第24話 文化祭実行委員

 すっかり秋も深まったこの頃。

 学校はにわかに活気を見せ始めていた。

 薄野高校の名物ともいえる、文化祭の時期だからだ。

 この高校の文化祭は近辺でも随一のにぎやかさで、学校関係者以外にも外部の人間も参加可能なことで有名だ。

 なんでも、もともと人の少なかったこの土地にお祭りを増やしたい、という初代校長の思いでそうなったのだとか。

 そんなものだから、高校生主導のイベントではあるものの、プロを呼ぶことも少なくない。

 それだけでなく、体育館で行われるライブでは、ハイライトとして学校側からミュージシャンを呼ぶことが恒例となっている。

 この付近には大きなライブ会場が存在しないので、その注目度はとんでもないものなのだ。

 だからだろうか。学校ではぼっちである僕にも、今日はいろんな人が話しかけてくる。


「――少し、よろしくて?」


 爐さんも、そのひとりだ。


「うん、なにか用かな?」


 爐さんはネットよりはキツめの、でも今までと比べるとかなり柔らかい口調で話しかけてきた。

 最初のうちはほとんど差が見られなかったのだけど、今では大分優しい感じになってきている。

 彼女のなかで整理がつきつつあるのだなと、僕はうれしく思った。


「黒木さん、あなたを今回の文化祭実行委員に任命したいのです」

「……え、僕が?」

「ええ。最近のあなたは成績n目覚ましい上昇が見受けられます。そんなあなたに、私の下で働くという栄誉を与えてあげるのです。ありがたく思いなさい」


 爐さんはどこか高圧的な口調で言う。

 けれど、本当の理由は別にあることを僕は知っていた。

 ここの文化祭では、それぞれの学年ごとに、文化祭を作る文化祭実行委員というものが結成される。

 それぞれのクラスから規定人数を任命して、その人たちが放課後に文化祭の計画を行うのだ。

 ほかのクラスメイトもなにもしないというわけではなくて、出し物の提案だったり、出し物が決まったあとのいろいろな作業は彼らの仕事でもある。

 けれど、それまでは実行委員たちの仕事だ。

 実行委員の仕事は意外と多くて、予算の分割、物品の買い出しまたはその依頼から、プロを呼ぶのであれば彼らへのオファーまでを任されている。

 暗黙の了解として「出し物の被りは避ける」というものがあるので、被りが起きたときの対策も彼らの仕事だ。

 ……と、このように、実行委員はいろいろな仕事をしないといけない。

 爐さんは周りが推すので流れで実行委員に参加してしまったのだけど、かなりのプレッシャーを感じていたらしい。

 そのため、実は昨日の時点で相談を受けていたのだ。

 今回のこれは、その確認といったところである。


「……わかった。ありがたく頂戴するとするよ」


 ちょっとふざけて答えると、爐さんの頬がかあっと赤くなる。

 恥ずかしいことを言っちゃったという自覚はあったらしい。


「……本当に大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫」


 心配そうな爐さんに、大丈夫だとダメ押しをする。

 時間は余っているのか。もっと言ってしまえば、白石さんと一緒じゃなくていいのかということなのだろう。

 彼女は忙しいから、こういったことには誘えない。

 それを爐さんは心配したのだ。

 でも、その心配はいらない。

 実際、やせ我慢じゃないのだ。

 周りの状況を見たあと、爐さんへと顔を近づけて、彼女に耳打ちする。


(……あの後ね、白石さんに相談したんだ)

(そう、なのですか?)

(うん。そしたら、今年の文化祭には出れないから頑張りなって)


 昨日のことを思い出す。

 文化祭の当日、彼女には予定が入っていたらしい。

 発表は近日中にあるものの、とあるイベントに参加しなければならなくなってしまったのだとか。

 そのリハーサルのため、準備には間に合わないと、白石さんからのメッセージにはそう書いてあった。


「そうですか。……その心意気やよしですわ!」


 ネット上のように穏やかな答え方をしたあと、すぐにいつものような態度へと改めた。

 やっぱりまだまだ、いつものように答えるのは恥ずかしいらしい。

 今は人目がないのだから、そんなに神経をとがらせなくてもいいのに――

 ――と、僕はとあることを思い出した。

 そういえば、白石さんが気になってたし、今のうちに聞いてみたほうが――


「……爐さん、そういえばさ」

「……なんですの?」

「例のあの人とは、どうなってるの?」

「――なっ!」


 意図をすぐ理解したのだろう、彼女があらかさまにうろたえるのがわかった。

 ……ふむ。この感じだと、割と進展してそうだな。

 僕は焔さんのような勇気がないから、うらやましい限りだ。


「……その、まあ……」

「ってことはうまくいってるんだね。よかったよ」

「……ありがとうございます」


 明言は避けているけれど、つまりは付き合っていると、そういうことだろう。

 それなりに話し合った仲なので、こういった彼女の癖はよくわかっていた。


「……まさか、黒木さんがこのような話題に興味があるとは思いませんでしたわ……」


 疲れた様子で爐さんがつぶやく。

 白石さんからの差し金だろうとあたりはついているのだろうけど、まさか僕が踏み切るとは思わなかったのだろう。

 僕自身、ちょっと意外に思っている節がある。

 ……まあ、僕の仲にも彼女たちの進展具合が気になっている気持ちがあったので、それも相まって聞いてみたのかもしれない。

 とはいうものの、たぶん一番理由として強いのは――


「僕だっていろいろ話を聞いたんだし、ちょっとぐらい聞いたっていいでしょ?」


 ――そう、つまりはそういうことだ。

 僕だっていろいろと話を聞いて、アドバイスはできないながらも彼女の不安のはけ口になったのだから、こういったご褒美くらいあってもいいじゃないか。


「……と、とにかく! 委員会に入るのであれば、まずは意見の集計です!」


 楽しみにしていなさい!

 そんなことを言いながら、爐さんは逃げるように去っていった……。

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