第35話 いたいの、きらい?
夜空を背景にキラキラと魔力の
俺が咄嗟に全員を守るように魔力の壁を展開したが、それよりも先にレンカが展開していたものが壊れた結果だ。
レンカの壁が威力を和らげてくれたおかげで目立った外傷はない。
あの一瞬の間によく判断を下せたものだと嘆息しつつ、障壁を解除。
すると、焦げ臭さを残した真冬のように空気が鼻を衝く。
ガラスの破片が散乱した床。
家具は無惨に倒れてしまい、足の踏み場もないほど散らかっていた。
「けほっ……二人とも大丈夫っ」
空気の冷たさに肺が驚いたのか咳込みつつ、二人の安否を確認する。
気配がする方を向いてみれば険しい表情で口元を抑えるレンカと、四つん這いで右腕だけを上げるエマの姿があった。
「大丈夫、ですっ」
「……死ぬかと思った」
擦り傷なんかは負っているものの、命に別状はなさそうで一安心。
それにしても、今のは――
「っ、次は地震!?」
ガタガタと大きな揺れが寮を襲った。
立っているのも困難な揺れが部屋をランダムにシェイクする。
壁に右手をついて膝立ちになり、左手でエマの襟首を掴んで引っ張った。
少々乱暴だったがエマは何も言わずに両手を俺の腰へ回す。
レンカも隣で同じようにじっとしている。
頭上が崩れないか警戒しながらも耐えていると、一分ほどで揺れが止んだ。
恐る恐る割れた窓越しに外の様子を確認してみれば、今のうちにと生徒が寮から出てきている様子が視認できた。
「私たちも出よう。いつ崩れるかわからない」
エマを抱え、慎重にドアを開けて部屋の外に出る。
廊下の壁にはヒビが入っている。
魔術によって強化された素材のはずだが効果をなしていないようだ。
だが、廊下は既に生徒で埋め尽くされていた。
これではいつ外に出られるかわからない。
「飛び降りたほうが早そうかな」
「ですね」
部屋に逆戻りして、ガラスが割れた窓から誰もいない場所をめがけて飛び降りる。
レンカも空中で階段を下りるようにして地面へと着地し、ひとまずはシェルターを目指すことにした。
それにしても……あの不気味な眷属と同じ気配が都市の内外に数えきれないほど感じられる。
全部があの爆発の後、いきなり現れた。
質の悪い手品でも見せられている気分だ。
まるで、初めからそこにいたような――
「シェルターにつきました……っ、あれは」
「多分、眷属と戦ったんだと思う」
レンカが見たのはシェルター内へと運ばれていく満身創痍の人々だった。
一人や二人ではない。
被害は既に拡大し始めている。
しかも、あの眷属から受けた傷は魔法以外での回復は不可能。
完全に対応が後手に回ってしまっている。
エマと視線を合わせて口だけを動かす。
(拙い。軍からの指令は)
(まだ。通信機能が生きてるかすら不明)
(都市放送が聞こえない……なるほどな)
爆発の余波で壊れたか、あるいは通信が妨害されているか。
非常時に備えた設備もあったはずだが、今の時点で何一つ連絡がないとすれば壊れている可能性が高い。
どちらにせよ面倒なことになったな。
連携が取れない軍の力は大幅に落ちてしまう。
通信手段がないでもないが……できる人材は限りがある。
たとえば――そう。
(エマ、基地に行く。確認と、オペレート。仕事の時間)
ぱちりと瞳を開けてエマは意思を告げる。
それにこくりと頷くと、エマは上着のポケットからインカムを二つ取り出して俺とレンカへ渡した。
「つけておいて」
レンカは何か言いたげだったが、疑念を呑み込んだのか首元へつける。
「じゃ、また」
短い言葉を残して、腕の中から重さが消える。
一瞬のうちに、エマの姿は煙のように消えていた。
「エマさんは……?」
「エマなら大丈夫。私たちはシェルターの中にいこう」
侵入者を拒むための鉄扉は怪我人を運び込むために開け放たれ、シェルターとしての意義を半ば放棄されていた。
だが、それも致し方ないと感じてしまうほどに怪我人が所狭しと野戦病院のように寝かされている。
治癒魔術を扱える教員と生徒が駆け回って延命に努めているようだが、成果は芳しくないようだ。
しかし、こういう場合に備えてか治癒に特化した魔法使いが一人、懸命に
それらを横目に安否確認を行っている一角へ向かうと、そこには。
「おー? やっぱりここが当たりでしたか。感動の再会ですね」
怪しげな薬品が入った箱を運んでいるエルナとすれ違う。
彼女もまた、怪我人の治療に協力しているのだろう。
魔術薬のエキスパートたる神崎エルナの存在は大きい。
……メイド服の件を問い詰めたいところだが、そんな時間はなさそうだ。
「まあ、ちょっと今忙しいので後で。雑談で夜を明かしたいのは山々なんですけどね。ああ、そうだ、カズサちゃん」
「……なんですか」
「メイド服めちゃくちゃ似合ってますよっ」
(任務を最優先。要警戒らしいです)
軽い口調で言い残し、俺だけに見えるよう唇を動かして裏の言葉を伝える。
室長からだろうか。
通信機器は壊滅していると思っていたが……いや、そこはエマに任せよう。
いずれインカムから通信が入るはずだ。
とにかく、俺がやるべきはレンカを守ること。
眷属でも『魔王』が相手でも、やるべきことは変わらない。
安否確認のチェックを終えて俺とレンカも怪我人の治癒に加わることになった。
治らないとわかっている怪我に治癒魔術をかけるのは心が痛むが、こんな場所で魔法を使えば騒ぎになる。
悪いが、こちらの任務を優先させてもらう。
俺たちに求められているのは魔法使いが回ってくるまでの時間稼ぎだ。
次々と治癒を施していると、意識を失っていた軍人が目を覚ます。
「ぅ……あ、俺は……?」
「動かないで、傷が開きます」
「っ、天使? 俺は死んだのか?」
「生きてますよ。まだ」
何をもって俺を天使だと思ったのかは考えないことにして、鎮静化の魔術をかける。
パニックで暴れるのを防ぐためだ。
「……君が助けてくれたのか。ありがとう……っ」
「礼には及びません。それより、絶対に動かないでください。傷はまだ深いですから」
「いや……待ってくれ。眷属は何かを探しているようだった」
眷属が都市で探すもの……?
心当たりが一つもない。
またしても「ありがとう」と口にした軍人から離れて、次の怪我人の元へと向かい、
「――ちょっと、違う?」
不意に耳元で囁かれた少女の声。
首裏を撫ぜた生暖かい吐息が纏わりついて怖気が奔る。
刹那、本能が危機感を訴える。
思考よりも先に身体が動く。
振り向きざまに手刀で薙ぎ払い――首が飛んだ。
首の断面から血飛沫が花のように噴き出して、シェルターを赤く染める。
頭部が床に転がり、沈痛な静寂がシェルターを支配して。
「いたい、いた、い。どうして、わたし、だけ?」
頭部だけのまま、少女は片言のように呟く。
ひっ、と誰かの口から悲鳴が漏れた。
拙い。
一刻も早く目の前の化物を遠ざけなければ手遅れになる。
予感ではなく確信。
この少女の気配は眷属よりも濃密な『魔王』のそれ。
近くにいるだけで酔いそうなほどの魔力が渦巻いている。
なのにここまで接近を許してしまった時点で尋常な相手ではない。
即座に決断を下して魔力を体内へ循環させる。
いつもよりも深く、隅々まで浸透する感覚。
気にも留めずに化物の頭部と身体を回収して外へ――いないっ!?
「あなたも、いたいの、きらい?」
「ッッッ!?」
瞬間、背から抜けた衝撃と共に、俺の身体はシェルターの壁を突き破って外界へと吹き飛ばされた。
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