第34話 言いたいこと(下)
「ハ、ハハハ……イヤだなー……そ、そんなこと考えているわけないデショ……」
「なるほど、では、各テレビ局に送られていたネガティブキャンペーンの数々も、我々の勘違いということですか」
などというが、彼の視線は鋭いままだ。
一方の穴井は、冷や汗をダラダラと垂れながしながらも目を右往左往させている。
「そ、それは……」
「あれらの出元を調べたところ、すべてあなたから、あるいはあなたの親御様から来られていたようなのですが」
テレビ局からやってきた彼の目線がさらに鋭くなる。
――これはわかる。
「……相当、怒っているね……」
「まあ、ずいぶんと勝手なことしていたみたいだし、当然でしょう」
僕のつぶやきに、マネージャーが当然と言わんばかりにうなずいている。
周りを見るとギャラクシーズ! の面々も「さもあらん」と言った表情でうなずいていたので、同じ気持ちみたいだ。
……そんなことをしゃべっている間にも、男の穴井に対する詰問は続いている。
やがて穴井の身体がプルプルと震えだし、目線を下に下げると――
「……う、うるさい! 俺は大企業の社長の息子だぞ!!」
――狂ったように怒り出した。
……なんて言うと格好よさそうだけれども、実際はただの逆ギレだ。
「だからなんですか? 大企業の息子であればこのような非道が許されるとでも?」
「そうだ! 俺はこいつらの上にいるんだぞ! だったら俺の好きにする権利だってあるはずだ」
なんて暴論だ。
しかし彼の瞳は純粋そのもので、怒り狂ってはいても嘘をついているようには見えない。
……なんというか、ずいぶんと増長してしまっているらしい。
甘やかされて育ったのか、はたまた元々こうだったのか……。
まあ、テレビの彼が言っていたことによると社長も加担していた可能性が高そうなので、前者か、あるいは両方が理由といったところだろう。
「……なるほど、そういうことか」
「ハッ! 俺は正しいんだ! 警察や政治家にだって伝手がある! お前たちなんて――」
――と穴井が叫んだところで、控室の前がにわかに騒ぎだした。
ドタバタと荒っぽい足音が聞こえ、粗雑にドアが叩きつけられる。
「た、大変です!」
扉から飛び出た男は開口一番そう叫ぶ。
それを聞いた途端、穴井が目に見えて動揺するのが見えた。
「な、なんだ!? なにがあったんだ!?」
「そ、それが、こんなものが……!」
男がそう言って、穴井に封筒を渡す。
穴井がそれを奪い取るように手に取って破ると、ふるふると震える指で中の紙を読んだ。
内容はわからないものの、読み進めるたびに顔が青くなっていくのが見える。
「た、逮捕令状……!?」
「ああ、やっと来たのね」
納得した様子でマネージャーがつぶやくと、同調するようにテレビ局の男がうなずいた。
「お、お前たち、俺をハメたってのか!?」
一方の穴井は動揺したままだ。
あちらこちらへと首を動かしながら、なにかにおびえるような目で周囲をにらみつけている。
「ハメたもなにも、ねえ……?」
「私たちは只々報告をしただけですよ」
私たちだけなく、彼女たちもですが。
男はそう言いながら、ギャラクシーズ! のみんなを指さした。
「は、はぁ!? そんなこと許されると――」
「――私たちはあなたの人形ではありません」
穴井の叫びを遮るように、土田さんが一歩前へと踏みだした。
それに触発されたのか、ほかのみんなも次々と声をあげる。
「ただ付き合ってるのが見つかったってならガマンできるッスけど、マネージャーがわざと流したなんて納得できないッス!」
「私たちでは難しい事務などを行ってもらうために呼んでいるのであって、決して奴隷になるためじゃない」
「人に無理やり言うことを聞かせようとするのはちょっと、ねえ……?」
「私も、ファッションとかも露出多いだけでセンスないの無理やり着せようとしてきたりするし」
みんな不満タラタラだ。
それだけストレスが溜まっていたんだろう。
「はあ!? そんな口叩くってなら、お前たちのコレ出したっていいんだぞ!?」
それに食らいつくように、穴井がスマホを頭上へとかざす。
「ヒヒッ、これにはお前たちの弱みが入ってる。こいつをネットに流せば一貫の終わりだぞ!? それでもいいのか!!」
「勝手にどうぞ」
穴井の脅しに対して、白石さんがあっさりと答える。
そこには強がりのようなものはなにもなく、ただただ本音で言っているようだった。
「私たちだって誰かに押さえつけられながらアイドルをやりたくはありません。それに――」
「それに?」
「――私たち、そんなチャチなゴシップでつぶれるような存在じゃないので」
白石さんはそう答えて、じっと穴井の眼を見つめた。
その眼力に気圧されているのか、穴井がじりじりと後ずさる。
「……ふ」
穴井が床へと視線を下げる。
そして――
「ふざけるなああああああああ!!!!!!!!!」
白石さんめがけて、思い切り走りだした……!
その右手には小型のナイフが光っていて、白石さんのおなかへと突き刺そうとしている――
「危ない!!」
――とっさの判断だった。
自分でも気が付かないうちに駆けつけていたらしく、わき腹に深くナイフが刺さっている。
「……チッ!」
穴井はしばらく呆然としていたものの、すぐにナイフを引き抜こうと腕を動かし始めた。
「させない……!」
燃えるような痛みに耐えながら、必死でその腕を抑える。
穴井はあきらめていない様子で、僕の手から離れようと「離せ!」と叫びながらジタバタと暴れている。
「離せ! 俺がなにしたって勝手だろ!?!?」
「絶対に離さない! 僕の大切な人を傷つけようとする人なんて許せるわけない!!!」
周りはしばらくフリーズしていたものの、次第に何が起こったのか理解したようで、だんだんとざわつき始めた。
「すみません! 誰か警備員を!」
「わ、わかったッス!」
それを聞いた赤城さんが、全力で控室の外へと出て行く。
――さて、これからが本番だ。
「離せ! ふざけたこと言ったやつには痛い目見せないといけないんだよ!!!」
「離さない! ナイフを出すような奴の発言なんて信用しない!」
腕の動きに合わせて、傷口がえぐられていく。
身体の内部をすりつぶされるような、鋭く後を引く痛みが全身を走って辛い。
それだけでなく、相手はなんとか離れようと蹴りまで入れ始めた。
そのせいでただでさえ力が入れづらい身体でなんとかしないといけない状態だ。
イタチごっこが続いてどれほど経ったろうか。
「連れてきたッスよ!」
赤城さんの明るい声がスイッチ聞こえる。
僕はなんとか力を振り絞って穴井の身体を固め、体重をかけて逃げられないようにした。
「加害者を拘束しろ!」
「被害者の傷が思ったよりも深い、すぐに手当てを!」
すぐさま駆けつけた警備員の人たちが、てきぱきと事後対応を済ませていく。
その中に紛れて、白石さんがゆっくりと近づいてきた。
僕をいたわるように、そのしなやかな手で柔らかく優しく頭を撫でる。
「……黒木くん」
「……白石さん」
「入院した後は説教だからね」
「ハハ、ごめん……」
「……それと」
「……なに?」
「……ありがとう。私を守ってくれて」
「どういたしまして」
白石さんが僕の眼を見てやさしく微笑む。
その表情はまるで聖母のようで、それでいて同時に恋人に向けるそれそのものでもあった。
……よかった。
彼女を守ることができた満足感を覚えながら、僕の意識は暗闇へと落ちていった――
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