第36話:チャーハンを食べる2

「ジルくんが作る料理はおいしいよね。チャーハンがこんなにパラパラになるなんて、信じられないもん。私もこれくらい上手に作れたら、もっと積極的に料理してたのになー」


 ベッドの上で上体を起こしたルーナは、おいしそうにチャーハンを食べていた。


「ルーナお姉ちゃんも料理してたの?」


 ベッドの隣に置かれた小さな椅子に座るジルは、同じようにチャーハンを食べ進める。最近は二人で話しながら食事をするため、食べるペースは遅い。


「今は起き上がれないから、もう二年くらいは作ってないけど、姉さんと旅をしてたときは私が作ってたよ。姉さんに任せてたら、卵が真っ黒になるんだもん」


「えーっ。錬金術が上手だから、アーニャお姉ちゃんは料理できると思ってた」


「普通はそう思うよね。でも、実際に見たらビックリするよ。何回焼いても、卵を焦がしちゃうの。あっ、この話は内緒ね。姉さんにバレると怒られちゃうから」


 聞いちゃいけないことを聞いちゃった、と思うジルは、首が外れそうな勢いで何度もコクコクと頷く。


 仮に怒られたとしても、ふあっ!? なんでそんなこと話したのよー! と、顔を真っ赤にして照れる程度で、ジルが考えるように激怒することはない。


 絶対に話さないようにしなきゃ、と慌てるジルの姿を見たルーナは、子供って素直に受け取るから可愛いよね、と笑っていた。


 そんな会話が続きながら、二人がチャーハンを食べ終わると、ルーナは少し真剣な顔をしてジルと視線を重ねる。


「確か、ジルくんは夢で料理の勉強してたんだよね?」


「うん。色んな料理の勉強してたよ」


「正直に答えてほしいんだけど……」


 ジーッとジルの目を見つめたまま、ルーナは顔を近づけた。その姿にドキドキしつつも、ジルは目を反らすことができない。


「私もジルくんと同じように、料理ができるようになると思う?」


「う、うん。やり方を覚えたら、大丈夫だと思う」


「じゃあ、私が元気になったら……、料理の作り方を教えてくれない?」


 バリバリバリッ! と、感電したような衝撃に襲われたジルは、それはもう、元気よく立ち上がる! 好きな芸能人に手を差し伸べられ、思わずビシッ! と起立してしまうような、そんな心境。


 目をキラキラと輝かせたジルは、ルーナのニコッと微笑む姿に胸のトキメキが止まらない! まさに、これこそが恋である!


 とっくの昔にルーナに恋をしていたが、自分で理解してしまうほどの衝撃が走ったのだ。


 『状態異常:初恋』となったジルの目に映るのは、天使の羽がふわふわっと舞い上がり、この世の者とは思えないほど可愛い、ルーナの笑顔だけ。慈愛に溢れる女神様のようなルーナと一緒に、料理が作れる喜びをジルは噛み締めていた。


「うん! 一緒にいっぱい作る!」


「やったー、約束だよ」


 そう言ってルーナが片手を差し出すと、ジルの小指を手に取り、約束の指切りが交わされた。有頂天になったジルは、大好きなご主人様が帰ってきたワンコのように、ルーナに尻尾を振りまくって猛アピールをする。


「初めはどんな料理を作る? チャーハンがいい? オムライスがいい? 他のにする?」


 いつになるかわからない料理デートが楽しみで、ジルの頭は早くもお花畑状態だ。


「もう、気が早いなー。まだ先の話なのに。でも、やっぱり最初はオムライスかなー。半熟でトロトロの卵に、トマトソースがかかってるやつね。最初から半熟卵は難しいかな?」


「ううん、練習すれば大丈夫! 一緒にいっぱい作って、アーニャお姉ちゃんにプレゼントしよ?」


「ふふふ、そうだね。私が作れるようになったら、姉さんも喜んでくれると思うなー。毎食オムライスになりそうで怖いけどね。冒険してる時も、野営でオムライスしか作ったことないし」


 冷蔵保存できる箱に卵を入れ、アーニャのマジックポーチで持ち歩き、オムライスばかり作っていたのは、二年前の話。どこか懐かしい思いに浸るような表情を見せたルーナの手を、ジルはギュッと両手で包み込む。


 料理を教えてほしいと言われただけで、急に積極的になるジルだった。


「ねえねえ、アーニャお姉ちゃんとの冒険の話を聞かせて!」


「ええっ? 依頼を受けてばかりで、面白い話は少ないんだけどなー。こういうのは、姉さんの方が得意なのに」


「ルーナお姉ちゃんから聞きたいの。おねが~い」


「じゃあ、一番自信のあるやつにしようかな。依頼で隣国の街に着いた時にね、姉さんが門兵さんをいきなり殴って、軍隊に包囲された……」


 大人たちの黒い噂を聞いたことがないジルは、この日初めて、【破壊神】と呼ばれるアーニャ伝説の一端に触れてしまうのであった。

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