第30話 人生諦めが肝心ですよ!



 なんやかんやと盛り上がった夕食の時間も、鍋のスープで煮込んだうどん・ラーメン・そばの三種混合麺で〆。

 元々うどんは用意していたのだがエルナが「他のも入れましょう!」と調子に乗り、一人窓から飛び出して買ってきた。

 因みに支払いは俺の財布から。

 せめて自分で払ってくれと思わないでもないけれど、レンカが楽しそうだったので相殺にしておく。


「美味しかったですね……お鍋」

「満足してくれたみたいでよかった」


 正面で〆まで食べ終えたレンカがしみじみと呟く。

 いつものことではあるが、レンカが皇女様というのを忘れてしまいそうになる。

 色々と庶民的に過ぎるというか。

 順応が早いというか。


 軍人の素養的にはいいのかもしれないけれど。


「ぽかぽか……もう、ねむ」

「あー寝ないでー。エマの部屋知らないから」

「……三棟目の、119号室」

「ダイイングメッセージのつもり……?」


 自室の部屋番号を言い残して、エマは親指を立てながら目を瞑った。

 多分寝てない。

 面白がってやってる気がする。


 ただ、このまま膝の上にいられると片付けできないのが玉に瑕だ。


「よし、お酒! お酒飲みましょう!!」

「エルナ先生? 酔わないんじゃなかったですか??」

「酔ってませんよ? 酔っ払いごっこですって」


 そうは言うもののエルナの頬はリンゴのように赤い。

 呂律ろれつに違和感はなく、意識もはっきりとしている。


 素面で言い放っているあたり嘘ではなさそうだ。

 そもそも酔い止め薬くらい作れそうだな。


 エルナはこれでも天下の魔術薬師。


 頭脳と腕だけは侮ってはいけない。


 ……たとえ明晰めいせきな頭脳でやることが残念であっても。


「デザートないんです? デザート」

「自分で買ってきてください」

「えー。カズサちゃんの手作りプリン食べたかったなー」

「用意の時間足りないですって」


 グラスに注いだワインをちびちびと飲みつつ「デザート! 食べたい!」と繰り返すエルナを完全に無視していると。


「プリン……カズサさんの作ったプリンですか」

「もしかしてレンカも興味あったり?」

「作る料理がことごとくく美味しいものですから。きっとプリンも美味しいんじゃないかと」


 ……今度時間があるときに作ってみるか。


 どうせなら、一緒に。


「はああ……さて、お鍋も食べ切ったことだし、ボクは退散しますかねー。まだまだお仕事が残っていますし」

「大変なんですね……頑張ってください」

「皇女様の頼みでも頑張りませんよー。給料分の働きがボクのモットーですし? そもそも働きたくないでござる」

「どこの人ですかそれ」

「甲賀忍者?」


 俺に訊かれても困る。


 残ったワインを瓶を傾けて飲み干し、ぷっはぁっ! と酒精を孕んだ息を吐きだす。

 その調子のまま立ち上がり、空瓶を指の間に挟んで窓を開け放つ。


「それじゃ、ボクはこのへんでさらだばーっ!」


 窓の縁に足をかけ、飛び降りる。

 やはり足音はしない。

 しかも、気配が消えるのが早かった。


 ……もしかして、あれで忍者とか?


「……もう先生の姿がありません」

「あんまり気にしない方がいいよ。あ、真似もしない方がいいね」

「カズサさん、私が窓から飛び降りると思っているんですか?」

「いや、えーっと……正直、やりそう」

「そこまで御転婆おてんばじゃないですっ!」


 ……そう、かな?


 眷属と正面切って戦うような人の言葉とは思えない。

 必要に駆られての判断だったのは理解してるけど。


 無茶無謀が必要ならやるのは俺も同じ。


「それより、エマさんはどうします?」

「部屋に転移できるから大丈夫」

「転移? 使える人ほとんどいないって聞いてるんだけど」

「エマのは目印のところにしか転移できない。それでも便利」


 転移魔術の難易度は推して知るべし。

 使える人間は特務兵の中でも数える程度だ。


 そんな珍しい魔術をオペレーターのエマが使えるとは思ってもいなかった。

 天から与えられた両脚の対価なのだろうか。

 障害と引き換えに何かしらの天賦の才を持って生まれることもあるというし。


 事実、エマの頭脳は特務兵のオペレーターを務めるほどに優れている。

 さぼり癖や常時眠気を帯びているのは天秤的なものか。


「むしろ泊りでもオーケー」

「ベット足りないけど?」

「床でも寝れる。なんなら車椅子あるし」

「そんなところで寝かせられません。というか、別の部屋で泊まるのって大丈夫なんですか?」

「さあ。寮母さんに聞いてみないと」


 寮の部屋は二人で過ごすのを想定している。

 三人で泊まるとなると、途端に手狭に感じてしまうのではないか。


 そんな心配をよそに、レンカは「聞いてきます!」と部屋を飛び出していった。

 行動力があるのはいいことだけど、この時点でなんとなく結果が見える。


「……お鍋片付けようかな。車椅子に乗せてもいい?」

「ん」


 頷いたエマを抱きかかえて立ち上がり、車椅子に座ってもらう。

 自由に動けるようになったところで空になった鍋と使った食器を洗っておく。


 そう時間はかからず洗い終わったところでレンカが帰ってきた。


「あ、おかえり。どうだって?」

「大丈夫だそうですよ! 足りなければ布団も貸してくれるそうです」

「布団はカズサのベッドに潜り込むから別にいい」

「私が寝るの上段なんだけど……」

「転移で移動できる」

「それ転移いる??」


 あんまりな魔術の使い方に苦言を呈するも、エマの表情は変わらない。

 いや、少しだけ頬が緩んで目元も垂れている気がする。


「エマの部屋、一人だから」


 ぽつりとエマがそう漏らす。


 基本的に寮の部屋は二人用。

 軍での連帯行動を養う意味もあるものだが、例外はいつでもある。

 人数が足りない場合や、他者と過ごせない特殊な事情を抱えているなどなど。


 どうしても集団生活に馴染めないものはいる。

 エマのように障害を抱える人もいる。


 それでも本人に続ける意思がある限り、軍はそれを許容する。


 意思なき人間に成せる戦果はない。


 正直、エマが一人部屋なのは室長や軍部の意向が関わっていそうだが。

 定期的に連絡を取っているようだし、同居人がいると色々面倒なのだろう。


「そうなんですか。私だったら寂しくてどうにかなってしまいそうです」

「でも、楽。寝坊しても起こされないし」

「自分で起きてお願いだから」

「ほんの冗談。寮母さんが起こしに来る」

「寝坊のところが冗談であってほしかった」


 寝坊常習犯の頭を軽く小突いて、さてとテーブルのそばに座りなおす。


「では、お風呂に入ってしまいませんか。三人で入るのは……」

「流石に狭いと思うよ」

「三人いるのに一人一人で入るのも味気ないじゃないですか」

「一人が湯船、二人が洗い合えば解決」

「エマちゃんそれです! それでいきましょう!」


 レンカが目を輝かせてエマの提案に乗っかった。

 二人はハイタッチを交わして、同意を求める視線を向けてくる。


 既に状況は二対一。

 多数決の上では敗北を喫することが確定しているわけだが。


 というか、エマは俺の中身が男なのを知っているはず。

 つまり、なんだかんだで確信犯なのだ。


 この場で伝えて断るわけにもいかず、残された道は三人での入浴タイムだけ。

「人生諦めが肝心ですよ!」とどこからか幻聴が聞こえた気がする。


「……うん、そうだね。そうしようか」


 結局、精一杯の作り笑顔で賛同を示すのだった。


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