第11話 いやー、強い強い



 平和にバスタイムが終了し、部屋着に着替えてから髪の手入れをしてから、リビングの丸テーブルを囲んで一息入れていた。

 レンカが持ち込んだ茶葉で淹れた温かい紅茶の香りが漂う空間。

 マグカップを片手に、穏やかな時間を過ごす。


「美味しいね、これ。サッパリとしていて飲みやすいし、香りもいい」

「これは春摘みのダージリンですよ。丁度、今の時期に穫れるものですね。一般的に飲まれている品種でもあります」

「へえ……」


 レンカの話を聞きつつカップを傾ける。

 ほのかに果実のような甘さが腔内こうないに広がって、抜けていく。


 これなら多少は甘めの菓子なんかが合うだろう。

 機会があれば何か作ってみるのもいいかもしれない。


 これでも一般的な技能に関しては一通り仕込まれている。

 戦闘に関わる魔術や重火器の扱いはもちろんのこと、料理洗濯など家事全般も不自由はない。

 まあ、別段得意でもないのだが。


「これを飲んだら明日の準備をして寝ようか」

「ですね。明日から授業が始まりますものね。私、緊張してきました……」

「そんなに緊張しても仕方ないよ。初めから難しいことは要求されないはずだから、落ち着いてこなそう」

「カズサさんは余裕そうですね……うらやましいです」

「レンカだって魔術科に入れるくらいの力はあるんだから、大丈夫だと思うけど」


 訓練校の学科はいくつか存在する。

 誰でも入れる普通科を除いた全ての科に試験があり、一定以上の成績を収めなければ入ることはできない。


 最難関と呼ばれている『皇宮護衛専攻科』の生徒数は、学年単位で十数人しかいないそうだ。

 そこまでとは言わずとも、俺とレンカが在籍する『魔術科』の試験難易度も高い。


 訓練校ではコネなど意味をなさない。

 俺のような例外は除くとして、家柄で優遇されるのは文官学校のみで訓練校は実力が全て。

 都市を守る人間が分不相応な役割を担わないためだ。


 よって、レンカは学校側から『魔術科』に在籍するに値する訓練生であると認められていることになる。


「そうだといいですけど……」

「困ったことがあれば相談に乗るから。それなりには力になれると思う」

「カズサさんが私の命綱です……!」


 すがるような視線を受け流し、すっかり冷めたカップの紅茶を飲みほした。

 レンカも続き、二人分のカップと使った器具を流しでまとめて洗う。

 それから交互に歯磨きと明日の準備をして、寝室へ。


「照明は消す?」

常夜灯じょうやとうだけつけてもらっていいですか。私、完全に暗いと眠れないのです」


 気恥ずかしそうに告げたレンカの意向でだいだい色の常夜灯じょうやとうが灯ることになる。

 二段ベッドの場所はあらかじめ決めた通り、俺が上でレンカが下。


「レンカ、おやすみ」

「おやすみなさい、カズサさん」


 笑みを交わし、備え付けの梯子を使って二段目に上がる。

 白いシーツが敷かれたベッドに寝転がり羽毛の掛け布団をかぶった。


 下でも同じような音が聞こえて。


 しん、と静まった寝室に響くのは二重奏デュオの呼吸音と、布団が擦れる音。

 そして老朽化したベッドの金具がきしむ音だけ。


 彼女の声は、聞こえない。


 けれど。


 明日もまた顔を突き合わせることになるのだからと、じんわりと胸に温かい何かが広がって。

 いつしか、夢の世界に落ちていた。



 ■



「――誰だ」


 ふと、気配を感じて目が覚めた。

 生徒とも軍警とも違う、潜んでいる気配。

 要するに……侵入者だ。


 真っすぐにこの女子寮へと迫っている。

 狙いは十中八九レンカの身柄だろう。

 つまり……敵は魔王信奉者の可能性が高い。


 ベッドから音もなく飛び降り、レンカの様子を確かめる。

 白い布団に包まれてすやすやと安らかな顔で眠っていた。


 レンカを起こさないように部屋を出て、ソックスと靴を履いて外へつながるリビングの窓を開ける。

 ひゅう、と夜風が部屋へ吹き抜けた。

 春でも夜はまだ冷える。

 部屋に戻って薄手のコートを取り出して寝間着の上から羽織った後、縁に足をかけ女子寮の下へためらいなく飛び降りた。

 このほうが時短になる。

 膝をクッションに使って着地し、周囲の気配を探った。


「……あっちか」


 生徒と軍警、その他の害がなさそうな気配を排除し、残った怪しい方へ向かおうとしたとき。


「おや、やっぱり来ましたか。カズサちゃん」


 背後からかかった声。

 振り向けば、白衣を纏ったエルナがやんわりと笑んでいた。


 いつの間にいたんだ? 気配がまるでしなかった。


 そんな思考を呑み込んで、確認を取る。


「敵だよな」

「でしょうね。軍警は気づいてないみたいですけど」

「それに気づいているエルナは何なんだか」

「さあ? 乙女には秘密がつきものですから。で、どうします?」

「……この際だ、付き合ってもらうぞ」

「仕方ないですねぇ。元々そのつもりでしたけど」


 はあ、とため息を吐いて、片手で欠伸を抑える。

 直前まで寝ていたのだろう。

 とはいえ、それでエルナの動きが鈍るとも思えない。


 示し合わせたように、並んで気配の方向へと歩を進める。

 軍警が光らせる監視の目を掻い潜り、敷地の外周に広がる森に入った。

 可能な限り自然の森に近づけられたそこは、寝間着のまま探索するには厳しい場所。


「時間あるなら着替えてくればよかった」

「枝とかひっかけないように気を付けてくださいね」

「わかってる。それより……近いぞ」


 小声で会話をして、気配が近くなったところで茂みに身を隠す。

 隙間から顔を出し様子を窺うと、ちょうど黒装束の集団が忍び足で歩いているのが見えた。

 数は目視できるだけで五人、練度はそこそこ。

 高くもないが、一概に低いとも言えない絶妙なライン。


 装備はナイフと消音声に優れたサイレンサー付きのハンドガン。

 魔術も警戒する必要があるが……問題ない。


「俺が行く。もしもの時はカバー頼んだ」

「りょーかいっ」


 話をつけてから茂みで音を鳴らし、頭上の枝に飛び乗った。


「っ!? 誰だ――」


 早速一人が声を上げ、全員の注意が茂みへと向く。

 その瞬間、枝から男の背後に降りて首筋へ手刀を浴びせた。

 硬い感触を押し切って衝撃が抜け、一撃で相手の意識を奪う。


 男がふらりと倒れ、遅れて俺の存在に四人が気づいた。


「まず、一人」


 小さく呟くと同時、四人が魔力を熾す気配を肌で感じた。

 佇む俺へ殺到する殺意は鋭く、足りない。


 地面が僅かに揺れたのを起点として、土の棘が隆起する。

 茨のように広がるそれを『崩壊死滅コラプテット・モルス』で跡形もなく消し去ると、一堂に動揺が走った。

 無理もない。


 隙を見逃さず、次の標的に肉薄する。

 靡いた髪のすぐ後ろを氷の礫と銃弾が掠めながらも、突き出した拳が黒装束の鳩尾を打つ。

 かは、と漏れた息を聞いて、その場で屈む。

 間髪入れずに仲間が背後から降ったナイフが通り抜けた。

 一度地面についた手のひらを起点に一回転しつつ、ローキックを繰り出し地を刈る。

 湿った地面を抉り、土色の幕が視界を塞ぐ。


 素早く体勢を立て直し、幕が降りたところで三対一の接近戦へ縺れ込む。

 黒塗りのナイフ、徒手格闘の乱撃を一人でいなしながら、崩れたところへ的確に反撃を入れていく。

 魔法は殺傷力が高すぎるので防御専用だ。

 時折放たれる魔術攻撃も大した脅威ではない。


 そもそも、『魔王』と戦う『特務兵』と戦闘力を比べるのが間違っている。


「はっ」


 浅く息を吐き、裏拳で一人の腕をへし折って吹き飛ばす。

 男は背中を木の幹に激突させ、ぐったりとしたまま地面に伏せた。

 死んではいないはずだ。


 続けざまに慌てた二人を足払いで浮かせ、空いた腹にそれぞれ肘を打ち込んで地へ落とす。

 重い音で落ちた二人が気を失ったのを確認して安堵の息を吐く。


 敵の連携はそこまで良くはなかった。

 誰かに雇われていたのだろうか。

 まあ、それも尋問で明らかになるだろう。


「終わりましたねー。いやー、強い強い」


 パチパチと拍手を鳴らすのは、太い枝に腰かけていたエルナだ。

 彼女は身体を前に倒し、膝の裏を枝にひっかけることでぶら下がったまま続ける。


「で、こいつらはどうすればいい」

「ボクが軍警に連絡しておきましょう。カズサちゃんが目立つのは避けたほうがいいですし」

「なら任せた。後で結果を教えてくれ」

「はいよーっと。なら、深夜にでもお邪魔しますね」


 いきなり来られても困るが、深夜ならまだマシか。

 頷いて、さてと寮の方向へ踵を返す。


 すっかり目が覚めて帰っても眠れる気がしないが、どうにかしよう。

 エルナに見送られて女子寮へ帰った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る