第6話 シクヨロ〜



 まさか誰が入学式直前のトイレで偶然にも護衛対象の天道レンカ第三皇女と遭遇そうぐうすると思うだろうか。

 焦らず慌てず。

 練習してきた話し方に切り替えて、口を開く。


貴女あなたは第三皇女様……?」


 小首を傾げ、恐る恐るといった風を装ってく。

 エルナの主導で練習してきたのは、平民で礼儀正しく物静かな少女という人物像。

 はかなげな印象の俺にはあっているらしい。

 詳しいことはわからないためエルナに一任していた。


 だが、彼女は微笑ほほえんで、首を振る。


「確かに私は第三皇女、天道レンカですが……ここではただの一生徒ですので。どうか、そんなにかしこまらないで頂けると幸いです。堅苦しい口調もなしで。貴女あなたのお名前をうかがっても?」

「あっ……私は一条カズサといいます」

「では、カズサさんと呼ばせてもらいますね。私のことも気軽にレンカと呼んでください」


 笑顔でそう言われれば否定するのも忍びない。

 レンカとは寮でも生活を共にするため、良好な関係性を築いておく必要がある。


「では、レンカさん」

「はい!」

「早く大講堂に戻らないと、私たち揃って遅れてしまいますよ……?」


 初邂逅かいこうもそこそこに、手を洗ってから大急ぎで大講堂に戻った。

 時間はギリギリ間に合い、空いていた後方の座席に並んで座る。

 すると、パチリと照明が落ちて室内が暗闇に包まれた。


 ざわめく新入生の声。


「――皆の者、そう騒ぐな。この程度で平静を乱しては、実戦で真っ先にしかばねをさらすことになるぞ」


 それらを一蹴いっしゅうするように、聞き覚えのある男性の声が響いた。

 ぱっと前方のステージが明るくなる。

 壇上だんじょうの人影。

 白髪しらがが混じった短い青髪の男性だ。

 一部の隙もなく着こなした軍服の胸元には、彼の輝かしい功績をたたえる勲章くんしょうが並んでいた。


「私は青龍せいりゅうミズキ。都市防衛軍において、参謀局長官をしている。この度、諸君らの入学を讃えて激励げきれいを送らせてもらう運びとなった」


 青龍ミズキ参謀長官……大物の登場にホール内が沸き立つ。

 普通は会えない雲の上の人物であり、今の軍を支える立役者の一人。

 そんな人物から直々に激励を貰えるのは、人によっては一生の宝物となることだろう。


 慣例として、訓練校の入学式では現役の軍人が新入生に言葉をかける。

 昨年は室長……朱雀ホムラ室長が担当していた。


 咳払いの後に、


「――諸君は、弱い。純然じゅんぜんたる事実だ。牙もなければ、頭も働かない烏合うごうしゅうだ。だが、同時に諸君らには成長の余地が多いにある。巣立つ前の雛鳥ひなどり、それが諸君である。三年で牙を研ぎ、知恵をつけ、共に学ぶ仲間と研鑽けんさんの日々を過ごせ。諸君らと共に戦う日を楽しみにしている」


 以上だ、と締め括り、敬礼。

 新入生もその場で立ち上がり持たれないとは持たれないと、敬礼を返す。


 手を下ろし、青龍さんはステージの裾へ消えた。

 入れ替わるように軍服の男性がステージへ現れ、


「――これより、入学式を開始します」


 宣言し、入学式が始まった。


 内容自体は軍事教員の紹介や、訓練校が設立された歴史などの確認、兵科の説明、長々な講談と多岐たきに渡る。

 時間にしておよそ二時間弱、新入生は座席に座ったままの状態を余儀なくされる。

 正直に言って退屈だ。

 だが、居眠りなどしようものなら――


「――おい。七列目左から十二番目の男子! この場で居眠りとはいいご身分だな」


 どこからともなく男の罵声が飛んだ。

 指摘された生徒は驚いたのか肩を大きく跳ね上げ、ハッとしたように周囲を見る。

 そこで自分が注目を集めていることを理解したのか、恥ずかしそうに俯いてしまう。


 このようなことになるため、一瞬たりとも気は抜けない。

 というか、心臓に悪いからやめて欲しい。

 心臓が激しく鼓動して、妙にソワソワする。


 平静を装って精神を落ち着けている最中、右腕がつんつんと指でつつかれた。

 右隣を見れば、レンカも同じく驚いたように目を丸くしていた。


「驚きましたね」

「ですね。私たちも注意しないと」


 彼女と小声で話し、微笑んで前を向く。

 いつこちらに矛先が向くとも限らない。


 絶妙な緊張感が漂う入学式に集中し、ようやく最後の挨拶を終えて無事に終了した。

 時刻も予定通りである。


「それではこれより、各兵科に別れてのホームルームを行います。教員の指示に従い、教室へ向かってください」


 アナウンスが入り、兵科ごとに順番で大講堂を出ていく。

 指示を聞き逃さないように聞き耳を立てていると、遂に『魔術科』が呼ばれる。


「行きましょう、カズサさん」

「ですね」


 レンカと共に誘導の職員の後を追い、混雑していた大講堂を抜けた。

 三つほど並ぶ巨大な校舎、その一番右の建物が『魔術科』が使う校舎だ。


 広々とした玄関を抜け、長い廊下を二列縦隊で進行する。

 校舎の外装は年季が入っていたが、内部は改装がなされているのか綺麗なものだ。


 最新技術も細部に導入されているところを見ると、力の入れようが分かるというもの。

 未来の都市を守る人材を育成する場所なだけある。


 俺たちが通されたのは一階の最奥にある教室。

 段を成す座席は十数列にも及んでいる。


「好きな場所に座ってください」


 職員が声をかけると、生徒は思い思いに席を埋める。

 悩んでいると先に後方窓際席を取っていたレンカが手招いていた。

 誘っているなら有難く座らせて貰おう。


「よかった。来てくれないかと思いましたよ」

「そんなことないよ。決めあぐねていたから助かった」

「なら良いのですが……ほら、私はどうやら避けられているみたいでして」


 レンカは苦笑しつつ、周囲へ視線を流した。

 平民の多い訓練校では第三皇女として知られるレンカの存在は自然と浮く。


 全員が座席に座ったところで、勢いよく扉が開く。

 そこから飛び込んでくる白い影。

 ひらりと白衣をひるがえし、軽快な動作で教壇きょうだんの上に着地する。


「しゅたっ! ……って、一回やってみたかったんですよダイナミック入室」


 悪戯いたずらを成功させた子供のような笑顔を浮かべる人物は、今朝別れたはずの神崎エルナだった。

 面食らって、思わず懐疑的な視線を送る。

 エルナは何食わぬ顔で教室内へと視線を巡らせ、


「……おや。おやおやおや? どうして微妙な空気になってるんです? ボクのシナリオだと大爆笑の大喝采だいかっさいなはずだったんですけど」


 違ったかー、と全く残念そうではない表情で肩を落とし、深い息を吐く。

 それはそうだと生徒全員の心の声が一致した気がした。


 エルナは教壇の上に胡座をかいて、適当極まる態度のまま、


「まあ、いいです。ボクは神崎エルナ。君たち『魔術科』の担任を受け持つことになりました。シクヨロ〜」


 プラプラと手を振りながら自らの名を告げた。



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