第33話 碌でもないもの



 食堂で朝食を取る空気でもなかったため、部屋で適当に作って二人で食べた。

 というよりも、レンカが俺と離れようとしなかったのだ。

 過保護が過ぎやしないか?


 されど、休校中の過ごし方が大きく変わることはない。

 部屋で課題を片付けつつ、ぼーっとしていた頃。


 ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 午前中の訪問客。

 この魔力の感覚は……エマだな。


「ちょっと出てくる」

「あ、私が出ます。危ないですから」

「危ないって……ここ寮の中だよ」


 ぱっと立ち上がって玄関へ向かったレンカの背を見送る。

 どうやら本気で俺を動かしたくないらしい。

 少しして、レンカが車椅子に乗ったエマを押して戻ってきた。

 エマの膝には何かが入った中身の見えない袋が乗っている。


 寝癖がついたままの桜色の髪を揺らしながら、楽に片手を振った。


「おはよ」

「おはよう、エマ」

「もしかしてカズサさんって誰が来たのかわかってました?」

「予想はついてた」

「……それを先に言ってくださいよ」


 悪いとは思っているけれど、飛び出していったのはレンカだ。

 俺は何一つ悪くない。

 それに、危険なら止めていたし。


 どれだけレンカが俺を守ろうとしていても、俺はレンカの護衛だ。


 でも、守られる立場って新鮮だな。

 特務兵の立場上、守られるという経験はない。

 いつも俺たちは守る側。


 目の前の笑顔を絶やさないために、俺はここにいる。


「暇」

「暇って言われてもなあ。私たちも似たようなものだし」

「今日はカズサさんを外に出さないと決めているので、必然的に部屋で過ごすことになりますし……」

「さらっと軟禁宣言しないでくれない??」

「ん、わかった。エマも外出たくない」

「ならなんでここに?」

「なんとなく?」


 答えになっているような、なっていないような曖昧な返事。

 だが、エマが俺に顔を向けて口を動かす。


(室長命令。カズサといろって)

(あー、了解。助かる)


 小さく頷き、状況を把握した。

 エルナ経由で室長へ渡った情報がエマに伝わり、もしも事が起こった際に連携を取るために合流した……そんなところだろう。

 こちらとしても願ったり叶ったりの増援だ。


 車椅子とはいえ、エマには転移の魔術がある。

 軍基地にも転移できるらしいので、即座に軍部との連絡が繋げる。

 エマの存在は戦況に大きく関わるだろう。


「エマさんは課題は終わっているのですか?」

「…………まあまあ」

「絶対終わってないでしょ」


 露骨に目を逸らすエマに苦笑しつつも、心配することはない。

 どうせ最終日にまとめて片付けるはず。


 ……多分。

 自信ないけど。


「そもそも、持ってきてない」

「膝に抱えている紙袋は?」

「エルナに持たされた。カズサに渡してって」

「……碌でもないものの予感が」

「開けてみましょうか」


 うげ、と身を引いた俺に代わって、レンカがエマの膝に鎮座している紙袋を開けた。

 その中身は――


「――メイド服、ですね」


 レンカが立って広げた布地は白を基調としたメイド服。

 確実に膝上の丈しかないスカート。

 ありとあらゆる場所にフリルが段をなすようにあしらわれ、脇腹のところはなぜかレースになっていて内側の生地が透けている。

 とてもではないが、本職のメイドさんが見たら卒倒すると思う。


 機能性なんてかなぐり捨てた先鋭的なデザイン……もとい、時代を先取りしすぎたそれはなんともコスプレじみたもの。

 メイド服は見慣れているはずのレンカが戸惑ったのも理解できる物品だった。


「……で、なんでこれを私に?」

「あ、手紙が入ってますね」


 レンカが袋の中を覗いて、二つ折りにされた紙を見つけた。

 開いた紙面には、


「『それ着てメイドさんごっこでもしていてくださいっ』……なんだよ、これ」

「そのままの意味ではないでしょうか」

「カズサ、メイドになる?」

「ならない」


 きっぱり断ると残念そうに二人は顔を見合わせ――ぞくりと。

 背筋を走る危険信号。


「――でも、カズサさんが着ないならもったいないですよね」

「ん」


 ずん、と高まる圧。

 そして、獲物を前にしたかのように二人の視線が俺へ集中した。


 気づいた時にはもう遅く。


 両肩にレンカの手が乗って。


「折角ですし着てみませんか? どうせ今日は暇ですし」

「いや、あの、いつになく目が本気なんですけど」

「可愛いから、着よ?」

「エマもっ!?」


 二人は俺に魔改造メイド服を着せるために共謀したらしい。

 レンカはともかく、エマまで乗っかったのは予想外だ。

 よく見れば口の端がわずかに吊り上がっている。


 他人事だと思って楽しんでいるな?


「二人とも、こんな言葉を知ってる? 着せていいのは着せられる覚悟がある奴だけ……ってね」

「つまり、カズサさんが着るなら私たちにも着てほしい……ということですか」

「やめるとはならないのね……」


 がっくりと肩を落としつつも、このまま押せば流れを変えられそうだ。


「サイズ、合う?」

「あー……」


 エマの一言で視線が集まったのはレンカの胸元。

 俺よりも二回りは大きい双丘。

 風呂で何度と見た……もとい、見えてしまうそれ。


 エルナのことだから、あのメイド服は俺のサイズに合わせたものだろう。


 つまり……着るのは難しい。

 よしんば着れたとしても、相当に窮屈な思いをするのは間違いないだろう。


 だが、レンカは不満そうに頬を膨らまして、


「私、そんなに太ってませんけど」


 俯きがちにレンカが呟く。

 あ、これ勘違いしてるな。


「違う。胸」


 すぐにエマが否定し誤解を解く。

 そこへ続いて言葉を投げる。


「むしろ身長がある分、丁度いい体型だと思うけど」

「そっちですか。まあ、確かにカズサさんよりは大きいですが……」


 むむむと唸りつつ、レンカはメイド服を見続ける。


「絶対、カズサさんに似合う……っ」

「レンカ、やろう」

「致し方ありません。必要な犠牲ですね」

「お二人さん何を話してるの?」


 不審な会話を耳にしてしまい、つい聞き返すとレンカは立ち上がった。

 エマも車椅子を漕いで近くに寄ってくる。

 あ、まずい。


 あれは覚悟を決めている目だ。


『魔王』に勝るとも劣らない威圧感を放つ二人に詰め寄られ、ジリジリと後ろへ交代する。

 だが、それも長くは続かず背中が壁にピッタリとついてしまった。


 逃げようとした時にはもう遅く、左右の腕をレンカとエマに握られていた。


「――カズサさん。少しじっとしていてくれますか? 大丈夫、怖いことなんてありませんから。ちょっと服を着替えさせるだけです」

「観念して」

「ねえ、ちょっ――」


 悲鳴にも似た制止の声は二人の心に届くことはない。

 力任せに振り払うことも出来ず、俺は来る苦難から全力で目をそらすため思考をシャットダウンさせた。



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