第22話 キス
あのリベンジから数日ほどして。
僕たちは、またいつも僕の部屋で過ごしていた。
最初のころは白石さんがここにいるという風景がものすごく不思議に思えたのに、今はとてもなじんで見える。
僕がすっかり馴れてしまったというのもあるけれど、それと同じくらい彼女がここに馴れていったというのもあるのだろう。
自分の家みたいにくつろぐ白石さんの姿を見ると、そんなことを思わずにはいられなかった。
「……それでさ。最近むーちゃんが言うには「やっぱり脈アリっす!」らしいんだよね」
「あー、確かに最近そんな感じのこと言ってたね」
「え? 本当?」
「うん。とはいっても名前とかは隠されてたけど、話の内容から察するにそのことかなって」
白石さんから聞いた話によると、なんと赤城さんは爐さんを狙っているらしい。
どうやら街中で偶然会って、それ以来一目ぼれをしてしまったのだとか。
爐さんのほうはというと、友達としては接してくれたもののそれ以上は許してくれなかったらしい。
でも拒否されたわけじゃないからと必死にアピールを繰り返した結果、ちょっとずつ仲が進展しているのだとか。
……というのは赤城さんの視点での話である。
でも、それがあながち間違いではないということを僕は知っている。
あの謝罪が終わった後も、ネットでよく話し合っているからだ。
ちなみにリアルの方では話はしない。
爐さんが言うには、まだ現実で話す決心がついていないのだとか。
この辺りは彼女の問題なので、僕は応援することしかできない。
とはいえ、僕としてはリアルでも仲良く話せる日が来るといいなと、そう思っている。
そして、その爐さんから、最近恋愛についての悩みがくるようになったのだ。
白石さんと付き合うことができているとはいえ、それより前は全然彼女もいなかったような男になんで……? とは思うものの、本人は真剣らしい。
アドバイスはできないけど、との条件付きで話を聞いていたのだけれども、その内容が「自分のことを好きだと言ってくれる子がいるのだけれど、どうすればいいか」というものだった。
彼女に好きな人ができたのかと他人事ながら聞いていたのだけど、まさかそれが赤城さんの話だったとは……。
「ふたり、どうなるんだろうね」
「まあなるようにしかならないよ」
「うわ、冷たーい」
「仕方ないでしょ……って、アイテムぶつけるな!」
「へへっ、やーりー!」
そう。僕たちはマブカで遊んでいたのだ。
あの配信以来、なんとなく疎遠になっていたマブカ。
別に嫌いになったわけではなく、ただなんとなくその時じゃない予感がしていたのだ。
白石さんも同じ気持ちだったのか、マブカは出されることもなく、だんだんとホーム画面の隅っこへと追いやられていた。
今日、ゲームをする流れになったのでそれをなんとなく起動していたのだ。
「ほら一位! 腕にぶってんじゃないのー?」
「ぐぬぬ……!」
悔しいけれど、言い返せない。
実際配信でも最近はマブカはやっていなくて、もっぱらソロゲーか雑談といった状態だ。
最近はASMRにちょっとハマり、自分でもやってみようかとも思いはしたものの、機材にかかるお金がとんでもないということがわかって断念した。
一介の高校生、それも配信活動だってスパチャをもらえる圏内に入っていないような男が買うにはとてもじゃないが手が届かない額だ。
……ちなみに、白石さんにお願いするのはナシとしている。
そんなことはないと思いたいが、売れっ子で実家がお金持ち、しかも僕に甘い人なので、もしかしたらOKを出されてしまいそうで恐ろしいのだ。
いくら流されっぱなしとはいえ、こういったところまで白石さんに頼りっぱなしでありたくはない。
それはさておき、数か月ぶりにマブカをやったところ、結果は二位。
僕的には悪い順位だとは思えないのだけれども、同じ条件だろうに一位を取った白石さん相手だと、どうしても負けたような気がしてしまう。
もしや、これがゲームセンスの差なのだろうか……。
「……そ、そろそろ時間じゃない?」
僕の話を聞いた白石さんが、スマホを見て「本当だ」とつぶやく。
太陽はまだ沈み切っていなくて、夜まではもう少し時間がありそうだ。
普段だったらもっと遅くまでいてくれるのだけれども、明日は早い仕事があるらしく、そろそろ帰らなければならない時間なのだ。
「もうマネージャーがこっちに来てるみたい」
白石さんはスマホの画面を切り、麦茶をあおった。
そろそろ寒くなるということで氷がなくなったその液体が、白石さんの喉をさらりと流れていった。
その瞬間に髪が軽く舞ったのか、淡く甘い匂いがふわりと鼻腔をつく。
……いまさらだけど、なんか今ものすごく変態チックなことを考えてしまったような気がする。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
白石さんがそう言いながら玄関へと向かう。
僕もそれに従って、彼女と一緒に外へ出た。
ドアを開けた瞬間、少し寒い空気が家に入ってくる。
「今年の冬は早いね」
「近くに寒波が来てるらしいよ」
なるほど、だから寒いのか。
まだ少し夏を引きずった薄手のシャツに、外の冷たい空気が容赦なく入ってくる。
あんまりいすぎるのも風邪をひいてしまいそうだ。
彼女を見送ったらすぐに戻らないと。
「……大丈夫?」
そんなことを考えていると、白石さんが心配そうにこちらを見つめる。
もしかしたらちょっとバレちゃったのかもしれない。
「大丈夫大丈夫」
「そう……それじゃあ、またね」
「うん、それじゃあ」
白石さんが僕に向かって軽く手を振る。
僕はそんな白石さんに近づいて――
「「――!」」
――気が付くと、彼女の頬にキスしていた。
なんでかはまったくわからない。
ただ、なぜかしなければいけないと思ったことだけは覚えている。
「……な……」
白石さんが顔を真っ赤に染めてこちらを見つめている。
対する僕の頬も、まるでマグマみたいに熱い。
鏡で見たら、確実に真っ赤になっているのだろう。
「……さ、さよなら!」
あまりの恥ずかしさに、そそくさと家に帰る。
ドアの向こう側で靴音がしたのは、それからずいぶんと経ってのことだった……。
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