第59話:採取の準備4

 何とか足のサイズを測り終えたジルは、店内でアーニャと一緒に椅子に座っていた。元々作り置きしてあった靴を店主が微調整し、ジルの足のサイズに合わせるところを見守っている。


「ねえねえ、アーニャお姉ちゃん。ここで見てる意味ってあるの?」


 子供のジルはジッと待つことが苦手だった。初めてきた店ということもあり、ソワソワして落ち着かないし、早く家に帰りたくて仕方がない。


「少しくらい落ち着いて待ちなさい。一人でエリスの元に帰るなら、引き留めはしないわよ」


 一気にしゅーんと鎮静化するのは、ジルらしい。アーニャが一緒でなければ、泣いて寂しがっているだろう。当然、こんなところで見捨てられたくはないため、ジルは大人しく待つことにした。


 今日のアーニャは、エリスよりもお姉さんっぽいのである。


 集中した店主が一時間ほどで靴のサイズ調整を仕上げ終えると、アーニャがマジックポーチから風の魔石を取り出す。


「風属性の付与は、この魔石を使ってちょうだい」


 アーニャから受け取った店主は、風の魔石を見て驚いた。


「い、いいんですか? この魔石、Bランクですよ」


「とびっきりいいやつって言ったじゃないの。手を抜いたら承知しないわよ」


「は、はい! この魔石を使わせていただきます!」


 二人のやり取りを目の当たりにしたジルは、自分のブーツを作ってもらっているにもかかわらず、チンプンカンプン状態だった。


 通常、子供の装備で使う魔石は、どんなに良いものでもCランクの魔石を使用する。成長してサイズが合わなくなるとわかっているため、貴族でもCランクの魔石しか使わない。


 なんといっても、Bランクの魔石は百万円もするのだ。可愛い子供のためとはいえ、高ランクの魔石は貴重なもの。貴族が子供のためにポンポン使ってしまえば、冒険者や兵士たちが使う分が減り、値上がりする。その結果、国や街の防衛力が下がるため、使うことを避けている。


 ましてや、友達の弟の装備にBランクの魔石を使うなど、絶対にあり得ない。


(危険な場所へ連れていくんだもの。これくらいは当然よ。エリスの悲しむ顔は見たくないわ)


 友達思いのアーニャは、妥協という言葉を知らなかった。魔物と戦い続けた冒険者の経験から、旅の準備を怠ることもない。金がなくなれば働けばいい、でも、命がなくなればそれで終わり。この世が弱肉強食であることを、アーニャはよく理解していた。


 慢心しない破壊神である。なんといっても、今日のアーニャはお姉さんっぽいのだから。


 店主がジルのブーツに魔石を近づけると、風属性の付与が始まったのか、ブーツと魔石が共鳴するように緑色に輝き始めた。それと同時に、アーニャはジルに耳うちをする。


「魔力がどうなっているかわかる?」


 アーニャが帰らずに待っていた理由、それは、ブーツの属性付与をジルに見せるためであった。


「おじさんがね、靴と魔石に自分の魔力を流してるよ。そうしたら、光り始めたの」


 自分の魔力で二つの素材を繋げてリンクさせたのね、とアーニャは分析。もちろん、アーニャも魔力を使っていることはわかる。しかし、ジルのように細かい部分までハッキリとはわからなかった。


「あとね、靴に流れる魔力が魔石よりも大きくなったら、魔石から靴へ魔力が流れ始めたよ」


 魔石の魔力はそういった性質があるのね、と、錬金術とはまた少し違う魔石の使い方に、アーニャは感心している。


「他に何か気づいたことはある?」


「一度に魔石の魔力を全部流さないで、何回かに分けてるみたい。少しずつブーツに馴染ませてる気がするの。こういうところは、お菓子作りで材料を混ぜる時と一緒だね」


「わからないわよ、オムライスで例えてちょうだい」


 お菓子を作ったことがないアーニャに、ジルの例え話は通じなかった。


 しばらく二人でコソコソ話しながら見学していると、店主の作業が終盤に差し掛かる。


「魔石の魔力はもう全部流れちゃったみたい。今はブーツ全体に流れる魔力を均等にさせてる感じかなぁ」


「マナを使ってる感じはする?」


「ううん。おじさんの魔力だけだよ」


「やっぱり錬金術とは違うのね。マジックアイテムの参考になればよかったのに」


 アーニャの言葉に、ジルはピクッと反応する。


 錬金術の中でも最も作成が難しいと言われる道具、マジックアイテム。アーニャの使うマジックポーチや、偶然作り出したエリクサーもその一つ。現在は、魔法を封じ込めたアイテムであるジェムの上位版『クリスタル』もマジックアイテムに分類され、作ることは困難を極める。


「何か作る予定だったの?」


「えっ? あー、まあ、そうね。そんなところよ」


 ちょっとばかり挙動不審になるアーニャは、ゴホンッと咳払いをして誤魔化した。


 あんたのためよ、とは口が裂けても言えない。子供のうちから視野を広げて、将来は立派な錬金術師になってほしいと願う、アーニャの親心のようなもの。身内でもないのに、なぜここまで期待してしまうのか、アーニャ自身にもわからなかった。


 急に様子がおかしくなったアーニャの姿に、さすがのジルも別の目的があったことに気づいてしまう。


 ――もっと良いエリクサーを作るために、ブーツ作りを見学してたんだ。月光草の採取へ行く前に勉強して、今度こそルーナお姉ちゃんの足を完璧に治すつもりなんだね。


 ジルの将来を見据えるアーニャと、優しいアーニャのことを考えるジル。二人の考えはいま、同調し始めていた。


 ジルなら(アーニャお姉ちゃんなら)、絶対にすごいものを作ってくれる、と。二人ともまさかの他人任せである。


 店主が無事にブーツを完成させると、早速ジルは履き替えた。すると、Bランクの魔石で風属性が付与されていることもあり、その性能の効果に驚き、狭い店内を走り回る。


「アーニャお姉ちゃん、すごいよー! 足がとっても軽いの!」


「知ってるわ。私も似たようなものを履いてるから。店のものを壊さないうちに、走るのはやめておきなさい」


「はーい!」


 今日のアーニャは大人のお姉さん……いや、もはやママである。子連れのママが息子のために、靴を買いに来ただけのような光景だ。


 マジックポーチからズッシリと重い袋を取り出したアーニャは、中身を確認することなく、店主に渡した。


「これで足りるわよね、多かったら残りはあげるわ。早くオンボロの店を建て直しなさいよ」


「えっ! あ、はい。えっ! も、もらい過ぎですよ!」


「なに言ってんのよ。あんた、ちゃんと正当な値段を請求するようにしなさい。ブーツに使ってる素材、ガストダイルの革よね。それだったら、それくらいが相場よ」


 アーニャの希望に応えようとした店主は、アーニャの言う通り、ガストダイルと呼ばれる魔物の革を使用していた。


 素早い動きで噛みつくワニの魔物で、風の魔石との相性もいい。ブーツにしては最良の素材であるため、高値も付きやすい。そこへサイズ調整や属性付与の工賃を考慮すれば、値段も跳ね上がる。


「し、しかし、このブーツは……」


「ネチネチとしつこいわね。ちょっとくらい多く払ってても、後で文句を言いに来ないわ。適当においしいものでも食べなさいよ」


 反論しようとした店主に、アーニャはちょっぴりキレ気味で口を塞いだ。


 しかし、このブーツの素材は……、他の高ランク冒険者が装備を作る際に持ち込んだ残り物になる。良質な素材ではあるけれど、ハッキリ言えば、余りもので作ったブーツだ。風の魔石もアーニャの持ち込みであり、正規の値段をもらうのは気が引けてしまう。


 しかも、袋の中には金貨三百枚が入っており、日本円で三百万円にもなる。銅貨が一枚多いくらいなら、ラッキー程度で済ませるけれど、額が大きすぎると怖い。でも、もう一回アーニャに反論するのは、もっと怖い。


 もう一度言うか、言わないかをアタフタとしていると、走り回っていたジルが近寄ってきた。


「アーニャお姉ちゃん、本当に買ってもらってもいいの?」


「大した値段じゃないわ。錬金術師になった記念に、これくらいなら買ってあげるわよ」


「わーい、ありがとー!」


 アーニャに勢いよく抱きついたジルは、ふぎゅっと顔が潰れる。はいはい、と頭をポンポンする母性全開のアーニャを見て、店主はそっと金貨の入った袋を隠した。


 普通は金貨三百枚もするブーツを、これくらい、とは言わない。ジルが値段を知ってしまえば、アーニャに気を遣ってしまうだろう。それが原因で二人の関係に亀裂が入るなど、絶対にあってほしくなかった。


 そのまま親しげに店を後にしたアーニャたちを見て、店主は思う。アーニャさんが言うなら、店を建て直すか、と。


 独り身の自分はボロ家と同じで、このまま廃れていくものだと思っていた。でも、アーニャさんの役に立てるなら、もう少し頑張ってみるのも悪くない。自分にふさわしい店など興味ないが、アーニャさんにふさわしい店があれば……いいかもしれないな。


 この時の店主がふと思ったことが、後に色々な街から装備の生産を頼まれる伝説の鍛冶屋と呼ばれることになるとは、まったく思っていなかった。破壊神アーニャのお墨付きであるという、ちょっと変わった店『デストロイヤー』が有名になるのは、まだまだ先の話である。

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