第14話 恩寵の名が泣くね



 校舎一階の食堂で昼食を取り英気を養い、午後の授業。


 運動着に着替えた『魔術科』の一同は広々とした屋外の運動場に集められていた。


 整列した俺たちの前には屈強な肉体を誇る担当教員が、満足そうに視線を流している。


「――よし、揃っているな! これより戦闘訓練を行う! まずは二人組を作って柔軟からだ! 余った奴は俺と組むことになるから安心しろ!」


 声がかかると二人組が作られた。

 俺はレンカと組み、運動に備えて身体をほぐしていく。

 柔軟が終わると男が手を二度鳴らし、


「それじゃあ早速始めるが……これは訓練だ。だが、実戦だと想定して行うように! 訓練でできないことは実戦でもできないと思え! ルールは魔術ありの一対一、誠意限時間は三分。どちらかが降参するか気絶した時点で俺が止めに入る! けがをしても治癒魔術を使える先生がいるから安心しろ! 腕の一本二本くらいはちぎれてもなんとかなる!」

「「「…………」」」


 がははと豪快に笑う教師とは対照的に、生徒の間に微妙な空気が流れる。

 軍の訓練校に入ったばかりで腕をなくすような怪我を負うのは流石に嫌だろう。

 いくら治るとはいえ、ちぎれた痛みが消えるわけではない。

 そうなりたくなければ各自で自衛するしかないのだ。


 俺としては手足がもげるくらいは日常茶飯時だったため、普通の感覚が麻痺しているらしい。

 隣のレンカは顔色が若干悪い気がする。

 念のため体調不良かと聞いてみたが、フルフルと首を横に振った。


「……無事に終われますかね」

「さあ。怪我くらいはするかもしれないけど、仕方ないと割り切らないとやっていけなさそう」

「それもそうですね。とはいえ、腕がちぎれる様は見たくないですが」


 レンカは苦笑し、左手で右腕をさする。


 そんな中で男が生徒に指示を出す。


「初めの相手はさっき組んだ人だ。周りと適度に距離を取れ、流れ魔術が飛んで来たら危険だからな!」


 広い運動場に間隔を開けて生徒が広がっていく。


「お手並み拝見だね」

「カズサさん……お手柔らかにお願いしますね?」

「どうしようかな」


 ふふ、と口元に笑みを浮かべた俺とレンカは数十歩分の距離を空けて向かい合い、合図を待つ。


 そして。


「それでは――はじめッ!!」


 号令が発せられ、


 刹那、地を蹴る靴音がいくつも響く。

 一瞬の間に視界に入ったのは


 幻術? あるいは投影や分身の類いか。

 なんにせよ珍しい魔術を使うな。

 ちゃんと全てに偽装も施してあり、同じような魔力反応を感じる。

 学生レベルであれば十二分に通用するだろう。


 だが、


「――まだ甘いね」


 殺到する分身の攻撃を無視し、的確に本体へと手刀を放つ。

 瞠目したように目を見開いたレンカだったが、見事に受け流される。

 しかしそれは想定済み。


 手刀を放った勢いをそのままにくるりと回って上段蹴り。

 ひゅう、と空を切って靴底が地面へ叩きつけられた。

 手ごたえはない、躱されたのだろう。


 さらに連打を加えるも、レンカの身体を一度たりとも捕らえることはできない。

 加減しているとはいえ驚きの結果だ。

 近接戦の心得もあるらしい。


 一旦呼吸を整えるため後退すると、間髪入れずに魔術をおこす気配があった。

 丹念に練られた丁寧な魔力を代償として魔術が発動される。


「吹き荒れろっ!」


 りんとした声に合わせて空気中の水分が凍結し、つぶてを生み出す。

 同時に鋭い向かい風が吹き――氷と風の嵐が発生した。

 目の前の空間を氷の礫と風の刃が蹂躙じゅうりんする。

 殺傷力は申し分ない。

 当たれば怪我では済まないだろう。


 事前にあんなことを言っていたのに、いざ戦うとなったらこれだ。

 案外と思いきりがいいのか、俺なら難なくしのぐと考えているのか。

 後者であることを願うばかりだ。


「意外と苛烈かれつだなあ……」


 呟きつつ、身体を前へと傾け嵐に向かって走り出す。

 流石に想定外だったのか「えっ」と驚いたような声が聞こえた。


 礫と刃の隙間を縫うように無傷で駆け抜け、レンカの懐に潜り込む。

 そして、


「これはお返し――」

「っ!?」


 慌てて飛び退こうとしたレンカの軍服、そのえりを掴んで背負い投げる。

 軽量な体は瞬く間に宙を舞う。

 受け身を取りつつもレンカは背中から地面に着地した。


 上下で視線を交わして差し伸べた手を取って立ち上がると、レンカはため息交じりで呆れた風に頬を緩める。


「あの中を走り抜けてくるとは思いませんでした。しかも無傷で……」

「でも、いい魔術だったよ。一人相手に使うものではない気がしたけど」

「……それを無傷で抜けたカズサさんに言われたくないです」

「あはは。まあ、今のは気にしないで。自分でいうのはあれだけど、あんまりできる人はいないはずだから」


 鋭敏な感覚と経験、そして負傷をものともしない精神性があって初めてできるものだ。

 少なくとも実戦を経験していない学生では厳しい。

 正規の軍人でも多くはないだろう。


 もっとも、何かしらの魔術で遮蔽物を作れば事足りるのだが。


 俺は駆け抜けたほうが利が大きいからやっているだけで。

 即死しなければ即座に治癒を施せるがあるからこそ出来る技。


「というか、カズサさんってかなり強い……? もしかして私が弱いのでは? それとも両方?」

「大丈夫、レンカは弱くないよ。ここなら相当上だと思う。魔術も体術も、年齢を考えれば十分に通用するレベル。特に読みがいい。接近戦ではまともに当てられなかったし」


 これは俺自身も驚いている事実だった。

 基本的に『魔王』と戦うときは主体だったが、『特務兵』として最低限の接近戦における動きは会得している。

 無拍子や瞬歩とかを使っていないとはいえ、それでも一撃すら掠らなかったのは強いを通り越して異常とすら思えてしまう。


「ありがとうございます。でも、それには種があるんですよ。『神託オーラクルム』が囁くように教えてくれるんです。私の勘だってはっきり言えたらよかったのですけど」

「いいんじゃない? それもレンカの一部だし、使ってとがめられる理由はないよ。むしろ積極的に使うべきだと思う。仲間内で争うことなんてないんだし」

「……ですね、同感です。明日の天気を占う便利な道具として今日から使っていきましょうか」

「皇族に継承される恩寵の名が泣くね」


 しきりに笑い、周囲の様子を観察する。


 半分ほどのペアが組手を終え、戦いが続いているペアを眺めていた。

 魔術が飛び交う運動場。

 体術を混じえている生徒は少ない。

『魔術科』という事情もあってか、俺とレンカのレベルが異様に高いだけだろう。


 やがて三分経過した所で教員がホイッスルを吹き鳴らす。


「――そこまでッ! 中々やるじゃないか。特に最後まで戦ってたそこのペアと、接近戦をしていたそこの二人!」


 びしぃ! と教員が男子のペアに続いて俺とレンカの方を指さした。

 集まる注目。

 恐らく戦っていたため、生徒の中で俺たちのことを見ていたのは少数だろう。


 好奇の視線が寄せられてむずかゆい。


 できる限り表情に出さないよう心がけつつ、頭を下げる。


「他の者たちも初めてにしてはよく動けている、安心しろ! ではペアを変えて二戦目だ! 一つずつ横にズレろ!」


 そんな教員の声がかかる。


「……ペア交代か。じゃ、レンカも頑張ってね」

「心配入らないと思いますがカズサさんも頑張ってくださいっ」


 手を振って別れ、ペアがズレる。

 二人目の相手と向かい合い、また組手が始まった。


 結局、その後も数戦したが、全て制限時間内の勝利に終わった。


 ……大人気ないとか言うな、自覚してる。


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