第41話 口腔へ



 呼吸。

 熾した魔力を身体へ馴染ませる。


 並行してメイド服の刻印にも供給すると、すっと軽くなる感覚を覚えた。

 この差は……空気中の魔力か。


 空気抵抗ならぬ魔力抵抗は普通の生活では微々たる影響しかなさないが、こと戦闘となれば別。

 どうやってもなくすことができないそれを、『適者世存アダプテーション』というは解決する。

 僅かな差であっても、その変化は劇的だ。

 抵抗をなくす意味を身をもって知るも、感心している暇はない。


 頭上を見上げ――場所の不利を覆すために空へ駆ける。

 軽やかに、空中へ形成した不可視の足場を蹴って上へ。


 しかしそれを許すはずもなく大蛇の口が上下に大きく開き、小さな緑色の粒が散弾のように放たれた。

 目を凝らしてみれば、緑色の粒は『ヤドリギ』と呼ばれていたものに酷似している。

 魔力を孕んだ種は心臓のように脈動し、卵が孵化したように内側から外皮を突き破って枝が飛び出した。


 ずるり、と這い出た伸縮性に優れる枝を鞭のようにしならせて縦横無尽に迫る。

 足場を作っていてはいつか掴まる。

 即座に判断を下して飛行魔術による高速機動へ切り替え飛翔。


 ヒュンヒュンと風切り音を鳴らして顔の真横を過ぎ去る枝。

 極限に集中した中で残像が見える程度のそれを紙一重で躱し、遅れて首の裏へ汗が滲んだ。

 流石に一撃で即死する……なんてことは考えにくいが、この速度では修復している間に二撃三撃と叩きこまれかねない。

 一度喰らえば終わりと考えるべきだな。


「速いし数が多いッ!」


 舌打ち、さらに速度を上げる。

 一瞬で流れる景色。

 すれ違いざまに弾丸バレットを当てて数を減らすも、次々と補充されているらしくキリがない。


 さらに大蛇の周囲に自立して蠢く枝が鉄条網のように張り巡らされている。

 本丸に仕掛けるには、先にあれを突破するしかないらしい。


 迷う暇もなく、全速力で枝の網へ特攻を仕掛ける。

 とはいえ死ぬつもりは毛頭ない。


「最短距離で突っ走る――ッ!」


 大蛇へ向かって飛翔する俺を迎撃するべく枝がわらわらと寄ってくる。

 その中に新手と思しき小型の細長い蛇も混ざっていた。


 止まるか? いや、強行突破だ。


「邪魔だあぁぁぁぁっ!!」


 刃を八つ錬成し、その全てに『崩壊死滅コラプテッド・モルス』を纏わせ八方へ放つ。

 八つの刃を魔術で操作し、枝と蛇を次々と切り刻む。


 だが、当然のように数の有利は敵にある。

 刃の領域を抜けた枝を速度が乗った状態では回避しきれず肩を深々と貫く。

 かっと広がる痛みと熱を無視して抜き捨て、『無限再生レナトゥス・コード』で即座に癒して進む。


 無理は承知、無茶は今更、無謀でもやるしかない。


 斬って、斬って、斬って。


 ようやく拓けても細く険しい茨の道。


 そこへ躊躇なく飛び込んでいく。


「――っ、魔力が濃い」


嫉妬エンヴィー』から発せられる魔力は空気中の何十倍、何百倍も濃密で、喉に詰まりそうなほど。

 人体にこの濃度は有害。


 俺の身体も例外ではなく、せき込んだ後に血を吐いた。

 鉄のような味が口の中に広がって顔を顰め、余計な感情だと切り捨てる。

 再生しつつ、大蛇の表面へ肉薄し――


『おそいね』

「――っ!?」


 ぞわりと背を悪寒が撫ぜた瞬間、紫紺の表皮から無数の棘が飛び出した。

 意表を突かれる形、咄嗟に身を捻って緊急回避。

 通り過ぎる棘、その側面からまたしても棘が生える。


 至る所を串刺しにされ、何かが抜かれる感覚。

 これは……魔力吸収か。


 時間も余力もギリギリでそれは拙い。


『脱出』

「わかってるって!」


 冷静極まる声に返しつつ、手で引き千切って拘束を解く。

 微妙に体内に残留した分は『崩壊死滅コラプテッド・モルス』で崩壊させる。

 残しておけばどうなるかわかったものではない。

 ここでの消耗は結構な痛手だが必要経費と割り切る。

 そうでなければやってられない。


 自由になった身体、力を振り絞って飛行を続けて一度大蛇の背に着地する。

 硬いような柔らかいような曖昧さの残る感触を靴底越しに感じつつ、口腔を目的地にして背を駆けた。


 行く手を阻むように躍り出た蛇と棘を休む暇もなく屠り続ける。

嫉妬エンヴィー』の抵抗は激しく、一人で対処するには数が異様に多い。


 致命傷以外を無視して突き進む。

 心臓と脳さえ守れば即死はしない。

 俺の再生能力に関しては『魔王』並みだ。


 手足の一本二本は何とかなる。


「シッ――」


 浅く息を吐いて、姿勢を低く疾駆する。

 ジグザグに走って的を絞らせず、時に空中も使っての立体機動。

 目まぐるしく変わる視界。

 集中を切らさないよう呼吸はなるべく一定に。


 数に紛れた致命の一撃を見極めて防ぎ――ようやく頭部の上へ辿り着く。


 見渡す景色は絶景そのもの。

 星が瞬く三日月の夜空を仰いで、軽く息を整える。


「――内部に突入する。何かあったら知らせてくれ」

『ん。気を付けて、もしかしたら通信切れるかも』

「了解」


『魔王』の体内に入るなんて初めての試みだ。

 どんな場所なのか想像もできない。


 十二分に警戒して進もう。


 前へ身体を倒してなだらかな頭部を下り、ぎょろりとこちらを向いた目へすれ違いざまに閃光を最大光量で叩きこむ。

 カッ! と眩い光が夜を焼く。


 大きく『嫉妬エンヴィー』が仰け反り、どこからともなく響いた怪音。

 倒れそうな眩暈を覚えつつも無視して跳躍。

 上下を反転させて空中に作った足場を蹴って、『嫉妬エンヴィー』の開いた口をめがけて飛んでいく。


 そのまま、俺は未知の領域――無数の歯が立ち並ぶ『嫉妬エンヴィー』の口腔へ呑み込まれた。


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