第36話 識別名称『嫉妬』
激痛。
覚醒した意識で見たものは高速で流れていく空だった。
何かの攻撃で吹き飛ばされている。
そう理解し、咀嚼した途端に胸の中がカッと熱さを帯びた。
身体を捻りつつ上空の空気を拳で打つ。
豪速で打ち込んだそれで圧縮された空気の壁を叩いて勢いの方向を地上へ向けた。
くるりと上下を入れ替えて着地。
地を蹴ってシェルターへと逆戻りすれば、分かたれた頭部を胸に抱えた少女が大勢に取り囲まれていた。
薄汚れた貫頭衣には生々しい血痕が付着している。
あれは自分の首から流れている血。
まだ、誰も犠牲者は出ていないはず。
彼らでは相手にならない。
指先一本で肉片も残さず殺されてしまうだろう。
だが、少女は目的のものを見つけたのか目を輝かせて反転。
「じゃま、どいて?」
静かで端的な命令。
逆らえば命はないと本能的に察知されるそれを受けて、歩を進める少女の道にいた人がざわめきつつも離れていく。
開いた道を通った少女が止まったのは――レンカの前だった。
レンカの表情には怒りと悲しみ、混乱なんかの感情がないまぜになって表れている。
少女は意に介すことなく鼻を近づけてスンスンと鳴らす。
そして、満足そうに無邪気な笑みを浮かべた。
「みつけた、みつけた! それ、ちょうだい?」
「……っ、何のことですか」
「ほしい、ほしい。わたしがみつけたから、わたしの!」
一方通行の言葉にレンカの顔が曇る。
理解不能なそれに、どうしてか肌が泡立つ。
ただ一つわかることは……あれの探し物がレンカということ。
すぐさま飛び上がってシェルターの天井を足場に三角飛びをしてレンカと少女の間に割り入る。
「カズサさんっ!?」
「話は後。目的はレンカなの?」
「レンカ? だれ? わたしはただ、そのちがほしいだけ」
少女は緋色の瞳をレンカから外さない。
それにしても、ち……血?
……なんとなく話が読めてきた気がする。
要は、レンカの血に備わっている幾つもの魔法が目的か。
顕現しているのが『
それを取り入れることで更なる高みへと昇りつめようとしている。
『魔王』には権能があるが、それは魔法が使えない理由にはならない。
まあ、細かい話はどうでもいい。
大事なのはこの少女が『魔王』で、レンカを狙っていることだけ。
ただ……ここでは戦えない。
外に誘い出す必要があるが迷っていられないな。
レンカの手を引いて外へ出ようかとした時、レンカは何も言わずにシェルターの外へと駆けだした。
ああ……そうだった。
自分がいることで誰かを危険にさらすなら、一人で離れて戦うことを選ぶ。
敗北するとわかっていても。
万に一つも勝ち目がなくとも。
その末に、死ぬことになるとしても。
「いっちゃった。おにごっこ?」
あれれ? と呟く少女。
しかし、次の瞬間――ずんと衝撃が広がって、シェルター内に風が巻き起こる。
辛うじて目で追った少女の通り道には轢き潰された人間だったものが散乱していた。
濃密な血の臭い、床の赤が次第に広がっていく。
地獄のような光景。
周囲では何人も胸を押さえて吐いている。
後れを取った。
レンカを危険から遠ざけ守るのが俺の仕事、なのにこのざまだ。
すぐさま二人の後を追跡しようとして――後ろ手を掴まれる。
ついて出た舌打ち。
振り向くまでもない。
「邪魔するな、エルナ」
「いやいや、無策に突っ込んで死ぬつもりですか? それよりここ……やばいことなってますね」
白衣の袖を遊ばせながら、エルナは俺を止めに入った。
神出鬼没にもほどがあるぞ。
気が立っている敏感な状態で気配一つすら感じないのは明らかにおかしい。
「離せ。二人を追う」
「まあまあ落ち着いて。アレは話が通じる方ですから、多少は時間があります。禁句を言わなければ、ですけど」
「……禁句?」
「アレは『魔王』最強の『
「道理で色々と規格外なわけだ」
『
中でも特に強力な七体には大罪の名が冠せられている。
そのうちの一体があの少女。
首を切ったくらいでは死なないのも頷ける。
「『
「で、その禁句ってのは」
「化物。人間の自覚があるからこそ、人間でないと烙印を押されるのを恐れているんじゃないですかね。だから人間に固執しているんですけど。何百年もそんな感情を持ち続けるの疲れないんですかね」
……だからアイツは『妄執の獣』と呼んだのか。
憧れは時を経て歪み、自分を見失った『魔王』の少女。
きっと、そんな相手にもレンカは正面からぶつかっていく。
逆鱗を踏む可能性は限りなく低い。
「……だからって悠長にしていられないけど」
「いや、そうでもないです。軍はアレの討伐に動くでしょう。短絡なバカが地雷を踏むと思いますよ」
「ッッ!!」
景色が流れた。
エルナの姿が見る見るうちに遠ざかっていく。
唖然としたままの人混みを抜けてシェルターを自分の足で飛び出し、気配の方へと駆けていく。
そんな最中、インカムからノイズが聞こえる。
少しおいて、
『あー、あー。感度良好』
平淡なエマの声。
どうやら通信が回復したようだ。
緊張感など皆無のリラックスしたそれが、どこか場違いのように感じて懐かしい。
「聞こえてる。どうした?」
『時間がない、先に用件だけ。室長からカズサに追加任務。都市に襲来した
事実上の自殺命令にも等しい任務だ。
しかし、無理とは言わない、考えない。
元より俺たち『特務兵』は都市を脅かす『魔王』を狩るためにいる。
「
『頑張って』
プツリと通信が切れて……また繋がる。
『ごめん、カズサ。レンカともチャンネルが繋がったままだった』
……あれ、俺のことバレた?
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