれが最大限に我慢を重ねた結果であることは、長くやってきた私たちにとってあまりにも自明であった。


「モーみんな暗いって! 笑顔笑顔、スマーイル!」


 私たちの肩を叩きながら、穴井が部屋の扉へと近づいていく。

 「じゃ、次の仕事ガンバローね!」と私たちに投げかけると、彼はそのまま部屋を出ていった。


「……なんなんスか、あれ」


 げんなりとした様子でむーちゃんがつぶやく。


「軽薄だとは聞いていたけれど、予想以上ね……」


 ななななが嫌悪感を隠さずにそう吐き捨てた。

 本来他人を批判することを好まないななななでさえこのような感想を持つのだ。

 私たちもまた、まったく同じ意見だった。


「人格のことは百歩譲って了承するとしても、果たしてあの様子で仕事ができるのか……」


 あっきーが心配そうにこぼした。

 コネ入社だという点で多少の心配はあったが、期待を裏切らないというか、下がったハードルのさらに下を潜り抜けそうな男だ。


「しかもアレで悪い噂が流れているんでしょ? これからちゃんとやっていけるのか心配……」


 マリちゃんが不安そうに声を震わせる。


「……うみうみは大丈夫?」


 みずっちが、私を気遣うような目で見つめた。

 あまり声を出さない私を見て心配してくれたらしい。


「うん、大丈夫……」

「……もしかして、彼氏くんと何かあったの?」

「まあ、その、ちょっとね……」


 そう答えると、みんなは驚いたように目を見開かせた。

 私と黒木くんが喧嘩をしたというのがかなり意外だったようだ。


「……なんで、そんなことになったの?」

「それが……」


◇ ◇ ◇


「うーん……確かにね……」


 一通り今回の件を話すと、みんな黙り込んでしまう。


「うみうみの言いたいこともわかるんだけど、黒木くんが自分のために頑張りたいって思ったことは、尊重してあげたほうが良いんじゃないかな?」


 ななななが私を諫めるようにそう言った。


「とは言っても、留学っていうのはちょっと変じゃない? まるでうみうみと離れたがっているみたい」

「それはそうなんだろうね。でも、そういった時間がないとダメなことだってあると思うよ?」

「もしそうだったとしても、アタシだったら耐えられないッス……」

「あー、最近付き合ったんだっけ?」


 みずっち、マリちゃん、むーちゃんが、それぞれ自分の意見を表明する。


「……私としては、そのような責任感のない男は捨ててしまった方が良いだろうと思う。……だが」


 あっきーが迷った様子で私を見つめた。


「……一番聞きたいのはうみうみ、君の気持ちだ」

「私の……?」


 あっきーがうなずく。


「君が彼とどうしたいのか、これからどう接していきたいのか、それが重要だと思う」

「私、私は……」


 ――どうしたいんだろう。


「……わからない、わからないんだ」

「なぜだ?」

「黒木くんとは絶対離れたくない。けど、このまま一緒にいると彼を傷つけてしまうんじゃないかと思う自分もいる。……彼にひどいことを言った、謝らなきゃって思うのに、絶対に許したくない自分もいる」


 自分の中で矛盾した考えが絶えず混ざり合い、反発しあい、分裂しあう。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、どうしたいのか、どうしてほしいのか、全然わからない。


「どうしたらいいんだろう……」

「……とりあえず、いったん距離を置いたほうがいいかもしれないね。……勝手なことを言っちゃうけれど」


 マリちゃんが私の肩に手を置く。


「……そうだね」


 私はそう返して、いつも通りにふるまうことにした。

 そうすることしか、できなかった。


◇ ◇ ◇


「――ありがとうございました!」


 スタッフの方々へとお礼をしながらスタジオを出ていく。

 気持ちこそ落ち込み気味だったものの、なんとか収録は乗り切ることができた。

 それぞれ収録の苦労をねぎらいながら通路を歩いていると、新マネージャーこと穴井が、私たちの進路をふさぐような形でやってきた。


「オツカレ! さっきの仕事良かったよ~?」


 それで……と、穴井がかばんを探しはじめる。


「……あった! でさ、今度はこれに出てもらえない?」


 彼がふところから出したのは一枚のチラシだった。

 そこには明々後日が収録予定日のバラエティが書いてある。

 深夜帯に流れるタイプの番組で、どちらかというとお色気タイプのネタが多いことで有名だ。

 ……正直この時点で嫌な予感がするが、まあそこは置いても良いだろう。

 私たちのイメージと違うことは確かだが、少なくとも番組自体に悪い話は聞かないし、出演者からの評判も良い番組だから。

 ただ問題は、その収録の15分前に別の番組に出る予定があることだった。

 確実に間に合わない。


「……スケジュールは問題ないのですか?」

「ダイジョーブダイジョーブ! なんとかなるって」


 あまりに無責任な発言にあっきーがいら立つのがわかる。

 もっとも、私たちもみんな同じ気持ちだった。


「じゃ、後はよろしく!」

「……は!? ちょっと待――」


 ――ゾワリ、と背筋が凍り付きそうになるのがわかる。

 穴井は私の尻を撫でて、そのままスタジオを出て行った。

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