第15話 逆お上りさんだね



 入学して数日は寮と校舎を行き来し、授業を受けて明日に備える生活をしていた。

 内容的には十分ついていけるレベル。

 二人で予習復習も欠かさずこなしているため、遅れをとることも無いだろう。


 そんな訳で、初めての週末――日曜。


 外出届を受理された俺とレンカは訓練校の敷地を出て、午前中のうちから都市の街を歩いていた。

 服装は普段通り軍服のまま、胸元には訓練生を示す丸いバッチをつけている。


 雲と空色が半々の天気。

 太陽の光が途切れ途切れに差し込む街並みは、とても穏やかなものだ。


 そよ風に乗って漂う焼き立てパンの香り。

 客引きの八百屋の声。

 ざわざわと止まない人々の会話。


 行きかう人は休日ということもあって、子供を連れた親子が多く見受けられる。

 また、同じように軍服を着た訓練生も散見された。

 彼らも羽を伸ばしに来たのだろう。


 平民区画における一番大きなストリートの入り口で、隣にたたずむレンカはあお双眸そうぼうを輝かせていた。


「ここがメインストリート……!」

「初めて来たにしても感動しすぎ。逆お上りさんだね」


 子供らしい一面に微笑ましいものを覚えつつ、俺も実は楽しみであった。

 入学前の一か月でまともに外出した機会は多くない。

 数少ない時は女子としての振舞いを練習する場だったので、気軽な外出は久々だ。


 思う存分、束の間の休日を楽しみたい。


 そんな思考を続ける俺の隣で、ポツリとレンカが言葉を漏らす。


「……私の行動範囲は皇宮がほとんどでしたから。立場的に仕方ないとはいえ、ですね」

「なら、休日を満喫しないとね。さあ、いこ? あっという間に日が暮れちゃうよ」

「わわっ」


 善は急げとばかりにレンカの手を引いて、ストリートへと繰り出した。




 今日の目的はこれといってない。

 街をぶらつき、気が赴くままに店を見ていく。


 新しい部屋着を見繕ったり、夜の楽しみでもある紅茶の茶葉を選んでみたり。

 相談しながら、それぞれ思い思いのものを選んで買うことにした。

 日々の楽しみが増えるのはいいことだ。


 精神のケアは大切。

 怠ることなく、常に万全を保ちたい。


 昼はレンカの「ハンバーガーというものを食べてみたいです!」という熱烈な要望に応え、ハンバーガーショップを訪れていた。

 わあ、と漏れ出た感嘆の声。

 昔から憧れの場所だったらしい。


 というのも、レンカは第三皇女。

 普段は皇宮で身分相応の暮らしをしていた、正真正銘のお嬢様。

 しかし、色々と不自由もあったようだ。

 俺も貴族や軍のパーティなんかにも参加したことはあるが、確かに面倒に感じる。


 だが、レンカと違ってこういう場所に来ることもあった。


「どれにする?」

「ええっと……これだけ沢山種類があると迷いますね」


 むむむ、とメニューに視線を走らせながら唸るレンカ。

 俺も隣でメニュー見て注文を決める。

 ややあってレンカも決まり、カウンターへ。


「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」

「えっと、ダブルチーズバーガーのセット。ドリンクはコーラで」

「私はフレッシュバーガー? のセットで。ドリンクはホワイトマスカットでお願いします」


 無事に注文を済ませて番号札を受け取り、席を探す。

 さっと見回すと一階は混雑していたため、二階へ上がる。

 カウンター席の二階は運良く空いていたので、窓から外が見える席に並んで座り、注文したものが届くのを待つ。


 雑談をしているうちに店員さんが注文していたものを運んできて、ようやく昼食の時間を迎えた。


「……あれ? 意外と大きいですね」

「女性が食べるって考えるとそうかも」


 手のひらを広げたくらいの大きさの箱を開けると、ハンバーガーの黄金色をしたバンズが現れた。

 野菜やパテ、ソースなどが積み重なったそれをバンズが挟み、貫くように串が刺さっている。

 ダブルチーズバーガーはとろけたチーズが間からはみ出ていて、食欲をそそる香りを漂わせていた。

 レンカが頼んだフレッシュバーガーは瑞々しいレタスやトマトなどの野菜が豊富に挟まれたもので、こちらもとてもおいしそうだ。


 さらにはセットでついてきたMサイズのコーラとフライドポテト。

 以前の感覚のまま注文したが……これは食べ切れるのだろうか。

 食事量が減った今、中々に厳しい戦いを強いられそうだ。


 ……いざとなったら食べた分を崩壊させて胃を空けよう。

 やりたくないけど残すよりはいい。


「これを手でもって食べるんですよね……?」

「そう。崩れたりすることもあるから気を付けて」

「ん……こう、ですかね」


 ぎこちない手つきでハンバーガーを紙ナプキンで包んだレンカに頷くと、おもむろに口元へと運んで小さくかぶりついた。

 僅かに両目が見開かれ、咀嚼しながらも自分が持つハンバーガーへ熱い視線を注いでいる。

 時間をかけて嚥下したレンカが幸せそうに口の端を緩め、


「……まさかこんなにもおいしいものだとは。正直、驚きです」

「皇宮や寮での食事とも違うベクトルの味だからなあ……」


 豪勢でもバランスを考えたものでもなく……言っては悪いが体のことなど全く考えていないもの。

 美味しいと感じないはずがない。


 満足そうに二口目を運ぶレンカを横目に、俺も食べ始める。

 ぱくり、とこぼさないようにかぶりつく。

 咀嚼、嚥下としたところでストローでコーラを飲む。

 炭酸が口の中で弾け、塩気が甘味で流されたところへすかさずフライドポテトを放り込んだ。

 温かく、ほんの少ししなっとしたポテトの塩味と食感を楽しみ、思わず頬が緩む。


 うん、美味しい。


 日常の幸せに浸っていると、


「あ、カズサさん。口のところにソースがついていますよ」

「んえっ」


 伸びてきたレンカの手が持つ紙ナプキンが口元のあたりを拭った。

 優しい力加減で頬を押されながらも、すぐに終わり手が離れる。


「ありがと、レンカ」

「いえいえ。それより……カズサさんのものも美味しそうですね」


 じーっと蒼い瞳がダブルチーズバーガーを向いていた。

 ……まあ、いいか。


「一口食べる?」

「いいのですか? では遠慮なく――」


 両手で持ってレンカの口元へ差し出すと、手で髪を耳のほうへよけながら俺の食べた痕に口を重ねた。

 上品に食べるなあ……なんて感想を抱きつつも、レンカが食べ終えるのを見届ける。


「――チーズが濃厚でとてもおいしいですっ」


 にっこりと笑んで感想を口にする。

 本当に連れてきてよかったと思える笑顔だ。


「そうだ。私のもどうですか?」


 お礼のつもりか、レンカも自分のフレッシュバーガーを差し出してくる。

 これは受け取ってもいいのだろうか。

 いや、レンカが気にしていないのなら俺が気にしても無駄だな。


「……いいの?」

「もちろん。こういうの、一度してみたかったのです。口を開けていただけますか」


 どうしても食べさせる構図でやりたいらしく、迫られれば是非もない。

 衆人環視のなかで人に食べさせられるというのは無性に恥ずかしく感じるものだ。

 諦め半分で一口頂き、


「……ん、美味しい」

「二人で食べるとさらにおいしく感じますね。幸せも半分こです」


 本当にその通りだと笑って頷いた。

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