第42話 在りし日
――暗い。
ひたすらに先の見えない闇が広がる『
あまりの暗さに耐えかねて小さな光の玉を作り出し周囲に浮かせる。
仄かな明かりに照らされて、口腔内部の景色が映し出された。
密林のように立ち並ぶ歯、ぐじゅぐじゅと奇妙に蠢く朱肉の壁。
たらりと上に生える歯の先から透明な液体が滴って、毒々しい赤色の下を濡らす。
まるで
「……核を探そう。もっと奥へ」
ゆっくりと浮遊を続けながら狭い喉を通ると、やがて広い場所へ出る。
真っ赤な海。
そうとしか言いようのない光景だった。
順番的にはここが胃か?
蛇の構造なんて知らないから憶測にすぎないが、鼻が曲がりそうな
長いしたい場所ではないな。
「ここでいいか」
これより奥に進むのは難しそうだ。
魔力を熾して魔法を練る。
研ぎ澄まし、鋭く壁を貫くように。
「――
形成した黒い槍を雨あられのように肉の壁へ撃ち込んでいく。
槍が肉の壁を直撃し、肉を抉って鮮烈な赤色があちこちで飛沫を上げた。
血のシャワーが降り注ぐ中、傷口を執拗に狙い撃つ。
権能に邪魔されている様子も今のところはない。
このまま削ろうかと槍を再展開すると、
「まあ、そうだよな。身体の中で暴れられたら嫌だよな」
肉の壁がべろりと剥がれ、奥の穴から血色の蛇が何百と頭を出す。
上下に口を大きく開けて威嚇していた。
予想通りだと笑みが込み上げる。
異物を排除しようとしている行動だ。
見えない壁での防御が有効なら刺客を向ける必要がない。
何らかの制限がここなのだろう。
だとすれば――勝機が見えてくる。
「消耗戦か。望むところだ……ッ!」
鋭く息を吐く。
浮遊したまま、四方八方を埋め尽くす蛇の群れを迎え撃つ。
一体一体はさほど強くない。
槍は蛇の肉を貫通して何体も一気に屠っていく。
貫かれた部位から崩壊が始まり、残りの肉も跡形すら残さずに消える。
しかし、蛇の勢いは止まらない。
『
死を恐れずに突撃してくる生物ほど怖いものはない。
だが、殲滅力はこちらが上。
『
魔力の循環が滞る感覚もない。
少しは長めに戦えそうだ。
焦らず確実に数を減らし、隙があれば壁へダメージを蓄積させる。
これを繰り返していれば恐らく――と考えてると、遂に分厚い肉の壁が崩れていく。
「抵抗力強すぎだろ……何発撃ち込んだと思ってるんだよ」
一撃では破れずとも、数を束ねればいつかは砕ける。
我ながら中々の力技だった。
『
これによって崩壊が始まるが、『
しかし、体内ならば別の話。
傷さえつけば屈強な肉体でも遅効性の毒のように効果を発揮し、こうなる。
後はどれだけ崩壊の速度を速められるかだ。
『
「もうひと頑張りってとこか」
槍の形を
面白いように湧いてくる蛇を一掃して壁に楔を撃つ。
それは、魔法陣。
杭を点として魔力を相互伝達させて線で繋ぎ、魔法を成す。
染み出した黒の靄が肉の壁に刻まれた傷へ吸い込まれ、脆くなった組織がぼろりと崩れて消えた。
揺れる体内、苦しみ悶えるような奇声が響く。
「……これでこの程度かよ。間に合うか?」
数度同じことを繰り返していると、天井からナニカが落ちてくる。
赤い、真っ赤でぶよぶよとした質感の球体だ。
肉の卵というのが伝わりやすいか。
それは赤色の海に落ちて、ぼちゃんと底へ沈んでいく。
訝しみつつ動向を伺っていると、沈んでいた卵が浮いてきた。
そして、上部が割れて。
「――いたい、いたいなあ」
現れたのは少女の姿の『
心底嫌そうに頬を膨らませながら、抗議するような目を向ける。
「ようやくお出ましか。来ないかと思ったよ」
「だって、あばれてよんだのはきみだよ? わたしはなかにはいりたくなかったのに」
「知るか。お前を殺せば全部終わる」
殺気をぶつけるも、『
「みんな、みんなそう。わたしをよってたかってばけものっていうの」
「……どういうことだ」
「そのままだよ。きみもいっていたよね。どうせこれはわたしのまけ。そとはむてきでもうちがわはむり。こうさん」
両手を上げて降参宣言をして、苦々しい笑みを浮かべる『
敵意はない、害意もない。
戦う気がないのは明白だ。
「あれだけのことをやっておいて?」
「うん。むりなものはむりだし」
どこか寂しさのようなものを醸す少女に触発されて、つい俺も殺気を収めた。
『魔王』としての雰囲気はどこにもなく、ただ年相応の少女がいるだけ。
アンバランスな存在なのを理解していても不気味にすら感じる。
「すこし、むかしばなしをしよっか。きいてくれる?」
「それより、もう都市は襲わないんだよな」
「うん、やくそくする。これでいい?」
『
一面の星空。
都市からは遠ざかっていて、その全容が徐々に小さくなっていく。
幻影かと疑ったものの、インカムに入る通信。
『カズサ。『
「あー、なるほど。多分それで合ってる」
『ん』
短いながらも事実の確認が取れたところで『
すると、『
「――わたし、おかあさんとおとうさんをたべたの。へびになったわたしをばけものっていったから」
語りだしたのは、在りし日のことだった。
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