第93話:マジックポーチ1

 オムライスに元気をもらったアーニャは、エリスとルーナに今までの経緯を説明。今まで錬金術で作成したアイテムだけで戦闘してきたことや、弱体化したままジルを連れだしたこともちゃんと謝罪した。


 淡々とした口調でアーニャが話し終えると、封印された証拠を見せていないルーナに近づき、服を持ち上げてヘソを見せた。


 一人だけ「キャッ」と女子っぽい声を上げたジルは、目を隠して見ないようにしていたが。


「魔力が封印されて戦闘できない以外は、支障を感じたことはないの。簡単な魔法なら少しは使えるし、錬金術にも影響はしないから、本当に魔力が封印されたたげだと思うわ。一応、ジルにも見てもらったんだけど、異常な魔力は何も感じなかったみたい」


 初めて見る魔族の封印を確認するため、ルーナはアーニャのお腹をさすり始める。


「肌に刻まれちゃってる感じがするけど、痛みはない?」


「別に何も感じないわよ。魔法を使っても反応すらしないわ。どうして封印したのかわからないけど、生きているだけでもありがたいと思わないとね。……ちょっと、ルーナ。あまりさすらないでよ、くすぐったいから」


 恥ずかしそうに顔を赤くするアーニャに気づいたルーナは、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。ガシッとしっかり腰を手で固定すると、姉さんにも弱点があったんだね、と言わんばかりに高速でさすり始めた。


「あははは! ちょ、ちょっとやめなさい、ルーナ! あはは、くすぐったいわよ!」


「隠し事をしていた罰です。もう私に隠し事はダメですよ。本当に姉さんは、一人で抱え込んでばかりなんだから」


「さっきと言ってることが違、あははは!」


 弱体化したアーニャが逃れる術はなく、ルーナのこちょこちょを押さえ込むことはできない。破壊神の愉快な笑い声だけがこだまし、姉妹の仲良さそうな触れ合いに、目を開けたジルの体温が上昇してしまう。


 ――ふええっ!? エッチなことしてる!


 見てはいけないものを見てしまった気持ちになり、目を押さえながらジルは背を向けた。姉妹のじゃれ合いにドキドキするジルである。


 そんな弟の過剰反応が気になりつつも、二人の姉妹の関係が崩れることがなくて、エリスはホッとしていた。


「可能な限りで私も手伝いますし、ちゃんと言ってくださいね。アーニャさんは人に頼る習慣がなさすぎますから」


 エリスの言葉を聞いたルーナは、何かを思い出したようにハッとして、アーニャを開放。ベッドの下からガサゴソと箱から二つのポーチを取り出し、少し恥ずかしそうな顔をしながら、ゴホンッと咳払いをした。


「姉さんのことをお願いするために、というわけじゃないですけど、もしよかったら、エリスさんに使ってもらえると嬉しいなーって」


 エリスに差し出されたのは、ルーナがコッソリと作り続けてきた、アーニャとお揃いのポーチになる。


「日頃の感謝の気持ちを込めて、エリスさんにプレゼントを渡そうと思ったんですけど、何がほしいかわからなくて。ジルくんと相談して、姉さんとお揃いのポーチを渡そうってことになったんです」


「ありがとう……。こういうの初めて貰うからちょっと恥ずかしいけど、大事に使うね。ルーナちゃんが作ってくれたの?」


「エリスさんがいない時間にコッソリと、ですね。でも、マナを使って革をなめしてくれてのはジルくんだし、素材も一人で買ってきてくれたんですよ。その影響で、ジルくんの分まで作る羽目になりましたけど。はい、こっちはジルくんの分ね」


「わーい、ありがとう!」


「ちゃっかりしてるよね、ジルは」


 元々エリスのために作られたポーチなのだが、ジルはエリス以上に喜んでいる。感動して涙が出そうだったエリスが呆れるくらい、ジルは小さな部屋を走り回った。


 やった、ルーナお姉ちゃんに作ってもらったプレゼントだぁ……とウキウキだったのだが、次第に違和感を覚えてしまう。


 ――あれ? なめしておいたはずなのに、うまくいってないみたい。おかしいなー。


 一見、店で買ってきたのかと思うほど綺麗なポーチに見えるが、ジルは違う。マジックポーチを参考になめした魔封狼の革に、うまく魔力が流れていないのだ。丹念に魔石の粉末を刷り込ませたはずの内側に描いた模様が、沈黙するように働いていない。


 せっかくルーナが作ってくれたのに、自分のミスで失敗作にするわけにはいかないと思い、ジルはポーチにマナを収束させた。すると、スイッチでも入るかのように、ズォォォン! と膨大な魔力がポーチの中に生まれる。


 ――よかった。ポーチの形にしてから、マナを流さないとダメだったんだ。エリスお姉ちゃんのも、ちゃんとなめしておかないと。


 何食わぬ顔でテケテケテケとジルが走り出すなか、ズイズイズイー! と顔が前のめりになったアーニャは、これでもか、というくらいに大きな目を開けた。


(な、なによ、今の。ポーチの中に膨大な魔力が生まれたわよね。魔封狼の革が抑え込んで正確な魔力量はわからないけど、あの感覚は間違いようがないわ。まさかとは思うけど、私のマジックポーチと、似てないかしら……)


 チラチラと手元のマジックポーチとジルのポーチを比較し、歴史に残るとんでもない出来事がさりげなく行われようとしていることに、アーニャは気づく。


 ジルが走り出した先には、魔力を感じないポーチが一つだけあるのだから。


「いつもお世話をしてくれて、本当にありがとうございます」


「えへへ、どういたしまして」


 和やかな会話を繰り広げるルーナとエリスの間に、物理的にジルは割り込む。エリスが手に持つポーチに触れてマナを収束させると、ズォォォン! と再び魔力が生まれた。


 目まいがするようなフラツキを覚えたアーニャは、大きな深呼吸で心を落ち着け、キリッと顔を引き締めた。


「ちょっと待って。審議に入るわ」


「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 ほのぼのとした平和な空気に、アーニャはメスを入れる。


「エリス、そのポーチの中を覗いてほしいの。内側がどうなっているのか、一回でいいから確認してみて」


「別にいいですけど。あっ、もしかして、ルーナちゃんの手作りポーチがもらえなくて、拗ねちゃったんですか? 子供じゃないんですから、それくらい……ハァァァァァ!」


「どうしたんですか? 私、何か変なものでも入れちゃいま……えっ?」


 エリスがポーチの中を見せると、ルーナは固まってしまう。そして、何があったか気になったジルが覗き込む。


「えーっ!? すごーい! ルーナお姉ちゃん、マジックポーチ作っちゃったの?」


 奇しくもこの日、作り手が現れないマジックアイテム、クリスタルとマジックポーチが、たった一人の男の子の手によって、生み出されてしまうのであった。

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