第4話:僕、錬金術師になる

 オムライスを食べ終えた後、二人は仲良く皿洗いを始める。


 久しぶりに家族と食事ができたことを喜ぶエリスは、満足そうな笑顔を見せているが、ジルは少しばかり浮かない顔をしていた。


 ――呪いを解くポーションって、高かったよね……。


 自宅で眠っていただけとはいっても、何度もポーションを飲もうと思えば、大幅な出費は免れない。三年も寝込んでいれば、なおさらのこと。


 この世界のポーションは、病気や怪我を含めた治療行為に使用される。種類や品質にもよるけれど、値段はピンからキリまであって、特殊なポーションは相場が決まっていない。


 戦闘による怪我や擦り傷を治すHP回復ポーションとは違い、特定の呪いを解除するポーションは製作者が限定されてしまうことや、珍しい材料を必要とすることが多いため、高価になりやすかった。


 長期間にわたって、姉に金銭的な負担をかけたと考え始めたジルは、落ち込んでいたのだ。


「どうしたの? まだどこか調子が悪い?」


 当然、姉であるエリスが、そんな些細な変化を見逃すはずがない。病み上がりで無理をさせてしまったのではないかと、ジルを心配する。


 一方ジルは、言いにくいことを伝えるため、エリスをまっすぐ見つめて首を横に振った。


「僕って、いっぱいポーション飲んだよね。苦いやつとか酸っぱいやつとかあったけど、ほとんど効かなかった気がするの」


 実際に何度か色々なポーションを試したものの、呪いの侵蝕を遅らせるような効果はあったが、治すものは一つもなかった。食事ができる状態ではなかったため、栄養剤やHP回復ポーションを駆使して、体の状態を維持するだけでも精一杯だったのだ。


「ごめんね、長い時間かかっちゃって」


「ううん、エリスお姉ちゃんは悪くないよ。でも、ずっと飲んでたからわかるの。今日飲んだポーションはいつもと違うもので、すごく高価ものだったって。だから……お金、足りてないよね?」


 様々なポーションを三年も飲んでいれば、ある程度のことが味でわかるようになってくる。


 品質の悪いものは雑味が強く、舌に成分が残りやすい。逆に品質が高く丁寧に作られたものは、後味がスッキリしていることが多い。どちらも不味いことには変わりないけれど、飲みやすさが全然違う。


 ただ、ジルが最後に飲んだポーション、エリクサーだけは違っていた。スッキリとしたおいしい味で、後味もいい。運動した後に飲むスポーツ飲料水のように、体へ溶け込む不思議な感覚だった。


 エリクサーだと聞かされていないジルでも、特別なポーションだと気づくほど、味が違っていたのである。


「大丈夫だよ。お父さんとお母さんが巻き込まれたこともあって、公爵家から治療費を支援してもらっていたの。私も錬金術ギルドで働いてるし、二人で生活する分くらいはあるからね」


 ジルの治療費を公爵家の支援金だけで補えはしなかったけれど、錬金術ギルドで働くエリスの給料を合わせれば、借金をすることもなかった。


 様々な治療や生活に関わる錬金術は、この世界の生命線でもあるため、他の仕事よりも優遇されている。その分、色々な知識や作法を覚えることばかりで厳しいが……、自分の努力をわざわざジルに伝える必要もないので、エリスは黙っておくことにした。


「本当に大丈夫? 今までのポーションも高かったよね?」


「お金のことは気にしなくてもいいから、今は自分の体のことを考えて」


「でも……」


 いくら自分が子供とはいえ、エリスにずっと看病をしてもらい、迷惑をかけ続けてきた。何か恩返しをしたくても、自分にできることは何もない。料理なら自信があるけど……、それだけで恩が返せるとは思えなかった。


 なかなか引き下がろうとしないジルを見て、エリスはしゃがみ、頭を優しく撫で始める。


「私は気にしてないから、全然大丈夫だよ。ジルの看病をしてたのも、好きでやってただけで無理はしてないの。もう一度ジルと一緒に暮らしたいと思って、看病してただけだから」


「本当に? 本当に、無理してない?」


「うん、本当だよ。私の顔、そんなに無理しているように見える?」


 優しい笑顔で撫でてくれるエリスは、嘘をついているように見えない。が、ジルは記憶をたどっても、迷惑をかけたことばかりが思い浮かんでしまう。


 そんなジルの心が手に取るようにわかるエリスは、ジルにある提案をする。


「どうしても気になるなら、錬金術師になってみるのはどうかな。動けなかったジルみたいに、困っている人を助けてあげるの。もしジルがポーションを作れるようになったら、安く売ってあげられることもできるでしょ?」


 唐突なエリスの提案に、ジルはキョトンとしていた。


「色々なポーションを飲み続けたジルにしか気づけないことだって、あるかもしれないじゃない? 料理と錬金術の作業って、ちょっと似てるような気がするし」


 そうやってエリスに言われたジルは、自分にできることがないか考え始める。


 ――料理と錬金術が似てるなら、おいしいポーションが作れないかな。安くておいしい、元気が出るポーション……。それができたら、エリスお姉ちゃんが寝込んだとしても、おいしいポーションを飲ませてあげることができる。


 ジルがそう思ったときには、エリスをまっすぐ見つめ、言葉を発していた。


「僕、錬金術師になる!」


 おいしいポーションを作りたい、そんな子供っぽい理由ではあるものの、ジルは錬金術師になることを心に決めた。


「ジルを治したポーションもね、実は私が買ったわけじゃないの。ちょっと意地っ張りで優しい錬金術師さんに、譲ってもらったんだよ。今度会ったら、ちゃんとお礼を言わないとね。同じ錬金術師になるなら、お世話になることもあるかもしれないし」


「うん。エリスお姉ちゃんにもその人にも、恩返しできるように頑張る」


「私は気にしなくてもいいよ。ジルが元気でいてくれたら、それでいいから」


「エリスお姉ちゃんにも、いっぱい恩返しするもん」


 目覚めてから妙に意地っ張りなジルに、エリスは思わず笑みがこぼれた。昔からこんな感じだったような気がすると、懐かしい気持ちに浸りながら。


「じゃあ、今夜は一緒に寝てくれる? もしかしたら、ジルの具合が悪くなるかもしれないし、一人で寝るには……ちょっと心細い日が続いちゃってたし」


 何年も眠り続けた弟が目を覚ますという夢のような出来事が起こったばかりで、エリスの不安は大きかった。目を離した隙に遠くへ行ってしまうような気がして、ジルと離れたくなかったのだ。


 しかし、前世の記憶が蘇ったばかりで、どこか近所に住む年上のお姉ちゃんのように感じるジルは違う。頭では実の姉とわかっていても、寝込んでいる間の記憶が曖昧なため、大人っぽくなったエリスと一緒に寝るのは、ハードルが高かった。


「う、うん。それは、別にいいんだけど……」


「ん? どうしたの?」


 キョトンとした顔で覗いてくるエリスに、ジルは思わず目を反らす。


「ちゃ、ちゃんと服は着てね? エリスお姉ちゃん、寝るときはいつも薄着だから」


 家の中をラフな格好で過ごすエリスは、ちょっとばかり露出が高い。ジルの顔が赤く染まってしまうほどには、薄着で過ごすのだ。


 可愛らしい弟が急に年頃の男の子みたいなことを言い出したので、八歳も年上のお姉さんであるエリスは、不敵な笑みを浮かべる。少しくらいからかってやろうと思い、自分の胸を両手で隠すような仕草を取り、軽いジト目でジルを見つめた。


「ふーん、そういう目で見てたんだ。ジルのえっちー」


「ち、違うもん! お母さんたちと一緒に暮らしてたときより、その、えーっと、あの、なんていうか……」


 そう、一番の問題は、エリスの体が急激に成長していることである。ぺよんっとしていた慎ましい胸も、三年の間にプクーッと膨らむほど成長しているため、目のやり場に困ってしまう!


 いくら相手が姉とはいえ、そんなことを言葉にするのは恥ずかしい。口にしようと思うだけで、プシューーーッと湯気が出るように頭がパンク。手を上下にバタバタと振って、口をパクパクと動かすことしかできないほど、ジルはパニック状態に陥っていた。


「ごめんごめん。前はそんなこと言う子じゃなかったから、ちょっとからかいたくなっちゃって」


「も、もう! エリスお姉ちゃんのいじわるぅ~」


 恥ずかしい気持ちを隠すため、プンスコと怒るジルに対して、ごめんごめん、とエリスは両手を合わせて謝る。


「ほらほら、もういじわるしないから、今夜は一緒に寝ようね。服も一枚余分に羽織ってあげるから」


「う、うん」


 結局、仲の良い姉弟に戻り、この日は一緒のベッドで眠ることになった。


 ジルは少しドキドキしていたものの、子供のせいか、寝つきは早い。布団に入って五分もしないまま、寝息をたてるほどに。


 気持ち良さそうに眠るジルを、いつまでもエリスは隣で眺めていた。明日もまた元気な姿を見せてね、と、子供をあやすように頭を撫でながら。

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