第31話 脅迫(白石視点)
前マネージャーの力を借り、なんとか番組への参加をキャンセルさせてもらってから早数日。
現マネージャーたる穴井は予想以上にわがままだった。
なるほど、確かにその営業力は確かなものだろう。
とはいえその対象はどこもかしこもウチの事務所と懇意の、いわば常連客ばかり。
しかもその常連客からも大丈夫か不安な目で見られているというのだからあきれるほかない。
仮にも所属しているだけの私たちに愚痴をこぼされるという時点で何か異常事態が起きているのは明白だ。
そのうえ私たちに対するスキンシップが過剰である。
こちらも相手は社長だからなんとも言い難いが、相手はほとんどセクハラとしか思えないような接近のしかたをしてくる。
尻を触り、わざとらしく胸を触り、あるいは肩を抱き寄せ……。
体調に関してはちゃんとした配慮がされているのが却って腹立たしいレベルだ。
だというのに、どんなルートをとっても彼への処罰はほとんどゼロ。
一応処罰というなのなにかこそ施されてはいるものの、明らかに反省していない。
そもそもただの謹慎で、しかも給料は据え置きというのだから、一体何を処罰したというのか。
親からも「もうやめたらいいんじゃない?」とは言われるものの、どうも踏ん切りがつかない。
――ここでアイドルをやめてしまったら黒木くんともう会えなくなってしまう。
そんな気がするから。
……そうやって苛立たしいマネージャーと付き合っていた最中。
私は、穴井に呼び出された。
「……なにか用でしょうか」
場所は事務所のオーディションルームで、中にいるのは私と穴井のふたりだけだ。
さすがに事務所で妙なことを始めようとは思わないだろうが、念のため手元にレコーダーを持っておく。
もし相手が妙なことをしでかしたとき、しっかりと言質を取っておくためである。
さらに前マネージャー(私にとっては今でもただひとりのマネージャーだが)に同行してもらい、ちょっとした護衛になってもらうことにした。
「……ねぇ、白石チャン。俺さぁ、とんでもないものを見つけちゃったんだよねぇ」
どこかねっとりとした声色で穴井が言う。
その手元には、今日発売のゴシップ誌が開かれていて、
「……なっ!」
――私が一般男性と交際しているという記事が書かれていた。
「ヒドイよ白石チャン。アイドルだっていうのに、俺にもなぁんにも言わず付き合っちゃってさぁ」
「……マネージャーのタレコミですか」
記事の内容を精読するが、その内容は想定していたよりも正確だ。
黒木くんの本名までは書かれていないが、勘の良い人間なら住所まで特定することができるだろう。
「親父からいろいろと融通してもらってねぇ。……で、セックスはしたの?」
「……なんでそんなことを言わなければならないんですか」
「そりゃあマネージャーだからだよ」
軽薄な顔で穴井がヘラヘラと笑う。
しかしその内容は狡猾と言っても良いもので、あまりのギャップに吐き気さえこみあげていた。
「……でもさ、白石チャンって頑張っているでしょ? だからチャンスを上げようと思うんだよ」
「お断りです」
「そう言わないでさ。……俺の愛人になってよ」
「……は?」
「どうせ大したことない男なんでしょ? だったら俺が――」
「ふざけないでください!」
穴井をにらみつける。
「……彼は確かに憶病で、自虐的です。でも! あなたと違ってやさしさがある!」
「……へぇ、それは心外だなぁ。今撤回しておけば、聞かなかったことにしてあげるけど?」
「お断りです!」
怒りを抑えきれないまま、私はオーディションルームを出ようとする。
「……この俺に盾突くとはね。後悔することになるよ」
「かまいませんよ」
そのままドアを閉め、前マネージャーと一緒に控室へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
「――ってことがあってね」
「うわ、最悪ッスね……」
一通りの事情をギャラクシーズ! のみんなに話すと、全員がげんなりとした表情をした。
「……しかし、まさか弱みを握って肉体関係を結ぼうとするとはな」
「まあ、お陰で言質はとれたし、警察に突き出せば万事解決じゃない?」
「だといいんだけど……」
次の策を考えるあっきーとななななに、みずっちが言葉を濁す。
「なにか不安材料でも?」
「ほら、あのマネージャー、社長とコネがあるんでしょう? コネだけでマネージャーにまで放り込まれたような人間をかばわないわけないんじゃないかなって……」
「あー、こっちを脅して泣き寝入りさせるかもしれないってこと」
「そう」
なるほど、確かにみずっちの言う通りだ。
ウチの事務所はマスコミと深い関係がある。
そのおかげで様々な番組に出ることができるわけだが、今回はそれが裏目に出るかもしれないということだ。
方やえこひいきされている社員、方や人気とは言えただ契約しているだけのアイドル。
確実とはいえないまでも、正直こちらのほうが不利な気がしてならない。
……それに。
「……黒木くん、大丈夫かなぁ」
「あー、パパラッチとかやってきそうだもんねぇ……」
そう。特に心配なのが黒木くんの件である。
本来こちら側の問題のはずなのに、彼に迷惑をかけてしまった。
ただでさえ気まずい状況なのに、私は一体どうすれば――
「……あ、それなら心配ないわよ」
前マネージャーがスマートフォンを出す。
そこには、黒木くんのアカウントが映っていた。
「い、いつの間に……?」
「もし万が一のことがあったらって、この前ね。で、彼は覚悟できているみたいよ?」
どうする?
マネージャーは私にスマホを渡してそう尋ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます