第9話 約束の配信

『テレビの前のみんなー!』


 白石さんたちが、カメラに向かって手を振った。


『ギャラクシーズ! でした!』

『ギャラクシーズ! の「青春、走り抜けるために」でした』


 そうしてギャラクシーズ! のみんなは、舞台袖へとはけていく。

 僕はテレビ越しに、その様子を見ていた。

 番組の名は「ミュージック・ステイツ」

 テレビ淡海あわみで長年続く、長寿番組だ。

 そしてギャラクシーズ! は通算で3回目の登場。

 一番最初は売れはじめというのもあってぎこちなかったけど、今はずいぶんとこなれたものになっている。

 しかも今回は生放送だったというのに、なんとも堂に入ったパフォーマンスを見せてくれていた。

 ――ふと、スマホをつけて時間を見る。

 そろそろ約束の時間だ。


◇ ◇ ◇


「みなさんこんばんは、今宵も夜の闇に紛れ参りました日蝕空亡ひのはみくうぼうです」


 配信開始ボタンを押して、マイクへと語り掛ける。


『こんばんはー!』

『日ハムちゃんだあああああ!』

『†夜の闇†』


 ぽつぽつとコメントにいつもの面々が集ってくる。

 あまりにもいつものノリすぎたので、思わず笑ってしまった。

 ちなみに日ハムとは僕のあだ名である。

 某野球球団をもじったものなのはわかるのだけど、いつの間にか定着していて、呼ばれている僕自身由来はよく知らない。


「今日はですねー、視聴者参加型マブカをやりたいと思います!」


『きたあああああああ!』

『お!』

『ハム虐できるんですか? やったーーーー!!!』


「ハッハッハッ、そう簡単には負けませんよ?」


 早速蓋絵を取って、あらかじめ起動しておいたマブカを画面に映す。


「えー番号は52149-113、52149-113です。えっと……ちょっと待っててくださいね」


 口頭だけではいけないと、画面のほうにも番号を映しておく。


『りょうかーい』

『部屋立てられて偉い!』

『いいぞ』


 3頭身ほどのキャラクターがちらほらと画面に映ってきた。

 その上にはそれぞれの名前が。


「早速入ってきてくれたんですねー。……さて、これくらいでしょうか?」


 入室がなくなってしばらくしてから、僕はレースの開始ボタンを押した。


「それでは、レーススタートです!」


◇ ◇ ◇


『つよい』

『つよい』

『ハム虐できないじゃないですか! やだーーーーー!!!』


 レースを3回ほど行い、結果はすべて僕が1位。

 予想だにしていなかった展開に、コメント欄は阿鼻叫喚だ。


「フッフッフッ、私に勝とうなど百年早いんですよ!」


『これは魔王』

『ゆるして』

『よわよわ日ハムちゃんはどこに』


「ハッハッハッハッ!」


 ただ漫然とこの時を待っていたわけじゃない。

 この一週間、マブカで何回も練習したのだ。

 あるときはCPUにボコられ、あるときはチートにボコられ……。

 短くも濃厚な時間を過ごし、僕は生まれ変わった。

 その結果が、今目の前にある数字だ。


「さてさて、そろそろ時間ですね。まだ早いですがこれで――」


 そう言って配信を終えようとしたとき、ひとりのユーザーが参加してきた。

 白いワンピースを着た、かわいらしい女の子のアバターである。

 その頭上に書かれている名前は「セレナ」。

 まぎれもない、白石さんのものだった。


(えっ!? 白石さん!? なんでここに……)


 思わず口を突きそうになった言葉を、気力でなんとか押し戻す。

 そう、例えリアルで知り合っていて、しかも恋人関係だったとしても、今の僕と彼女はひとりのVtuberと常連リスナー。ただそれだけだ。


「……セ、セレナさんが入ってきましたねー」


 ――ただ、それを抜きにしても結構まずい。

 正直なところ、白石さんには入ってきてほしくなかった。

 動揺してしまうというのも理由のひとつではあるけど、それだけじゃない。

 彼女がものすごく強いというのが一番の問題なのだ。

 この一週間、必死で練習したものの、果たして勝てるかどうか……。

 ぽたりと、机の上に暑さが原因ではない汗がしたたり落ちた。


「……それでは、レーススタートです!」


 大きく深呼吸をして、レースのはじまりを見守る。

 ――まずはスタートダッシュ。ここを外してしまっては、彼女には勝てないだろう。

 3、2、1――

 ――スタート!


「っしゃ!」


 成功だ!

 背後に火柱を散らしながら、カートは順調に進んでいった。

 ――さて、今回選ばれたコースは「マーブルサーキット」。

 マブカに触れて一番最初に走るコースであり、ゲーム中でもトップクラスにシンプルなコースでもある。

 このコースはいびつな四角形をしていて、下半分の辺りで非常に長いカーブを走る必要がある。

 最高速度を上げる「ブースター」というアイテムを2つ以上使えばショートカットも可能なものの、緻密な操作も必要と難易度は高い。

 とことんまでプレイヤーの腕がものを言うのが、このコースだった。


「……よし」


 今は最初の直線地点。

 リスナーをごぼう抜きにしながら、次の展開を考える。

 現状白石さんは1位。対する僕は2位だ。

 とはいってもそこまで大きく引き離されているわけじゃない。

 ブーストひとつでひっくり返る、それくらいの距離だ。

 ――でも、ここで乗るわけにはいかない。

 この一週間修行してわかった。白石さんはかなり上手なほうだ。

 それを示すように、セレナと書かれた彼女のランクはSSSだった。

 マブカでもトップクラスのものだけが手に入れることのできるランクだ。

 そんな彼女がこれくらいの距離を保っているということは――


「保険、ってところか……」


 このゲームには、1位目掛けて飛んでくる妨害アイテムが存在する。

 それを喰らうとかなりのロスタイムになってしまう。

 白石さんはそれを恐れているのだろう。

 だから彼女は距離を離さずにいた。

 万が一飛んできたとき、僕へとターゲットを変えさせるために。


「……手ごわいね」


 なんとも厳しい戦いになりそうだ。


◇ ◇ ◇


 1周、2周が終わって最終ラウンド。

 僕と白石さんの距離は、まったく変わらないままでいた。

 なんとか抜いたかと思えば抜かれ、あるいは妨害され……。

 なんとかふたたび2位へと喰らいつくことができたものの、距離は大きく離された状態で、局面は最後のロングカーブまで来てしまっていた。

 視界の隅でコメントが動いているものの、見る余裕がない。


「頼むっ……! 頼む!」


 ブースター、来てくれ!

 そう願いながら、最後のアイテムボックスを取った。

 緊迫した雰囲気とは不釣り合いな、陽気なSEが鳴り響く。


「どうだ……?」


 次々と変わるアイテムの絵柄。

 そのスピードが段々と遅くなっていく。

 ――決まった。

 アイテムの内容は、ブースターひとつ。


「…………」


 このゲームは順位が低ければ低いほど良いアイテムが、高ければ高いほどそこまででもないアイテムが出やすくなる。

 だから可能性としてはかなり高いとわかってはいた。

 でも、こうやってまじまじと見せつけられると――


「――いや、まだ諦める時間じゃない」


 ――ふと、修行の光景が思い浮かんだ。

 あれは忘れもしない、世界ランク1位と出くわしたときのことだ。


「あれをやれば――」


 あれをやればいける。

 いや、やるんだ。

 それだけを胸に、ドリフトを思い切り反対方向へとかける。

 カートはそのまま、草むらの方向へと曲がっていった。

 目指すのはガードレール、ほんの少しだけ、曲がっている箇所だ。


「……よし!」


 草むらへと入る直前に、ドリフトを解除する。

 それまで溜めていた力で、カートが一気に加速した。

 しっかりと狙った位置に、カートが爆走していく。

 カートはガードレールにぶつかり――


「よし! 飛んだ!」


 ――空中を舞った。

 しかし目の前には小さな島がひとつ浮いているだけの巨大な池が。

 ハンドルをほんの少し右へ動かし、池のまん中に浮いている小島へと着陸する。

 小高い丘になっている島へと乗っかって、カートが少しだけ上をむいた。

 そして、そのタイミングに合わせてブースターを使う。

 カートが再び、宙を舞った。


「ミスするな、ミスするなよ……!」


 そのまま危なげなく着陸し、そのままゴールへと入った。

 これだけのことをやったのに、白石さんとはほぼ同タイミング。

 ――どうだ? どうなるんだ?


「…………!」


 ほんの数秒が何時間にも感じられた。

 そして画面に映し出される順位。

 1位は――


「……や、ったああああああああっ!!!!!」


 ――僕、だった。


『すげええええええ!!』

『エッモ』

『これは切り抜きですわ』

『この技をまさか生放送で成功させるとは……』


「ありがとう! みんなありがとう!!」


 あまりにも嬉しすぎて、涙がにじみはじめた。

 みんなのコメントがにじんでいて読みづらい。


「うおっ! ちょ、ちょっと待ってて!」


 ――ヴヴヴ、ヴヴヴとスマホの音が。

 なにかメッセージが来たみたいだ。

 涙を一生懸命ぬぐいながら、スマホの画面を開いた。


『やるじゃん』


 白石さんからのメッセージだった。

 ――ああ。

 今日は、最高の日だ。

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