第16話 意外な弱点
昼食を食べ終え、ストリートの探索に戻る。
雑貨や小物、アクセサリーなんかの店にふらりと立ち寄って眺めているうちに時間が過ぎていく。
二人で見ていると楽しくて会話が弾む。
なんとなく女性の買い物が遅い理由がわかった気がした。
そんなこんなで時が過ぎ、もうじき日が傾いてくるころ。
(……いるな)
こちらを探るような視線と微かな気配。
実は学校の敷地を出たあたりから感じてはいたものの、手を出してくる様子がなかったために放置を決め込んでいた。
レンカは気づく素振りもなく、楽し気に歩いている。
俺が訓練校で休暇と並行して行う任務はレンカの護衛。
身の安全を守るために対処しに一人で行くのも本末転倒なので、警戒し続ける状況が発生していた。
「……カズサさん」
神妙な面持ちで呟くレンカへ振り向く。
日が地平へ沈みかけ、夕焼けの空を背景にしたレンカの金色の髪が神々しいまでの煌めきを放っている。
思わず一瞬だけ見蕩れながらも、
「どうしたの。どこか調子でも悪い?」
「調子は万全、悪いところなんてひとつもありませんよ。そうではなく、その……今日は、とても楽しい日だったと思いまして」
「そうだね。私も、とっても楽しかった」
思い返してみれば、誰かと出かけるなんて経験はそう多くなかった。
……いや、プライベートと考えると初めての可能性すらある。
言葉にして、ようやく気付く。
生活に彼女の……レンカの存在があることが当たり前になっていることに。
一人ではこうも楽しむことはできなかったはず。
二人だから……否、レンカとの一時だから楽しかった。
退屈などなく、沈黙も辛くはない。
ただ隣にいてくれるだけで落ち着くと言えばいいのだろうか。
「また来ませんか? 今度はもっといろんなところが見てみたいです」
「じゃあ、次に備えて色々調べておこうか。美味しいお店とか、行きたいところとか」
「楽しみが増えましたねっ」
たたんっ、と一歩先に出たレンカが身を翻して正面で微笑む。
遠心力に引かれてふわりと花弁のように広がるスカートの裾。
夜に近づき涼しくなったそよ風に
その笑顔を守るために、きっと俺はここにいる。
「じゃあ、今日は遅くなるから帰ろうか。夜は私が何か作るよ。リクエストとかある?」
「……日曜は食堂が開いてないのでしたね。正直、料理のことはわからないのでお任せしたいですね。あ、お手伝い出来ることがあったらしますよ」
「なら、カレーにしようか。野菜切ってルーを入れて煮込むだけだし」
ぱっと決めて、頭に必要な具材をリストアップしていく。
食器や器具の類は基本的なものなら常備されているし、足りなければ食堂まで借りに行っていいとのことだ。
学校敷地内へ帰る前にスーパーへと立ち寄り食材を買い込んで帰還する。
訓練校の敷地に入ると、ずっと付きまとっていた気配が消え去った。
流石に内側までついてくることはできないらしい。
後で報告だけして放置でもいいか。
そう決めて部屋まで帰った俺とレンカは夕食の準備をはじめる。
レンカと部屋のキッチンに並んで野菜の皮を剥き、一口大に切っていく。
慣れない手際なのは変わらないものの、とても楽しそうにやっているのでいいとしよう。
時折包丁で指を切りそうな場面を目撃してハラハラしたものの、大事に至ることもなかった。
「これはなかなか……難しいものですね」
「無理しなくてもいいよ。というか、食堂に行けばピューラーとかあるだろうし」
「ピューラー……?」
「皮を剥くための道具ね」
「なるほど。そんな便利な道具があるのですか」
レンカがほええ、と気の抜けた声を漏らしながら、ジャガイモの芽を抉る。
……危なっかしいなあ。
指を切っても治せるとはいえ注意してほしいものだ。
そんなレンカを横目に手早くニンジン、タマネギ、牛肉などを切り分けた。
底が深い鍋に油をしいて、タマネギをしんなりするまで炒める。
続いて他の具材を加えて軽く馴染ませたところで水を投入。
しばらく煮込み、さえ箸がジャガイモに刺さるくらいになったら頃合だ。
買ってきたルーを小さく砕いて、鍋に入れて溶かしていく。
軽くかき混ぜたら焦がさないよう気を付けつつ火にかけておくだけ。
「これでよし、と。ありがとね、レンカ」
「お料理とは難しいものなのですね……でも、楽しかったです」
包丁を置いたレンカが疲労感が滲みつつも笑顔を見せる。
楽しんでくれたのなら何よりだ。
なら作った甲斐があるというもの。
スパイスのいい香りが漂ってきたところで、隠し味としてブラックコーヒーを少々加え混ぜて完成だ。
平たい皿に炊いたライスとルーを盛りつけてリビングのテーブルに運び、挨拶をして食べ始める。
スプーンで掬い、口へ運べば程よい辛さと野菜や肉から溶け出した味がいっぱいに広がり、思わず頬が緩む。
「いい辛さだね……レンカ?」
「ちょっと、辛くて。でも、美味しいです。お手伝いしたからでしょうか」
「ならよかった。お水飲む?」
レンカのコップから水がなくなったのを見て、自分のものを差し出す。
彼女はコップを受け取り、傾けてこくこくと喉を鳴らして飲む。
辛いものが苦手なのは初めて知った。
意外と子供舌……? いや、やめよう。
最近はいいようにやられっぱなしだったので、弱点らしい部分が見つかったのは正直嬉しい。
何に使うとかではないが。
それにしたって、東京都市を取り仕切る皇族の一人とテーブルを囲んでカレーを食べている状況も中々に面白い。
しかも心底美味しそうに食べている。
「ああ、お水。お水を」
「はいはい」
ミネラルウォーターをペットボトルから注ぐと、瞬く間に減っていく。
ちなみにルーは中辛だ。
それでこれなのだから、相当に辛いものは苦手とみるべきか。
次に作るときは気を付けよう。
食事の後は食器を片付け、またしても一緒に入浴をしたり夜のティータイムを楽しんだ。
斯くして、初めての週末は終わりを迎えるのだった。
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