第34話 無駄の粋を結集した産物
「…………」
「えーっと、その……ごめんなさい」
「ごめん」
「…………はあ。もういいよ。なんか、どうでもいいや」
五体投地で頭を下げるレンカ。
隣で頭を下げるエマ。
全身で謝罪の意を表す二人を冷めきった目で見る俺の格好は、さっきの魔改造メイド服に変わっていた。
二人の手によって着せ替え人形となった俺は意識を手放し……取り戻すとこんな格好になっていたのだ。
異様に短いスカートは妙にスース―して落ち着かない。
捲れてないかと逐一確認を挟みつつ座りなおす。
部屋着に着替えないのは単純にそんな気も起きなくなってしまったからだ。
万に一つも魔改造メイド服が気に入ったとかではない。
「つい出来心で衝動的にやってしまったんです……可愛いを抑えられませんでした」
「謝罪はする。後悔はしていない」
「潔ければいいってものでもないと思うけど」
「それは……はい。まったくもってその通りです」
またしても頭を床に付けたまま全肯定するレンカ。
嬉々として俺の服を着替えさせた張本人と同一人物とは思えない。
でも、悪気がなかったのはわかっている。
少なくともレンカに関しては。
エマは完全に面白がっていただろうな。
流石に悪い気がしてくるからやめてもらおう。
「もういいから顔上げて。それより、見たかったんじゃないの? 私のメイド服姿」
「いいんですか……?」
「そういったつもりだったんだけど」
恐る恐る顔を上げたレンカは今一度、俺の姿へ目を通した。
着替えの最中は我を失っていて冷静に見れていなかったのだろう。
「カズサ、吹っ切れた?」
「その原因を作ったのは誰かな」
「……知らない」
とは言いつつも、エマも顔を前へ向ける。
無理に藪をつくことはないと察したのだろう。
それにしても……このメイド服擬き、どうなってるんだ?
外からではわからないが、生地の内側に刺繍で魔術刻印が刻まれている。
両の手で数えても足りない数のそれは、どれも精度が極めて高く複雑怪奇な模様となっていた。
俺が知らない魔術。
オリジナルか、あるいは魔法だろう。
得体のしれないものを着るのは怖いものの、エルナを経由してきたのならば危険はないはず。
悪戯はするが、命に関わることまではしないと踏んでいる。
俺が魔改造メイド服を着替えていないのもこれが理由だ。
今日、何かの襲撃が予想される中で、魔術刻印が施された戦闘衣と呼んで差し支えない出来栄えのメイド服は皮肉なことに役に立つ。
無駄に手間暇かかった無駄に性能のいい、無駄に露出度を増した無駄をこれでもかと詰め込んだ無駄の粋を結集した産物。
まさかと思うが……エルナが作った?
あの頭の使い方を致命的に間違えている紙一重の天才ならあり得る。
次会ったらデコピンで空に飛ばそう。
「着る前から薄々感じていましたけど、本当にスカート丈が短いですね。下着まで見えてしまいそうです」
「そんなものを着せておいて何言ってるの。もしかしてそういう趣味?」
「違います!」
赤くなりながら否定するレンカも可愛い。
でも……確かに見えそうではある。
手でしっかりと裾を抑えて太ももの上に置く。
今更下着を見られるくらいなんでもないと思うかもしれないが、風呂で裸になるのとは違う恥ずかしさがあるのだ。
たとえそれが慣れ親しんだ二人であっても。
というか、着替えさせられた時点で全部見られてるし。
「今日のパンツは何色?」
「答えるわけないでしょ」
「ケチ」
「逆にエマは答えるの?」
「時と場合によりけり」
「ええ……」
思わぬ返答にエマのことが心配になってきた。
悪い人にお菓子で釣られて騙されたりしないだろうか。
正直、しそう。
「エマ、今日は水色」
「確認しなくていいよ……」
「紐だよ」
「話聞いてた!? ねえ!?」
「大人ですね……」
「レンカも冷静にコメントしないで??」
ダメだ二人の頭がおかしくなってしまった。
できることなら逃げ出したいが、こんな格好で部屋の外には出られない。
八方塞がりとはこのことか。
頭を悩ませていると、時計台から昼を告げる鐘が鳴る。
いつの間にやら結構な時間が経っていたらしい。
「もうお昼だけど、どうする?」
「カズサさんを外に出したくはないので部屋で作りましょう。材料がないなら買ってきますが……」
「最近は作ることが多かったから大丈夫だと思う」
休校が続いている間、実はほとんど食堂を利用していないのだ。
授業がないからとレンカが自分で起きるまで放置している日がある関係上、部屋で作っておいた方が無難だったりする。
気分に合わせて食べたいものを作って食べられるのも理由としては大きい。
それに、自分で作った料理を美味しそうに食べてくれると嬉しいものだ。
一人立ってキッチンへ向かい、冷蔵庫の中身と相談しつつメニューを決める。
昼だし軽めに食べられるものがいいかな。
「パスタを茹でてミートソースでも作ろうか。洋食なら……あった、コンソメスープ。適当に具材を入れて煮込めば形にはなるかな」
具材を並べていざ調理……の前にエプロンをつける。
白一色のメイド服を汚すのは気が引けた。
エプロンの丈の方がスカートより長いことに微妙な感情を抱きつつも調理に取り掛かり、作り終えたのは二十分ほど後のこと。
美味しいと口々に呟いて食べ進める二人を眺めつつ、空腹を満たす。
それから洗い物も済ませての午後もメイド服のまま過ごし――日が傾いてきた頃。
黄昏色の空を黒いカラスが飛び去り、鳴き声を残して去っていく。
今日も残り六時間を切った。
糸を張ったような緊張感を感じつつも、それを表に出さないよう努めて二人と普段通りに接していた。
もしかしたらあの女は嘘をついていたのではないか。
そんな疑問の種が芽を出し始めようとしていた時。
空気が、一瞬だけ真冬のように冷え込んだ気がした。
「っ、今、なんか変な感じがしなかった?」
「しない」
「私はわからなかったですね」
二人は首を振って否定する。
気のせい……?
いや、今日に限っては小さな異変も見過ごせない。
俺だけが感じたものの正体を突き止めようと集中して魔力を探るも――何も感じない。
「――っ、来るッ!」
切羽詰まったレンカの声。
ほぼ同時に異変を察知していた俺が臨戦態勢へ入った途端――強烈な爆風が窓を割って吹き荒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます