第4話 一晩明けて
突然の告白から一晩が明けて。
正直なところ、まだ夢ではないのかという疑念が頭を離れない。
思ったより積極的で小悪魔だった白石さんも、恋人になれてしまったという事態も、すべて僕の妄想だったんじゃないだろうか。
そんな思いが昨晩からずっと頭をぐるぐるしている。
あの後、勢いに飲まれてSNSのアカウントを交換してしまったのだけど、果たしてあれは本当にあったんだろうか――
――ヴヴヴ、ヴヴヴ。
「あ、着信だ」
スマホの震える音で現実に戻る。
なにかの通知みたいだ。
「どれどれ……」
ソシャゲのメンテ通知とかかもしれない。
まだ億劫な身体を引きずりながら、スマホの画面をつけた。
「……え」
そこには『おはよう』というSNSの通知が。
でも文面は問題じゃない。
友達とかを入れているわけじゃないけど、Vtuber仲間だとか、家族などをフレンドに入れているからだ。
ならなにが問題だったのか。
それはそこの通知欄に『セレネ』という名前が出ていたことだ。
それは僕の配信をよく見に来てくれた人の名前で、あの白石海さんのリアル用アカウントでもあった。
昨日彼女から告白されたときSNSアカウントと電話番後を交換したのだけど、そこに映されていた名前は、今目の前にあるそれとまったく同じものだった。
「な、なにを返せばいいかな……」
僕は混乱する頭で震える指先をなんとか諫めながら、『おはようございます』と白石さんに返した。
すぐに既読が付き、新しいメッセージが届く。
『ほら、もう恋人なんだからさ。もっと馴れ馴れしくしよ?』
『わかりました』
『だからそういうところ。まずは敬語を外して?』
『うん』
彼女からの積極的なアプローチにタジタジになりながら僕は思った。
――夢じゃ、なかったんだ……。
◇ ◇ ◇
恋人になりたいと彼女から言われたとき、同時に今は表立って交際を見せつけないように、という注文があった。
彼女が大人気アイドルである以上仕方のないことだろう。
そんな訳で、学校内での付き合いは今までと変わらない。
教室の僕はひとりぼっちのままで、彼女はすぐ帰る高嶺の花だ。
それはつまり、僕のスクールカーストが相変わらず低いことを意味していて――
「……おい、聞いてんのか?」
――ほら来た。
「なんだい? 千田くん」
うっとうしく思う内心を必死で隠しながら、僕は目の前にあらわれた金髪の男を見た。
金髪とはいっても地毛ではなく染めたものだ。
頭頂部は染め忘れがはっきりと残っていて、いわゆるプリン髪となっている。
ピアスこそ開けてはいないものの、崩した着こなしや人を嘲るような視線は、あきらかに不良のそれである。
彼の名前は千田篤史。
入学した当初から、僕にちょっかいをかけてくる嫌な人間だった。
「今日も教室の隅っこで
ひとりさみしく、の部分を強調して千田くんは笑う。
いつの間にか集まっていた彼の取り巻きが、それを聞いてクスクスと笑っていた。
――まったく、いつもこれだ。
直接的な暴力に訴えかけてこない分、良心的なのかもしれないけど――
「……そういったことしてていいの? サッカー部、練習があるんでしょ?」
そう。千田くんはサッカー部の部員である。
あまり興味がないから調べていないものの、強豪と呼ばれるウチでエース級の活躍をしている、将来有望株……らしい。
さらに言えば成績も優秀で、テストの点数も、一位ではないもののいつも十位以内には位置している。
取り巻きの連中も、その多くがサッカー部員だ。
とはいえ、千田くん以外はそこまで活躍しているわけでもないらしいのだけど。
一応強豪であるらしいウチで、エースのひとりがこんなことをしてて大丈夫なのかいつも疑問に思う。
「俺はいいんだよ。お前と違ってな?」
この顔があるからさ、とケタケタ笑う。
たしかに千田くんは女の子にモテる顔をしていた。
一方の僕は普通の顔立ちで、ついでに言えばファッションセンスもない。
「ま、せいぜいひとりでやってな!」
ハッハッハ! と人を小ばかにした笑い声をあげて千田くんとその取り巻きは去っていった。
定期的に千田くんがやってきて、嫌味を言っては帰っていく。いつもの流れだ。
とはいえ、彼のような人間に自分を何度も否定されるとそれなりに嫌な気持ちにもなる。
――今の僕にとってはとくに。
胸にじくじくと苦々しいものを抱えながら、僕は家路についた。
◇ ◇ ◇
「――ってことがあったんだ」
「うわっ、ネチっこいやつだなー」
たしかに黒木くんのところにはよく行ってたっぽいけど、そんな嫌味なことしてたなんて、と白石さんはポテチを噛み砕いた。
場所は僕の部屋。
いつの間にかお母さんたちと話をつけていたみたいで、彼女のバッグには家の合鍵が入っていた。
「それにしても、私が帰ったあとそんなことになっているなんてねー」
そう語る白石さんの所作は心なしか荒っぽい。
きっと彼女なりに怒ってくれているのだろう。
「まあ、でもそんな気にしなくてもいいよ――」
慣れてるし、と言おうとした口に彼女の人差し指が当てられた。
唇越しに感じる彼女の体温に、僕は思わずドキドキしてしまった。
「……まったく黒木くん、そういうところだよ」
白石さんが呆れたように僕をにらむ。
「なに? 顔とひとりでいることとの間に関連性なんてないのに、千田くんに言われて納得しちゃったの? もしかして千田くんと自分を見比べて、私と不釣り合いだとか、そんなことでも思っていたの?」
「いや、そ、そういうわけじゃ……」
「そういうわけでしょ。……まったく」
白石さんはため息をひとつこぼすと、唐突に僕の顔を両手ではさんだ。
「……! え、え……」
白石さんの体温が伝わってくる。
しかも、顔がものすごく近い。
「あ、あの……」
「――ねえ、黒木くん」
白石さんが口を開いた。
「たしかに黒木くんは性格がちょっと気持ち悪いし、運動も上手じゃないし、モテないし、顔もよく見ても普通だし……」
「ちょ、ちょっと、白石さん……」
わかっている。
わかってはいるのだけど、好きな人にこうも言われるとへこむ。
「……でもさ、それでも君は世界一かっこいいよ」
「……え?」
「あくまで私にとっては、だけどね」
そう言って白石さんはふわりとほほ笑んだ。
「私にとっての君は、どんなに良い人でも、プロのスポーツ選手でも、美男美女でも勝てない、世界一かっこいい人なんだよ」
――驚いた。
だって、彼女がそんなことを言うだなんて思ってもいなかったから。
「な、なんで……?」
「なんでって、そりゃあ……」
彼女は僕の顔から手を放すと、花のように笑って言った。
「恋ってそういうものでしょ?」
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