第25話 鬼気迫る会議
放課後になってからしばらくしてのこと。
僕は爐さんについていきながら、会議室へと向かっていた。
人影は少ない。
みんな部活に向かっていったから、というのも理由のひとつだけれども、それだけじゃない。
純粋に生徒の来る機会が少ない場所だからというのが、より大きい理由だ。
この廊下にあるのは職員室と生徒会室、そして会議室。
先生はともかく、生徒たちがここへと向かわなければいけない機会というものがそもそも少ないので、生徒の数が少ないのだ。
とはいえ、ここまで少ないのは、文化祭が間近だからというのが大きいだろう。
準備中は、生徒会も会議に参加するから。
――そんなことを考えていると、会議室の前へとたどり着いた。
ほかの教室と変わらない、ごくありふれた引き戸だというのに、僕にはどこか恐ろしく見えた。
「……失礼します!」
無意識に声を張り上げながら、部屋の中へと入っていく。
いくつもの視線が、僕たちへと注がれた。
どうやら、上級生たちはもう来ていたらしい。
「お疲れ様」
正方形に並べられた机。
その奥に座っている青年が、穏やかに言葉を返す。
青年の姿は態度と変わらず、なんとも穏やかそうなものだ。
だというのに、その身体から、あと少し強ければ殺気へと変じてしまいそうな威圧感を放っていた。
……なるほど。これは爐さんがSOSを出すわけだ。
おそらく、奥に座る彼は3年生なのだろう。
今年の3年生は、ひときわ文化祭へと注ぐ熱量が高いと聞く。
話だけを聞いたときは、いくら有名とはいってもたかだか文化祭に――と思っていたのだけれど、なるほどこれは本気みたいだ。
なんとしてでもより良い文化祭を成し遂げたいという凄みが、言葉を交わさずとも伝わってくる。
「……それでは、本日の会議をはじめます」
青年の横に座る少女が、会議の開始を宣言した。
◇ ◇ ◇
「――だったら! こっちで対応したほうが完成度も高く――」
「――予算の問題があるじゃないか! こちらなら――」
「――万が一欠席者がいたらどうするつもり? だったらその出し物を取り下げて――」
すさまじい言葉の応酬に、頬がひくつくのを抑えきれない。
まさか、これほどまでとは思ってもみなかった。
あちらが案を出せば、それに対してすさまじいまでの検証が起こる。
そのため、おそろしい勢いで決まることもあれば、泥沼の争いへと発展してしまう場合もあった。
現在起きているのは、後者の例だ。
「まず! お化け屋敷を作るにあたって、場所の問題はどうするんですか!?」
そう。今議論の対象になっているのは、お化け屋敷。
あの出し物の定番と言ってもいい代物だ。
「そこは体育館倉庫を借りりゃいいだろ!」
「あのスペースでいったいどれくらい作りこむつもり!?」
お化け屋敷を推薦したのは3年生。
どうやら、イベントとかで出るようなお化け屋敷を作りたいらしい。
ストーリーや設定がしっかりとあって、お化けの仮装もしっかりとしているような。
そこにツッコミを入れたのがほかの3年生だ。
予算はどうするのか。設定はともかくとしてそこに説得力を持たせるためにどのような努力をするつもりか、そもそもスペースの問題はなどなど……。
そこに、同じくお化け屋敷をやりたいほかの3年生も乱入してきて、とうとう制御ができない泥沼状態へと発展していった。
(……これ、どうしようか)
耐えきれなくなって、爐さんに耳打ちする。
本来ならまとめる役であるはずの3年生が進んで暴走してしまっているものだから、議論が全然終わりそうにない。
とはいえ、すさまじい気迫で出し物についての議論を進める彼らを止める勇気は持てなかった。
(どうしましょうか)
爐さんも同じ気持ちだったみたいで、困ったように彼らを見つめるばかりだ。
話はいっこうに進まないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
ほかの1年生や2年生もすっかりびくついてしまって、すっかりお手上げ状態だ。
……ここは、いやでもやるしかないか。
「あの、皆さん――」
時間も押しているので結論をお願いします。
そう言おうとして、とあることを思い出した。
かつてコラボしたVtuberが話していたことについてだ。
彼はホラーがものすごく好きらしく、映画や漫画、小説やゲームだけでなく、お化け屋敷にも良く行くと言っていた。
そのとき、彼がこのようなものを紹介してくれた。
「――それなら、歩かないお化け屋敷にしてみてはどうですか?」
3年生たちの視線が一斉にこちらを向く。
「……どういうことだ?」
「昔聞いたことがあるんですけど、狭い空間に入り込んで、そこで怖い体験をするお化け屋敷があるんらしいんです。それだったら教室でも十分なスペースが取れるでしょうし――」
――通常の形式と違って、逃げ場がほとんどないからものすごく怖いんだ。
彼は楽しそうに言っていた。
「とはいえ、この形式だと回転率が悪くなる可能性は高いと思います。それにキャストも通常より多く必要ですしね」
「なるほど……」
「だから、
そう強く主張すると、3年生たちは納得するようにうなずいた。
ここの文化祭は出し物がかぶってはいけないという暗黙の了解があるけれど、あくまで暗黙の了解だ。ルールにはなっていない。
それにただかぶるわけではなく、共同開催で開催するわけだ。
普通にかぶってしまっているわけではないので、抵抗も通常のものと比べると小さいはずだ。
「……そうだな。それがよさそうだ」
3年生の人たちも納得してくれた様子で、お化け屋敷は無事二クラスの教室を使った共同開催という形に決定した。
お化け屋敷(共同開催)と、きれいな字でホワイトボードへと書かれる。
「……さて、次のクラスだが――」
……思わず時計を見る。
もうすっかり日が暮れていて、夜といっても問題のない時間だ。
もしかして、これ全部終わるか先生が来るまで終わらないんじゃ……!
……残念なことに僕の懸念は的中し、会議が終わるころにはすっかり真夜中となってしまっているのだった……。
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