第8話 二人きりの寮生活



 その後の授業はガイダンスが主で、本格的な授業は後日へ持ち越された。

 日程を終えてから遅めの昼食を引き続きレンカと校舎一階にある学食で取り、荷物整理のため寮へ向かう。


「そういえば、カズサさんは何号室なんですか?」

「私は409号室です」

「……寮の部屋も同じとは驚きました。これが運命というものなのでしょうか」


 裏の事情を知らないレンカをだましているような気もしてくるが、二人で部屋の中に入る。

 409号室は四階の角部屋。

 他よりも少し広い造りになっているらしい。


 扉を開けて中へ入ると、玄関には俺とレンカのものと思しきトランクが一つずつ並んでいる。

 それらを一旦運び込み、部屋を一通り見てみることにした。


 内装は十畳ほどのリビングとキッチン、二段ベッドがある寝室、トイレと風呂は別。

 家具もリビングにテーブル、寝室に机と椅子とクローゼットが二セットずつ設置されている。

 当面は買い揃えずとも過ごせそうだ。


 流石は金がかかっているだけある。

 備え付けだけでも不自由なく伸び伸びと暮らせるのは、軍なりの懐柔策か。


「学友と二人きりの寮生活……これほど心躍るものとは」

「レンカさん。感動してるとこ悪いけど、ベッドは上と下どっちがいい?」

「え、あ、はい。私が決めてもいいのですか?」

「うん。私はどっちでもいいし」


 するとレンカは顎に指をあて、


「では、下でお願いします。上だと寝ぼけて落っこちてしまいそうなので」

「わかった」


 寝床も決まったところで、持ち込んだ荷物を片付けることにした。

 とはいってもトランク一つに入る量なんてたかが知れている。

 一時間もすれば、荷物はきれいにクローゼットへと収まっていた。


 隣で同じように作業しているレンカの様子をうかがってみれば、まだ半分くらいは残っているように見える。

 しかも、収納した衣服も畳まれ方が雑で、窮屈きゅうくつそうに詰め込まれていた。

 端的に言って手馴れていない感が否めない出来栄えだ。


 とてもではないが見ていられず、


「手伝おうか?」

「うう……その優しさが心にみます。私、初めてなんです。皇宮ではメイドさんたちが全てやってくれていたので……」

「仕方ないよ。それなら今からでも覚えよう。教えるから」

「ですが、それではカズサさんにご迷惑が――」

「気にしないで。今度私が困ったときに助けてもらうから」

「っ……はい。そういうことでしたら、お願いいたします」

「じゃあ、一旦クローゼットの中身を出すよ。これ畳むから、真似してやってみて」


 ゆっくりと丁寧に工程を踏んで進め、レンカもぎこちない動きで続く。

 途中で何度か注意点を伝えると反芻はんすうして覚えようと努力していた。

 彼女の真摯しんしな姿勢は美点だと思う。

 何より教えていて楽しいのだ。


 同じことを繰り返しているうちにだんだんと速度も上がり、見栄えもよいものへ変わっていった。

 始めの惨状は見る影もなく、見違えるほど綺麗に限られたスペースへ収まっている。

 愛読書らしい小説数巻を机に並べたりして、およそ二時間ほどでレンカの荷物の収納が終わった。


「ふう……お疲れ様」

「何から何までありがとうございました。カズサさんがいなかったら今頃どうなっていたことか」

「大袈裟すぎだよ。それより、もう遅くなっちゃったね。夕飯どうする? 寮の食堂は六時から開いてるみたいだけど」

「少し時間がありますね。お腹は空きましたが……それ以上に疲れてしまって。慣れないことをしたからでしょうか」


 呟きつつ、レンカはぐっと伸びをする。

 ぴんと張った胸元の布地。

 無防備に大きな二つの膨らみが呼吸に合わせて上下した。

 否応なく存在感を放つそれに視線が引き寄せられるも、気づかれないうちに目を逸らす。


 理不尽な敗北感を感じるのはなぜだろう。

 無意識のうちに自分のそれと比較でもしていたのだろうか。


 いや、ありえない。


「……私も疲れてるのかな」

「カズサさんもですか。でしたら、一休みしてから食堂に行きませんか」


 レンカからの提案を受け入れ、二人で丸いテーブルを囲んでしばし歓談に浸る。

 エルナと特訓した話術をフル活用して少女らしく振舞ったが、手ごたえのほどは微妙だった。

 疑われていないかと心配になったが、彼女の楽しげな表情を見るに杞憂きゆうだと結論を出す。


 この身体で生活するようになって一月弱。

 お世辞にも少女らしい振る舞いができているか怪しいものだ。

 それでも、レンカには隠し通さなければならない。


 俺には『魔王』を倒すよりよっぽど難しく感じてしまう。


「つい楽しくて話し込んでしまいました……反省です」

「ううん。私もレンカのことをいろいろ知れて楽しかった。七時も過ぎたし、そろそろ食堂に行こうか」


 寮内のため軍服のまま一階の食堂へ移動する。

 食堂は寮生全員が月曜から土曜の朝夕に使用できるが、日曜は自分たちの部屋で自炊するか敷地内のスーパーで出来合いのものを買うとのこと。


 朝夕はそれぞれ一食までなら訓練校の福利厚生として無料だが、二食目からは有料だ。

 その場合、学生証にチャージされた電子マネーで支払うことになる。


 夕食の時間は六時からだったため、第一陣が過ぎ去ったのか点々と空席があった。


 入口付近に設置された券売機で食券を買って受付の人に渡し、食事を受け取るのが一連の流れ。


「えっと……今日は日替わり定食と和風セット、洋風セット? ああ、隣のディスプレイに表示されてるのが見本なのかな」


 一種類ずつフェードアウトしながら画面に表示されるのは、今日のメニューのようだ。

 日替わり定食は白米と魚のフライ、千切りキャベツに豆腐とネギの味噌汁。

 和風セットは魚のフライが生姜焼きに変わっただけ。

 洋風セットはデミグラスソースのハンバーグとフレッシュサラダ、ロールパンが数個とコンソメスープだろうか。


 バランスのとれた献立は軍属の栄養士が考えていると小耳に挟んだ覚えがある。


「どれも美味しそうですね。カズサさんはどれにします?」

「んー、じゃあ日替わりにしようかな」

「では、私は和風セットで」


 決まったところで対応するボタンを押し、出てきた食券を持って受付へ。

 割烹着のおばちゃんに渡し、引き換えに番号札を貰う。

 受付の上部に設置されている電光掲示板に番号が表示されたら取りに向かう仕組みだ。


 先に席を確保し、待つこと五分ほどで俺とレンカの番号が表示されたので取りに行く。

 トレイに載せられた夕食を持って席に戻り、手を合わせて、


「「いただきます」」


 しっかりと挨拶をしてから食べ始めた。


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