第33話 言いたいこと(上)

 そのまま控室へと向かって、真っ白なドアを開ける。

 そこには白石さんと、ほかのギャラクシーズ! のメンバーが入っていた。


「……久しぶり」


 気まずそうに白石さんが手を挙げる。


「……その、白石さん。ゴメン」


 だから僕は、彼女に向かって大きく頭を下げた。


「……!」


 白石さんの眼が大きく見開かれる。


「僕、ずっと自分のことばかり考えていた。……だから、ちゃんと話させてほしいんだ」


 僕の言葉を聞いても白石さんは黙ったままだ。

 もっと言葉を続けなければ――と思っていた瞬間、


「……さみしかった」


 白石さんが口を開いた。


「最初に覚えていないって言われたとき、私、とってもさみしかった」


 あの時の思い出が全部なかったことにされたみたいで。

 そう語る白石さんの姿は、まるで小さな幼子のようだった。


「ずっとずっと覚えていたのに、パッとその努力がムダになったみたいで。……でも、私は絶対にムダにしたくなかった」

「アイドルとして頑張っていたってことを?」

「それもあるけれど、私がずっと黒木くんのために頑張っていたってことの方が大きい、と思う」


 ぽつぽつと、昔の思い出を引き出しから取り出すように、彼女は話し続ける。


「子どもの時からずっと好きで、アイドルにだってそのためになった。……なのにその努力がムダだったなんて、そう思いたくなかったんだ」


 フッ、と白石さんが自嘲する。

 その姿はいつもと違い不安げで、どこか儚い。

 だから僕は、そんな彼女のために言った


「……ありがとう」

「……え?」

「僕のためにずっと頑張ってくれて、ありがとう」


 白石さんが困惑したように視線を迷わせる。

 僕はそんな彼女の前に座って、その震える手を両手で握った。


「僕はずっと、あなたのことを見ていた。ファンだった。……けど、たぶんそれは今みたいな、恋人に必要とされる『好き』になりかたじゃなかったんだ」


 僕はずっと、彼女を通して自分のことを見ていた。

 彼女に励まされることで弱い自分を見つめ、弱った彼女を励ますこtで強い自分を見つめていた。

 白石さんたちの言う通り、逃げていたのだ。


「けど、白石さんはそんな僕に対してずっとそばにいてくれた。だから、ありがとう」

「でも、私だって自分のことばかりで……」

「本当に自分のことしか考えていないなら、僕みたいな人間とずっと一緒になんていられないよ」


 昔の自分を思い出す。

 もし、かつての自分が自分自身みたいな子と付き合っていたとしたら、ひどい話だけれど途中で捨ててしまっていただろう。

 愛してほしいのに愛してくれなかっただなんて、身勝手なことを考えながら。


「そしてゴメン。僕はずっと自分のことしか考えていなかった。付き合ってからも、本当に意味で白石さんのことを見えていなかったんだ」


 でも、だからこそ思う。


「……それで、この僕のわがままを聞いて欲しいんだ」

「……なに」


 彼女の声色が固くなる。

 きっと何を言いたいのか察しているのだろう。


「僕が海外へと留学するのを許してほしいんだ」

「……なんで」

「僕はずっと君から逃げていた。そしてそれはたぶん今だって続いているんだ。けど僕は弱いから、白石さんの近くにいたらずっと甘えたままになってしまうと思う」


 けど今の僕にとって、それは彼女のことを見ないでいることと同じことだ。

 だから、


「――だから僕は、一回誰にも甘えられないような場所に行こうと思う。そうして自分の足で立つことができたら、白石さんと対等にあれると思うから」

「……誰かに甘えることだっていいことじゃないの?」

「悪いことじゃないと思う。けど、僕はそうしたくない」

「……なんで」

「……好きだから。白石さんのことが、好きだから」


 そう伝えると、白石さんの頬が真っ赤に染まる。

 まるで顔から湯気が出てきてしまいそうなほどだ。


「……」


 控室の中を沈黙が支配する。

 けれどこれは今までと違って、どこか心地良い沈黙だった。


「……いつ頃に行く予定なの?」

「今年……はもう難しいから、来年の夏休みを使おうかなと」

「……わかった」


 白石さんがぎゅうと僕を抱きしめる。

 どこか寂し気な感じがして、僕もまた、彼女を強く抱きしめた。


「……絶対に、絶対に帰ってきてね?」

「うん」

「向こうで浮気なんてしたら、承知しないから」

「……うん」


 彼女のわがままがうれしくって、思わず頬がゆるんでしまう。

 そのまま彼女の前髪を上げて、その額にキスをした。


「絶対に帰ってくるよ、安心して」

「……許してあげる」


 私も、黒木くんに甘えずやっていけるようにするよ。

 そう答える彼女の頬には涙の跡が浮かんでいて、でも、今まで僕が見てきた彼女のどんな姿よりも美しかった。


「……は?」


 ――聞き慣れない男の声に、周囲の空気が凍り付く。

 思わずドアの向こうへと視線を移すと、そこには明らかに軽薄そうな空気をまとった、スーツ姿の男が怒りを隠しきれない表情で立っていた。


「……あの人が新しいマネージャー」


 ……なるほど。

 前のマネージャーから簡単な話は聞いていたものの、実際に見てみるとまた違った印象を受ける。

 ただ軽いというより、どこかわがままで傲慢な印象だ。


「あのさ、何ふざけたこと言っちゃってんの? このスキャンダルをどう説明するつもり?」


 マネージャー――穴井というらしい――が怒り狂った形相でこちらに詰め寄って来る。


「……その件は本当に申し訳ありません」

「申し訳ありませんじゃねえんだよ! こっちが仕事をくれてやったっていうのに、恩を仇で返しやがって!」

「……恩をもらった覚えはありませんがね」


 土田さんが皮肉げに返した。

 細かい話は聞いていないが、かなり無茶なスケジュールを予定していたらしいのでこう返されるのも当然だろう。


「はぁ!? この恩知らずどもが! 俺の言うことを黙って聞いておけば――」

「……っと、それは聞き捨てなりませんね」

「……は?」


 穴井が信じられないものを見るような表情で後ろを振り返る。

 そこには、これまた見覚えのない男が立っていた。


「……よくお世話になっているTVの人」


 困惑している僕に白石さんが耳打ちをする。

 なるほど、そういった人なわけだ。

 ……けど、なんでそんな人がここにやってきたんだろう。


「な、なんであなたが――」

「そこの彼女たちに無茶なスケジュールを敢行させようとしていると聞いて、少し注意をしなければと来たのですよ」


 穴井が明らかにうろたえる。


「ハ、ハハ……そこは気を付けてるって言ったじゃないっすか……」

「『気を付けている』? なるほど、散々注意を受けてもなおブッキングを繰り返し、しかもマネージャー自らが謝罪にこないことを『気を付けている』と呼ぶのならそうでしょうね」


 それで、とそのTV局の人は言った。


「ブッキングしている番組の司会が大物揃いなのも、なんででしょうね?」

「そ、それは……」

「……彼女たちを追い詰め、そのまま愛人にしてしまおうとしたのでしょう?」


 穴井が明らかに動揺したのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る