第5話 イメチェンしてみた結果
――まあ、でも。
それでも気になるっていうのならさ。
――ちょっとくらい、知恵を貸してあげてもいいよ?
次の日、僕はいつものように学校へと向かっていた。
僕を見た周囲の生徒たちがざわめくのを感じる。
――うわ。これ嬉しいのは嬉しいけど、それと同じくらい恥ずかしいな……。
案外人の視線とはわかるものらしく、四方八方からじろじろと見られているのがわかった。
――白石さんはこんな感じだったのか。これから見るときは色々と注意しよう。
「あ、あの……」
「……はい。なんですか?」
突然女子生徒のひとりが飛び出してきて僕に話しかけてきた。
同じクラスの生徒で、いつも3人で話している子のひとりだ。
ものすごい面食いで、色んな男の人と付き合った経験があるのだとか。
……まあ、あくまで漏れ聞こえたものでしかないのだけど。
一方の僕はといえば、まず出会ったことのないシチュエーションに、声が上ずりかけてしまっていた。
いけないいけない。もっと堂々としないと。
「あなた……名前は……」
「はい、その……黒木です」
女子生徒が驚いたようにこちらを凝視する。
「え……黒木くん!?」
彼女の叫び声が、校舎中に響き渡った。
◇ ◇ ◇
「……まあ、でも。それでも気になるっていうのならさ。ちょっとくらい、知恵を貸してあげてもいいよ?」
白石さんはそう言って、観察するように僕を見つめた。
彼女の吸い込まれそうな瞳の中に僕の間抜け面が映る。
「ち、知恵……?」
「そう知恵。黒木くんは特別かっこいいってわけじゃないけど、そんなことくらいどうとでもできるんだ」
「どうとでも……?」
「そう。ひとつは……」
彼女はピンと人差し指を立てる。
「やっぱり化粧だね。そりゃあすっぴんがきれいなほうが良いけど、技術次第でどこまでも持っていけるよ」
現実的には限界ってのもあるけどねー、と彼女は笑った。
「あとは立ち振る舞いもあるかな。ピンと背筋の張った人は美しく見えるよね」
「な、なるほど……」
たしかに彼女の立ち振る舞いはいつもきれいだ。
自然と出てくるものなんだと思っていたけれど、実際は努力を積み重ねて手に入れたものなのかもしれない。
「他にも体格とかファッションとか色々とあるけど、簡単かつ根本的なのはこのふたつかな」
白石さんは何度か指を折って数えると、納得した様子で大きく背伸びをした。
その動きも非常にかわいらしいものだけど、先ほどの指導を聞くと今までと違って見える。
「……白石さんも」
「ん?」
「白石さんもそうやって頑張ってきたの?」
「そりゃあね、頑張ってないヤツなんて、少なくとも私の見てきた人のなかにはいなかったよ」
アイドルは大変だからねー。
白石さんは何事もなかったかのように言う。
けれど、実際はそう軽々と言えるような業界じゃないはずだ。
きっと彼女にだって泣きたいこともあった。怒りたいこともあった。
それでも折れず、前を向き続けて今の成功を掴み取ったのだろう。
きっとそれは僕にはできなかったことで――
「……すごいね、白石さんは」
「え?」
「色んなことを頑張ってずっと努力している。普通だったらとてもできないことだよ」
そうやって白石さんに素直な思いを伝えると、彼女は頬を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「……あれ、なんか変なこと言っちゃった……?」
「う、うるさいバカ! 見ないでよ、恥ずかしいでしょ!?」
どうやら彼女は恥ずかしがっているみたいだ。
それも、僕の言葉を聞いて。
――僕の、言葉……?
「~~~~!」
「……アハハッ! 黒木くんも顔真っ赤じゃん!」
白石さんが顔を真っ赤にしたまま笑っている。
しょうがないだろ、ものすごくキザな台詞を吐いたって今気づいたんだから。
……でも。
「……そ、その、白石さん……」
「なあに? 黒木くん」
――僕に白石さんの知恵を教えてください。
そう答えると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
獲物をじっくりと見定める肉食動物のような、強い強い笑みだった。
◇ ◇ ◇
それから放課後になるまで、僕は質問攻めを受けていた。
どうやら「陰キャの黒木が急にかっこよくなった」という噂がクラスで広まったらしい。
その話題の発端が面食いの彼女だったものだからインパクトがあったのだろう。
それで実際になにをしたのかと言えば、髪型をイメチェンして姿勢を正しただけだ。
厳密に言うなら、笑い方だとか、そういったものもできる限り変えるようにと言われている。
とはいえそこまでうまくできていないと思うので、はっきりと変わったと言い切れるものは上のふたつだけだろう。
白石さんは、最初は化粧も伝授しようとしていたらしいのだけど、僕にそんな経験がないというのと、僕の顔だとうまくやらないと妙なことになりかねないということで断念したのだとか。
それだけでここまで変わったのだ。
――やっぱり白石さんってすごいんだな。
僕は改めて彼女の偉大さを認識した。
――そんなことを考えていた僕の視線に、人影がぬっとあらわれる。
「おい」
千田くんだ。
しかしいつもとは違い、怒ったような雰囲気をまとっている。
「……な、なんだい?」
「お前面貸せ」
体育館裏な。
有無を言わせぬその声に、僕はうなずくことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
「――グッ!」
「おい、お前なにナメたことしてんだ? あぁ?」
千田くんが僕の制服を掴みかかる。
体育館裏に連れてこられてすぐ、僕は殴られた。
その後なんだかよくわからないことをわめかれて、それからずっとこの調子だ。
「お前は黙ってあそこに座ってりゃいいんだよ! なんのとりえもないお前は!」
「そ、そんなこと……」
「黙れ! お前は――」
「――なにしてんの?」
体育館の裏から、白石さんがあらわれた。
千田くんは呆然とした様子で、さっきまで掴んでいた手を放す。
それによって地面に落とされてしまい、身体に痛みが走ったものの、気合でなんとかうめき声を出さずにいた。
なぜかそんなことをしたのかといわれると、自分でも説明できないのだけれど。
「もう一度聞くよ、黒木くんになにしてたの?」
「ち、違うんだ、これは……」
「これは? 人を殴りつけていたのが許されるくらいの理由でも?」
「そ、それは……」
「……この際だから言っとくけど、その子、私の彼氏だから」
白石さんが僕を持ち上げようと、地面についていた右腕の隙間へと腕を入れた。
身体を走る痛みに眉をひそめながら、彼女の助けを借りてなんとか立ち上がる。
「私は私の大切な人を傷つける人間が嫌いだ。……じゃ、もう二度と顔を合わせないでよ」
「……! 待っ――」
「それじゃ」
呆然と立ちすくむ千田くんを横目に、僕たちは体育館を去った。
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