第28話 もとい、狸寝入り



「……夢、か」


 ぽつりと呟き、ゆっくりと目を開く。

 広がった視界に飛び込んできたのは鮮やかな茜色。


 そして、


「ん…………っ」


 鼻と鼻の先にあった、レンカの寝顔。

 長いカラスの濡れ羽色をした睫毛まつげ

 枕に押しつぶされた頬、一枚の布地のように広がっている金色の髪。


 上着の裾は寝ている間にはだけたのか、へそのあたりまで見えている。


 熟睡しているのか起きる気配は感じられない。


 茜色に染まった部屋。

 ベッドの上でしばし昼寝の余韻に浸りつつ、夢の内容を想起する。


 が、意味不明な点が多すぎる。

 第一に奴の言葉を真に受けていいのだろうか。


 数分かけて悩んだ末に、


「……結局、三日後に何があるかだな。一応室長には伝えておこう」


 そんな結論を出して、思考を止める。

 レンカを起こさないよう静かにベッドから降りて下段を見ると、いつの間にやら起きていたエマが寝そべりつつ手を振っていた。


 自室のようなくつろぎようだ。


「おは」

「おはよう、エマ。外で寝かせるのが忍びなくて部屋に運んだけど……驚いてすらいないのな」

「寝れたら大体問題なし。むしろグッジョブ」


 エマのそれは本心らしく、顔を枕へ埋めた。

 どうやら二度寝にふけるらしい。


 だが、すぐに顔を上げて、


「ご飯できたら起こして」

「あっ、はい」


 元々そのつもりだったが、いざ頼まれると何とも言えない気分になるな。

 苦笑しつつも答えると伝言はそれだけだと言わんばかりに、エマは身を再びベッドへ委ねた。


 さてと息巻いて、リビングのテーブルで室長へ送る手紙をしたためる。

 奴が夢へ干渉してきたこと。

 奴が「妄執の獣」と呼んでいた何かが三日後に来ると。


 確証も確信も、裏を取ることすらできない。


 本来なら妄言と切り捨てられかねない今回のことを伝えておく必要はない。


 だが、頭の奥でジリジリと熱く焦げる感覚が焼き付いている。

 戦場で培った経験と直感が「無視するな」とけたたましい警報を鳴らしていた。


「……良くないな。こういう時はろくなことにならない」


 経験上、嫌な予感はよく当たる。


 書いた手紙を携え、軍服に着替えて外へ。

 夕飯の材料の買い出し……の前に、校舎の職員室を訪問する。


 扉をノックして「失礼します」と敬礼をして中に入った。

 目的は神崎エルナ。

 彼女ならばこの手紙を室長へ届けてくれるはずだ。


 エルナに任せるのはやや心配が勝るものの、いざという時には頼りになる……はずだ。

 多分。


 ……ほんとか?


 ともあれ、エルナの仕事机に来てみれば、


「すぴい」


 書類や教科書がとっ散らかった机の上で組んだ腕に頭を乗せ、わざとらしい寝言を呟きながら眠っていた。

 もとい、狸寝入りをしていた。


「わざわざ口で寝言を偽造しないでください」

「むにゃむにゃ……カズサちゃんのスリーサイズは――」


 えいっ、と狸寝入りを続けるエルナの額へデコピン。

 ギリギリと極限まで引き絞った中指がスパコーン! と軽快な音を立てて、エルナの額へ突き刺さった。


「いっっっっっっ!?!? ちょっとっ!? ボクまだ何も言ってませんよねっ!?」

「未遂でも許されることと許されないことがあるんですよ。知りませんか?」

「ド正論パンチやめませんか?? 虚偽妄想に誇大表現と過大評価を重ねたうえで人をおちょくるのが生きがいなんですけど」

「知りませんよそんなの」


 頭を抱えつつ、ふざけた生きがいを切り捨てる。

 わめき続けるエルナをよそに、懐から手紙を取り出す。


「これを届けてもらえませんか」

「おや、ボクにラブレターですか? 暴言の後に優しくするのってDV感あってなんかゾクゾクしますね。あ、縄で縛るなら肌に痕が残らないようにお願いしますね」

「……次は魔術も併用しますか」

「それシャレにならない威力のやつでは? ボクは痛いと気持ちいいの間がいいのであって、痛いだけのやつは嫌いなんですけど」

「ではそうならないように言動に気を使ってもらって」


 面倒だから無視だ。

 エルナのペースに乗っかっていたら話が終わるどころか始まらない。


「早急にお願いします」

「……ふぅむ。ボクを使いっ走りにするなんて、本来は高い高ーい料金が必要なんですけどね。なんか単純そうな理由っぽいので、別にいいですよ。中身見てもいいです?」

「構いませんけど、外部には漏らさないようにしてくれれば」

「あー、じゃあいいです」

「何のために聞いたんですか……」

「やっていいって言われたらやりたくなくなりません? やるな! って止められたことの方がやりたいじゃないですか」


「そうでしょう?」と平然とした顔で同意を求めないでほしい。


 いや、その気持ちはわからないでもないけど。

 実際やるかと問われると大多数が首を横に振るのではなかろうか。


「ではでは承りましたーっと。夜中にでも届けてきますかね。で、これからカズサちゃんは買い出しですか?」

「ええ、まあ」

「だったら、お駄賃は手作りご飯で手を打ちましょう! 自分で作るのも面倒ですし、これくらいは頼まれてくれますよね?」


 この非常事態下で室長と連絡を取る対価と考えると破格だ。

 表立って軍関係者と関われない俺と違って、エルナならその問題もクリアできる。


 エルナの隠密能力は恐らく俺より上。

 訓練校を監視の目を掻い潜って抜け出すくらいは造作もないはず。

 仮にバレたとしても保険が効く。


「わかりました。リクエストはあります?」

「うーん。じゃあ、一品はお酒に合うやつで」

「学生の寮で飲酒はやめてくださいよ……」

「つまり思う存分やってくれってことですよね!?」


 ……あ、言葉の選択ミスった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る