第39話 『無限龍』
緋色に染まった視界。
意識が否応なく遠ざかり、景色が色褪せていく。
感じていた鉄臭さも、やがて消えてしまう。
身体の自由が利かなくなって、氷水に置換されたかのような冷たさ。
この感覚は、久々だ。
生と死の淵を
大丈夫、頭と心臓は生きている。
ならば再生が可能だ。
レンカが見た夢はこのことだろうか。
結局現実のものとなってしまったのは後で謝るとして……とうとう言い訳ができないな。
傍から見れば確実に死んでいると思われておかしくない外傷と出血量だ。
それに、あまり時間はかけられない。
レンカが無茶しかねないからな。
『
分身、抵抗すらできない不可視の必殺。
癒えない傷に関しては回復に特化した魔法でなんとかなるのは確認済み。
となれば、それ以外の六種。
単一ではなく幾つかの権能を常時掛け合わせているのだろう。
あっちから権能を開示してくれるなんて都合がいいことは起こらない。
状況証拠と推測を重ねて、それが当たっていることを願って戦うのみ。
分が悪すぎる賭けだ。
それでも。
レンカを守るのが俺の任務。
幸いなことに多少の無茶は許容できる魔法がある。
なら、即死しないように戦って活路を見出すしかない。
それが俺にできる最善。
損傷も癒えてきた。
だが、二の舞になっては仕方ない。
(法理混合――『
だから、ここで勝負をつける。
自らを崩壊させて再生を繰り返す。
壊して、治して、また壊す。
刃を鍛えるように何度も、何度も、何度も。
そして――龍は甦る。
■
「やっぱりむりだよ。おねーさん、よわいから」
少女はケラケラと嗤いながら、私を見下していた。
僅かでも身体を動かせば痺れを伴う痛みが走り、蝕む。
敵わなかった。
手も足も出なかった。
予想はしていたけれど……それ以上だった。
「……まだ、です」
立ち上がる。
回る視界、浅い息、頬を伝うのは汗ではなく赤い血液。
くらくらと視界が回っている。
着ていた軍服もいつの間にかボロボロだ。
あちこちが破れ、解れてしまっている。
折れた左腕をだらりと垂らして、必死に油汗を浮かべつつも右腕を前へ。
魔術で倒せないのはわかっている。
だとしても、私にはこれしかないから。
ここまで生きているのは『
一瞬先の未来を視て、瞬時に体の動きを同期させる。
綱渡りの戦い……いや、戦いにすらなっていない。
死を先延ばしにしているだけだ。
攻撃手段がなければ倒せない。
そして、私にはそれがない。
――だとしても。
「私には、退けない理由があるので」
背後を振り向けば、仰向けで眠るように死んでいるカズサさんの姿。
きっと、カズサさんは私が戦うことを望まないでしょうけれど。
ここからは、私のわがままです。
「そっか。にんげんだもんね。わかるよ?」
「……貴女、人間だったのですか」
「なにいってるの? わたしにんげんだよ?」
これは……噛み合っていませんね。
『魔王』に理性を求めるのが間違っているのでしょう。
人間とは相いれないはずの存在が人間の姿をしているのは何かの冗談かと疑いたくなってしまいます。
ですが、それも『魔王』。
異形、異物、異質。
人間型の『魔王』も案外普通にいるのでしょう。
「だとしても、関係ありませんね」
「やるきになった? どのみち、むだだとおもうけど」
「どうでしょう。でも、負けられないので」
見よう見まねで錬成する武器は細剣。
軽量で威力はないが、扱いやすく手数に富んでいる。
私に彼女が殺せるなんて考えてはいません。
やるべきは……魔王狩りが来るまでの時間稼ぎ。
こんな状況、こんな場所に来てくれる可能性は低いものの、信じるしかありません。
信じなければ、今にも折れてしまいそうですし。
「せっかくおんびんにとりこめるとおもったのになあ……ざんねん」
欠伸をしながら歩を進める少女。
刹那、脳裏に閃いた光景にぞっと背が震え、
「――じゃあ、ころすね」
回避の時間は間に合わず。
分身した少女が私を取り囲んで。
結局こうなるのかと、恐怖に目を瞑り。
一陣の風が吹いて。
「――悪い、遅くなった」
聞き慣れた声、倒れた身体を支えた温かさは本物。
けれど普段と違う剣呑さを帯びた気配。
それなのに、こうも安心感を覚えてしまうのはなぜだろう。
「レンカ、お待たせ。やっぱり無茶したみたいだな。でも、間に合った」
頭に乗った手、小さく細い指が髪を梳く。
これは幻覚か、幻聴か。
確かめるのが怖くて閉じていた瞼を恐る恐る開いてみれば、そこには困ったように笑むカズサさんの顔があって。
「どうして、生きて……」
そう呟きつつも、推測はあった。
あの即死と判断されておかしくない傷を負っても復活を遂げたこと。
今日のシェルターで騒がれていた魔法でなければ治せない傷。
以前、眷属との戦いで見せた圧倒的な戦闘力。
そして――カズサという名。
私が知る限り、当てはまる人は一人しかいない。
「うーん……あ、インカム取れてる。そっか、なら仕方ないか。てことは、私のことは伝わってないのね」
「……もしかして、本当に」
「あー、話は後。ちょっと、俺も余裕ないから。下がってて」
話し方も普段の丁寧なものから、素と思える楽なものへ。
血に濡れた白いメイド服姿のまま、カズサさんは少女を正面に据えた。
漂う魔力の気配は少女と比較しても遜色ないほどの濃密さ。
とてもさっきまで死んでいたような……否、確実に息がなかった人が出せるものではありません。
それこそ、何か取り返しのつかないものを犠牲にしているような。
けれど。
その小さな背中が与えてくれる安心感は確かで。
「あれれ? ちゃんところしたとおもったのに」
「死んでも死なないのが取り柄でね」
「じゃあ、つぎはちゃんところしてあげるっ!」
止める間もなく始まってしまった二回戦を前にして、私はただ見ているだけで終わるつもりはなかった。
何かできることがあるはず。
「……お願い。もっと先を視せて。私には、これしかないから」
たった一つの対抗手段である『
未だ意識的に扱うことが難しい魔法をここでものにする。
今だけのまぐれでもいい。
私が、未来を変えろ。
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