第36話 クリスマスプレゼント
病院で入院すること早数週間後。
白石さんの言っていた通り、この病院は学生に対するフォローが強いみたいで、こうやって三学期のほとんどを入院してしまう結果となった僕もリモート形式ながらなんとか授業を受け続けることができていた。
とはいえ配信のほうは当面できそうにないので、SNSのほうで配信活動の一時休止を投稿しておく。
いつの間にか僕が白石さんと付き合っているというのが伝わっていたらしく、SNSのほうもI-tubeのほうも登録者数がものすごいことになっていた。
炎上してしまったか……!? と身構えてしまったものの、実際に見てみると思ったよりもあれていない。
とはいえ、やっぱり野次馬根性でいろいろと書き込む人が多いのだけれど、今まで常連でやってきてくれた人たちは変わらない反応を残してくれていて、それが僕にとってはとてもうれしかった。
――さて、実は、今日はクリスマスである。
あまりお金はないものの、今までお世話になった人にプレゼントをしたいと僕は考えていた。
白石さんをはじめとしたギャラクシーズ! のみんなはスケジュールが入っていて来れないらしいので、彼女たちに関しては翌日だったり、マネージャーや白石さん経由で送ってもらたらいいなと思っている。
何が言いたいかと言うと――
「どれにしようかな……」
――僕は今、プレゼント選びの真っ最中である。
「母さん、最近太り気味なの気にしてたし、バランスボールとか……」
下の階にある書店からもらったカタログをパラパラとめくりながら、みんなに合うプレゼントを考える。
とはいうものの、あまり良いものを買えるわけじゃない。
Vtuber活動の方は収益化できていないし、学校がバイト禁止なのでそっち方面も期待できない。
母さんがお小遣いをくれるのでそれをためてはいるものの、ひとり相手ならともかくみんなに買うとなると頼りない金額だ。
なら遠くまで出かけて安くていいのを見つければいいのかと言うと、そうもいかない。
最近は車いすで病院内をうろつくくらいならOKもらえるようになったものの、外出許可はまだもらっていないのだ。
それに許可をもらうとなるとプレゼントを用意していることがバレてしまう。
可能な限り隠しておきたい僕としては、そういった事態は絶対に避けたいことであった。
最終的な結論は「カタログやネットで調べて注文する」というもの。
極論ネットだけでも成立しそうではあるけれども、雰囲気というのも大事にしたいし単純にそのワードが思いつかなくて調べられない……という事態になる可能性もある。
カタログとの両立は、そう言った問題点を解決できる、有力な妥協案だった。
……パラパラと、本をめくる音だけが聞こえてくる。
そんな最中、スマホからバイブレーションの音が聞こえてきて、僕は手を止めた。
――白石さんからだ。
「もしもし」
スマホを手に取り、電話に出る。
いつもは忙しさもあってかメッセージを送ってばかりだったので、中々珍しい。
「あ、黒木くん。急にごめんね。なんだか声が聞きたくなっちゃって」
そんな甘えた声に、思わず頬が持ち上がった。
好きな人から「声が聞きたい」なんてわがままを言ってもらえるなんて、僕は幸せものだ。
「いいよ、入院中はどうしても暇だからね」
「勉強は?」
「した上でだよ」
「そう。それならよかった」
――それからは、互いのなんてこともない雑談を続けて終わった。
スマホの画面を切り替えて、通販サイトへとアクセスをする。
その中からかわいらしいぬいぐるみをタップして、たくさんのカラーバリエーションの中から――
「……あ」
――好きな色、聞いておけばよかった。
◇ ◇ ◇
時が流れるのは早いもので、気が付いたらもうクリスマス当日になってしまっていた。
プレゼントの用意はもう終わっているし、いつの間にか看護師の人たちにも協力してもらえるようになったので、準備は万端だ。
朝早くお見舞いに来ていた母さんにはちょっとしたバランスボール、父さんには絹でできているらしいネクタイをプレゼントした。
ふたりとも突然渡される袋にはびっくりしたようで、しばらく目をぱちくりさせた後、心の底からうれしそうな笑みを浮かべていた。
あまりにも喜んでくれるものだから、逆にこちらがびっくりしてしまう。
それからしばらくして爐さんがやってきて、彼女にもプレゼントを渡す。
そんなこんなで、面会時間もほとんど終わりを迎えていた。
太陽がすっかり沈み、月が明瞭に輝いている時間――
――病室のドアが開いた。
「はい。どちら様……」
そこには白石さんがいた。
一見すると普段と変わらない姿だけど、左手に包装されたなにか四角いものを持っている。
「夜遅くにごめんね。どうしても渡したいものがあって」
今日はクリスマスだから、と語る白石さんに、僕は少し気恥ずかしくなった。
彼女もまた、プレゼントを渡したがっていたのだ。
「……明日は大丈夫なの?」
複雑な感情を取り繕うように、話題の内容を入れ替える。
「大丈夫。明日は休みだし、仕事もそんなに早くないから」
そう言って彼女は淡々と歩いてくる。
そしてベッドのそばへと座ると、手に持っていた物体の包装をはがして、僕に渡した。
「……これは……」
ギャラクシーズ! が今日発売したニューシングル、『Golden Flare』のサイン入りCDだった。
文化祭のとき、彼女たちが初めて発表した曲だ。
「ほら、黒木くんって私たちのファンでしょう? それにあんな風に守ってくれたから、プレゼントにどうかなって……」
とはいえ個人的な事情にみんなを巻き込むのも……としり込みしていたところ、逆にほかのメンバーが提案してしまったらしい。
だからだろう。CDケースには、ジャケット写真が見えづらいほどにびっしりとサインが書き込まれている。
「ありがとう……とっても嬉しい」
そう答えると、彼女はうれしそうに笑った。
「……あと、これ」
大したものじゃないけど……と白石さんに箱を渡す。
不思議に思った彼女が紐をほどくと、そこには一本のゲームソフトが入っていた。
「これって……」
「ほら、白石さんが面白そうだって見ていたからさ。なんとか限定版も買えたし」
そこに入っていたのは、農場経営を行う有名シリーズの派生作、その最新作だった。
異世界へと転生した主人公が、その知識と神の加護を生かして荒れ果てた土地を楽園へと変えていくという内容らしい。
白石さんは昔からこのシリーズのファンだったそうで、最新作の情報が出たときも大変うれしそうにしていた。
「最近は時間がなさそうだったし、今すぐはできないかもしれないけど――」
「やる! すぐやる!」
すさまじい勢いで返事をしてくる。
あまりにも勢いが良すぎて、ちょっと食い気味になってしまっているくらいだ。
「黒木くん、ありがとう。こんな高そうなものまで買ってもらっちゃって……」
「いいんだよ。僕がしたかったんだから」
それから僕と白石さんは、退出時間になるまでお互いに話をした。
――後日、白石さんのSNSでゲーム実況がはじまるのはまた別の話である。
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