第2話 望むのは



 ――『東京人工都市』。


 それは地海空を我が物顔で闊歩かっぽする『魔王』から人類が生存するために造られた、高くそびえる黒鉄くろがねの壁に囲まれた人工都市。

 幾度いくどとなく『魔王』による攻撃をしのいできた都市の防備は堅く、時に一夜でほろぶ程にもろい。


 都市の外を哨戒中しょうかいちゅうの軍人とすれ違う際にいぶかしげな目を向けられるも、すぐさまギョッとしたように敬礼をした。

 それに俺も敬礼を返し、歩く。

 背後でヒソヒソと話す声が聞こえてくるが無視。


 年齢の若い者は軽視けいしされやすい。

 特に俺のように身長も低く、中性的な顔立ちともなれば尚更だ。

 だが、俺の軍服に飾られた勲章くんしょうの数々は、些末さまつな問題を全て解決してくれる。


 面倒事と引き換えに手に入れた地位だ。

 後々の手続きが顔パスになると考えれば、割にあった買い物とも言える。


「ようやく、か」


 都市の内と外をへだてる壁、そこに埋め込まれたような東門へと辿り着く。

 万が一にも都市から外へ正式な手続きを経ていない一般人を守るため、出入口には鉄柵が降りている。


 門を守る軍人の男と敬礼を交換し、


「――七生ななみカズサ特務兵だ。『魔王』討伐の任務を完了した。都市へ帰投したい」

「了解致しました。任務、ご苦労様です」


 気立てのいい笑みを浮かべる男が軍人用通路の鍵を開けた。

 俺は暗く狭い通路を歩き都市へ帰投する。


 向こう側の扉を開ければ、パッと視界が明るくなった。

 通用門周辺は静かな時間が流れている。

 正面に続く街道は魔力灯が明るく照らし、遥か先まで続く。


「早めにいくか」


 特務室は都市中心部の都市防衛軍基地にある。

 歩いていては夜が明けてしまう。


 俺はそう判断し、建物の屋根へ一息に飛び乗る。

 連なる屋根を駆け抜けて、都市中心部の寸前で人目を避けて下へ降りた。


 天をく高層ビルで形成されたコンクリートジャングル。

 深夜でもまばゆいばかりの明かりに満ちた街。

 都市を運営する中枢機関が集中しているため、夜も朝も関係ない。


 更に歩くこと数分。

 他からは隔離された場所にある都市防衛軍基地へ到着した。

 荘厳そうごんな両開きの扉を押し開けて中へ入り、非常階段を降りた先には電子的なセキュリティのかかったのっぺりとしたドアがある。


 カードキー代わりの軍人証を認証すると無音でドアが横へスライドした。

 同時に天井の照明が点灯する。

 つるりとした白い素材の廊下を歩き、奥へ。

 すると、『特務室長室』と札のついた部屋が見えた。

 扉をノックし、


「――朱雀すざくホムラ室長。七生カズサです」

「入れ」


 短い返答を受けて扉を開けた。

 部屋の内装は軍の室長室ともあって豪華……ではなく、室長の主義によって質素だ。

 めぼしいものはえんじゅ色の絨毯じゅうたんと、壁際に置かれた本棚、室長が仕事を行う執務机。


 横に広い机の奥で革張りの椅子に座るは、体格の良い軍服の男性。

 炎のような緋色ひいろの短髪をオールバックにした彼こそが『東京防衛軍特務室』を指揮する室長――朱雀ホムラ本人だ。

 威厳と活力に溢れた姿は今なお現役の『特務兵』に勝るとも劣らない圧を放っている。


 絨毯を踏み締め、最敬礼。

 朱雀室長も俺に敬礼を返し、


「ご苦労。楽にしてくれ、カズサ」

「了解しました」


 腕を下ろし、腰の後ろに揃える。


「……さて。色々と話はあるが……本日の任務、大儀であった。散っていった同胞の魂も報われる」

「恐れ入ります」

「『魔王』討伐など、そもそも限られた人しか行えない。ましてや『特務兵』を何十人も葬った『三本角トリプル』の個体となれば尚更だ」


 笑みを浮かべて拍手を鳴らす。

 しかし、俺は表情ひとつ変えずに話を聞く。


「そこで、だ。七生カズサ特務兵へ褒賞を与えることが決定した。まあ、今回の前から決まっていたことではあったがな」

「褒賞……ですか」

「勲章でも巨万の富でも、地位、名誉……とにかく、軍で叶えられることならという条件内で、だが。とはいえ、大抵はなんとかなると考えていい」


 ふむ、と姿勢を崩さず考える。

 俺は地位も名誉も要らない。

 むしろ重石おもしになって、今ある分ですら捨ててしまいたいくらいだ。

 加えて浪費家でもないため、金は衣食住がまともに出来る程度あれば問題ない。


 勲章なんて以ての外。

 周囲からは垂涎すいぜんの金魔星勲章ですら、自分から進んで貰いたいとは思わない。

 そもそも既に授与されている。


「……申し訳ありません。思いつきません」

「本当に無欲だな。まだ十五の歳……野心や欲望くらい持っていた方が歳相応だと思うが、まあいい。そのように上へ進言しておこう。思いついたらいつでも報せてくれ」

「感謝します」


 腰を折って答える。

 確かに室長の言葉はもっともだが、あんな目にあった俺としては生きているだけで万々歳なのだ。


 ……いや、そうだ。


 あったな、俺の望みと言うべきものが。


「……室長。前言撤回させて下さい。今回の褒賞、一つ望みがあります」

「ほう? 言ってみろ」

「はっ。私が望む褒賞は――普通の生活です」

「……なるほど、そう来たか。君らしい要望だな」


 室長は顎に手を当てて口の端を弛めた。

 数秒に渡って沈黙が流れた後、執務机に置いてあった紙の束へ手を伸ばす。

 それをペラペラとめくり、目的のページを見つけたのかピタリと手が止まる。


「都市へ多大な貢献を納める君きっての要望だ。出来る限り叶えたいと、俺個人としては強く考えている」

「…………」

「ただな、君の力は都市防衛……もとい、『魔王』討伐の頼りになっている。必要があれば任務に出て貰う可能性は残ると、先に伝えておこう」

「構いません。都市が消えては元も子もありませんから」

こころよい返事を貰えて嬉しく思う。上に君からの要望を伝える。詳細は数日中にエマの方から報せよう。ゆっくり身体を休めるといい。話は以上だ」

「失礼します」


 返事を貰えたことに安堵あんどしつつ最敬礼。


 基地敷地内の軍寮の自室に帰って夜を明かした。


 仕事もなく訓練だけをこなして過ごし、五日後。


 俺は専属オペレーターのエマから褒賞に関する連絡を受けて、会議室へ来ていた。

 エマの姿は当然のようにない。

 代わりに机の上には紙束とインカムが置かれている。

 インカムを装着し、紙束を手に取った。


 その一枚目には『条件付きで七生カズサ特務兵へ三年の休暇を与える』と記されていた。

 疑問に思いながらも紙束を最後まで読み、


「三年間、緊急時以外の任務を全て放棄。その間、俺は第三皇女様へ身の危険が及ばないように護衛をしつつ都市防衛軍訓練校に通え……?」


 要点をまとめた総括をおもむろに呟いた。

 特務兵の俺が学院に通うだけでも驚きなのに、護衛任務まで付随ふずいしている。

 しかし、年齢を考えれば不思議な話でもない。


 十五歳は都市防衛軍訓練校に入学するために必要な条件の一つ。

 文官志望の貴族以外はほぼ必ず入学する場所。

 というのも、一般人がまともな教育を受けられる機関が訓練校くらいしかないためだ。

 それでも一定数は入学しないアウトローの者もいる。


 入学後は三年の訓練期間を経て二年の兵役に務める。

 軍人を続けるかは本人の選択次第だが、三割弱は残留するらしい。


 これが都市で暮らす人間の普通……そう考えると、俺の要望は全て通っているように思える。


『室長、謝ってた』

『……まあ、あの人ならそうかもな。実質的な長期任務と同じようなものだし』

『緊急時の出撃命令だけになるはずだった。でも、皇帝陛下からの依頼だから』

『そこで俺に白羽の矢が立った……という訳か』


 護衛任務は通常、専門の軍人が行うものだ。

 それも今回の対象は第三皇女様……皇族。

 専属の護衛くらい昔から居るだろうが、訓練校には従者の類いは同行出来ない。


 加えて、第三皇女が入学するのは都市防衛軍訓練校――文官を目指す場所ではない。

 皇族が入学するのも不相応だ。

 過去に居ないわけではないが……第三皇女様なら納得できる。


 第三皇女、天道レンカは皇族に代々受け継がれている恩寵の一つ、『信託オーラクルム』を保有している。

 それは未来の危機を事前に察知する予言の力。

 過去の習わしから、『信託オーラクルム』を保有する皇族を『巫女』と呼ぶのだが、今はいい。


『理由は納得した。『魔王信奉者』絡みだろう?』

『ん。『魔王』の危機を察知する『信託オーラクルム』は邪魔。暗殺警戒』

『やっぱりか。エマ、室長に委細了承したと伝えてくれ』

了解ラジャー。じゃあ、今から神崎エルナの研究室にいって』

『……何故だ?』

『変装。カズサは有名人。怪しまれる』

『あ』


 言われて、気づく。


 俺の名前も顔も、都市では子供ですら知っている程に有名だ。

 そんな俺が訓練校に通いだしたらどうなるか……至って簡単な話である。


 変装などは必須事項。

 護衛任務であることを考えれば素のままの方が都合は良さそうだが、俺への配慮はいりょということか。


 そんな事情もあって神崎エルナにあてがわれた研究室を訪問し、エルナの「ならいっそのこと別人になりましょう!」という提案を疑いもなく受け入れた結果。


 ――手術室で、俺は少女として目を覚ます結果となった。


 意味わからん。


 助けて。


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