第3話 ボクが!! 脱がしたいんです!!
「なんか妙に疲れたな……」
神崎エルナの作成した『変身薬』によって少女の姿にされた俺は、一通りの検査を終えて一息ついていた。
手術服のまま甘ったるい缶コーヒーを片手に、溜め込んだ色々を吐息と共に吐き出す。
想定外のことで精神的に疲労した上に基礎体力が落ちている気もする。
少女の姿へ
そこへ、近づいてくる足音。
「ここにいましたか、カズサちゃんっ」
満面の笑みを浮かべて近づいてくるのは全ての元凶、神崎エルナ。
彼女は俺の隣へ腰を下ろし、両腕をグッと上へ上げて伸びる。
そして、俺の方へ身体を傾けた。
「検査結果が出揃いましたよーっ」
「どうだったんだ?」
「全部異常無し! 多少ホルモンバランスに偏りが見られますけど、十分に許容範囲内ですね。魔力回路の方も損傷していません。いつも通りに行使出来るはずです」
「……なら、当面は問題なしか」
一先ず
特に魔力回路が無事だったのは
魔法師にとっての生命線で、壊れてしまえば二度と魔法を使えなくなる。
「それにしても……結構可愛いんじゃないんですか? 少なくとも元の顔よりは好かれそうですよ」
「余計なお世話だ」
頬へ伸びてきたエルナの両手を叩き落とす。
エルナは不服そうに頬を膨らませながら、どこからともなく手鏡を差し出した。
「検査途中に散々見たと思いますけど、完全無欠に女の子ですねー。ボクよりも身長ちっちゃくなってますし」
再度頭へ伸びてきた手首を掴んで下ろさせ、左手で手鏡を受け取り細部を確かめる。
毛先に癖のある長い銀白色の髪。
前髪を手の甲で退けると、
仄かに赤い頬は指が沈んでしまうほどに柔らかく、顔の
手足も白く細く変わり、引き締まった全身の筋肉は見る影もない。
だが、胸と股に感じる違和感は凄まじい。
慎ましいながらも胸では膨らみが主張し、下も妙に落ち着かない感覚が続く。
手術着ということもあって下着を付けていないのも理由の一つではあるだろうが、直ぐに慣れるのは難しそうだ。
しかし、邪な気持ちは自然と浮かばない。
元からその手の欲求が浅かったものの、ここまでとは自分でも予想外だ。
「カズサちゃんは任務で訓練校に通うんですよね」
「ああ」
「つまり、女子軍服のカズサちゃんが合法的に拝めると――あ痛っ!?」
馬鹿なことを声高に叫ぶエルナへ鉄拳制裁。
大きく背を仰け反らせて椅子に凭れるエレナ。
リアクションが激しいだけで、実際はさほど力が入っていない。
それはともかく、エレナの言う通り女子軍服を着ることになるだろう。
全力で拒否したいが無理だろうな。
軍に必要なものは規律と秩序。
俺だけが特例扱いは認められないはず。
変装だと割り切って過ごすことにしよう。
「あ、先にエマちゃんとホムホムには伝えておいたので」
「……そうか」
「くれぐれもこの事は言いふらさないようにーってホムホムが言ってました。当面の間は機密扱いだそうで、軍人寮にも出入り出来なくなるそうですよー。ボクが仮住まいのホテルまで送迎するので逃げ出さないで下さいねーっ」
「踏んだり蹴ったりだな。もうどうにでもなれ」
最早投げやりであった。
「じゃあ、ボクの研究室で少々お待ちを。着替えとか持ってくるので」
「ん、ああ」
エルナに連れられ研究室のベッドに腰を下ろして待つこと数十分。
扉が静かに開き、山のように積み重なった服を携えたエルナが入ってくる。
「ほい、さっ! っと」
俺の隣へ服の山を預け、一仕事したとでも言いたげにエルナは額を拭う。
因みに汗一つかいていない。
「何この量」
「カズサちゃんの服ですけど。だって、あの『
「歪んだ認知をどうにかしろ。着飾るならまだしも、着せ替え人形って本人の前で言うのはどうしようもないだろ」
「つまり着飾るならいいと」
「勝手にしろ。反応するのも疲れた」
今日何度目かの深いため息。
遠回しの了承に、エルナが喜色を滲ませた声を上げる。
「それじゃあ早速――っ♪」
服の山を漁り初め、幾つかのものを引き抜いた。
個別に纏めたそれを手近な場所に置いて、エルナは俺に手を伸ばす。
「……何のつもりだ?」
「えっ? 手術着を脱がせようとしただけですが」
「自分で脱げる」
「ボクが!! 脱がしたいんです!!」
迫真の叫び。
間近で出された大声に驚き、ビクリと肩が跳ねる。
ふんす、と鼻息荒く迫るエルナはどこからどうみても変質者のソレだ。
状況次第では軍警に通報されても文句は言えない。
僅かな
「早くしろ。時間をかけるな」
「カズサちゃんのお
「騒ぐな喚くな耳障りだ」
「おっとボクとしたことが興奮と独占欲と劣情とその他諸々の感情で理性を失っていました」
「絶対わざとだろ」
「まあまあ。それでは改めまして――」
再起動を果たしたエルナの手が手術着の結び目を解いていく。
しゅるり、と
そのまま手は
顕になる
滑らかで
人に服を脱がされている普段では考えられない状況が、それらを妙に艶めかしく意識させる。
「…………っ」
思わず、息を呑んだ。
こんな経験は初めてのこと。
考え無しに承諾したのを後悔するくらいには、緊張とえもいえぬ背徳感がせめぎ合っていた。
「カズサちゃん。腰、引けてますよ?」
「そんなこと、ない……っ」
「別に隠さなくていいですよ。緊張することもありません。あっ、それともこういうのに興奮するド変態だったり――って嘘嘘っ! ほんの
エルナは慌てて否定しながら両手を上げた。
殺気を強めて魔力を熾したのが伝わったのだろう。
俺だって本気でやる気はない。
殺気と魔力を鎮めると、エルナは露骨に胸に手を置いて息を吐いた。
「今のは悪ふざけが過ぎましたかね」
「普段からそんなものだろ」
「失敬な! 普段はもっと狂人のフリをしてますって!」
「もっとタチが悪い」
「その方が楽なんですよ、色々。じゃ、続きに戻りますよー」
エルナは俺の腕を取り、片方ずつ順に脱がせた。
肩にかかるだけの手術着を背中の方に流せば、一気に布地がベッドに落ちる。
少し腰を浮かせると、脱げた手術着をエルナがさっと取って適当に畳む。
「うーん……なんというか、犯罪臭凄いですね」
「一々言葉に出すな」
「はいはい。まずは下着からですよー」
エルナが俺に見せたのは純白の布地。
これを、俺が、履く……?
冗談じゃない。
「これ布の量おかしくないか?」
「女の子の下着なんてそんなものですよ? というか、むしろ多いくらいですよ。ちょっと待ってくださいね」
おもむろにエルナは服の山を漁り始めた。
そして、ひゅっと細長い何かを抜き取り、目の前で広げてみせる。
「ほら。これとか下着ってより紐ですよ。それに比べれば余っ程初心者向けだと思うんですけどね」
「…………」
絶句し、あんぐりと口が開いた。
言葉で表すのなら、アルファベットの『T』が一番近いだろうか。
これを下着と言い張る人間の精神は理解できそうにない。
少なくとも俺がこんなものを着る機会は二度とないだろうと断言出来る。
「……初めのやつで」
「はいはーいっ」
紐をポイッ、と投げ捨て、純白の下着を俺の足先付近で広げた。
穴の部分へ足を通し、ベッドから降りて立つ。
柔らかくスベスベとした感触の生地が肌と
そして、ピッタリと股の辺りに布地がこの上なくフィットした。
上手く言葉に出来ないが、強いて言うなら収まるべき場所に収まったような感覚。
「サイズもピッタリ……と。違和感はありますか?」
「……いや、特には」
「そうですか。このままブラもつけちゃいますね。後ろ向いてください」
「俺に必要か?」
「当然です。形を維持するのは勿論、肌を守ることにも繋がります。それに、カズサちゃんの歳頃でノーブラは
「…………そうか」
敢えて何も言うまい。
無言で後ろを向いて、深呼吸。
それが世の中の普通であれば受け入れる以外の選択肢は有り得ない。
「ではでは失礼して。ここに腕を通して……そう、後はお任せ下さいなっ」
紐の輪に両腕を通したところで俺の仕事は終わりらしい。
背中をバンドのような形状の布が抑え、胸を片側ずつ純白の布地が包み込む。
そのままエルナの
「これでよし、っと。一応ノンワイヤーのやつを選んできたので違和感は少なめのはずです。着け方も簡単でしょう?」
「まあ、確かに。にしても……動きにくいな」
「我慢してくださいねー。そのままだと身体が冷えちゃうので服着せますよ」
エルナになされるがままロングワンピースとカーディガンを着せられ、
下着への抵抗感に比べれば造作もない。
全てが終わる頃には主観と客観を切り離して現実を直視できるようになっていた。
「なあ、エルナ」
「なんです?」
「もしかして俺って、そこそこに可愛い?」
「素でナルシストですね。そういうとこも可愛いですけど」
そんな会話をしつつ、エルナが運転する車で仮住まいとなるホテルへ向かった。
軍や高級文官も利用する御用達のホテルのため、事前に話が通っているのだろう。
チェックインは直ぐに済み、エレベーターで20階まで登っていく。
フロアの一室のロックを解錠して中へ。
広々とした高級感溢れる空間が俺とエルナを迎え入れた。
「どうやらロイヤルスイートみたいですね。最上級の部屋に経費で泊まれるなんて、軍に入ってて良かったと思える数少ない瞬間の一つですよね」
「道理でこんなに豪華な部屋なわけだ……ん? 泊まれる?」
「言ってませんでしたっけ? ボクは当分、カズサちゃんの教育係ですよ」
「……なんの?」
「女の子としての日常生活に支障が出ないように、ですよ。訓練校は寮生活ですから、今のうちに色々と叩き込む必要があるんです」
両肩が掴まれる。
頬を引き
どうやら、逃げ場はないらしい。
状況判断を下すのに数秒も要らなかった。
「――ボクがカズサちゃんを一ヶ月で完全無欠完璧最強最かわな美少女に育て上げてあげますっ!!」
指先を突きつけて高らかに宣言する。
俺の意思や名誉は置き去りのまま、地獄の日々が幕を開けた。
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