第78話:ポーチ作り3

 ルーナに報告した後、ジルは魔封狼の革をなめすために作業部屋へ戻った。アーニャに借りたマジックポーチを作業台の上へ置き、購入した魔封狼の革と見比べる。


 ――う~ん、買ってきた魔封狼の革にマナは流れてないけど、マジックポーチの革は魔力が刷り込まれてる気がする。


 通常、魔物の表皮には魔力が流れ、血液と同じように循環している。が、魔物は命を失うと魔石に全ての魔力が集まり、体内の魔力が消失する特徴があった。そのため、取引されている革には魔力が流れていないのだ。


 ジルが念入りに見比べるものの、他に変わった点は見つからない。持ち上げて底を確認しても、横から見ても同じで、魔力の有無しか違いはなさそうだった。


 これだけなら本当に簡単そうだなーと思いつつ、マジックポーチの中を覗いたジルは、絶句する。


 ――もしかして、これも真似しないとダメなのかな。すごいし、多分そうだよね。魔石の核を粉末にした後にマナで刷り込んでるんだと思うけど……、アーニャお姉ちゃんに相談してみようかな。


 マジックポーチの内側に刻まれた魔力を読み取ったジルは、丁寧に描かれた模様に気づいた。二つの魔力が反発することで生じる、膨大なエネルギーを魔封狼の革が閉じ込めている。それが、マジックポーチの構造だとは思わない。なめす、という行為に含まれていると解釈した。


 錬金術の知識に疎いジルがアーニャに教えてもらっているのは、実技のみ。難しい話を理解できないジルに細かい説明を省いているため、自分がとんでもないことを理解したと、本人はまったくわからない。


 参考にしているのは、あくまでマジックポーチなのである。


「ねえねえ、アーニャお姉ちゃん。魔石を使ってなめす人もいるの?」


「……そうね、低ランクの魔石を使ってやる人もいた気がするわ。確か、魔力やマナを流すのが苦手な人は低ランクの魔石で代用する、みたいな感じだったはずよ。誰かが廊下で話してたことを聞いた程度だから、一般的なやり方の一つだと思うわ」


 こんなに面倒な作業をやらなければならないのか、と思ったジルは、ちょっぴり落ち込んだ。椅子に座りっぱなしのアーニャは、手伝ってくれそうにない。


 はぁ~とため息をこぼしつつも、ジルは諦めようと思わなかった。ずっと看病をしてくれたエリスにプレゼントを渡したいし、せっかくルーナが一緒に作ろうと誘ってくれたのだ。諦めるという選択肢はない。


 何より、エリスとお揃いのポーチをルーナに作ってもらいたい。大好きなルーナの手作りポーチを毎日つけて、街を一緒に歩きたいのだ。頑張ってお使いにも行ったのに、ここでやめるのはもったいない!


「じゃあ、魔石も使ってやってみようかなぁ。もしかしたら、マナより魔力を使った方がいいのかもしれないし」


「一理あるわね。魔封狼は魔法が効かない魔物で、厄介な相手なのよ。おそらく、表皮に魔力を流すことで魔法を無効化する障壁を作り出していると思うの。何度か討伐したことがあるけど、マナを使っている印象はなかったわ。つまり、マナよりも魔力の魔力を流した方が……」


「アーニャお姉ちゃん……」


「少しくらいは理解しなさい。一人でわかった気になってもつまらないじゃないの。とにかく、マナよりも魔力の方が合うかもしれないってことよ。魔石が使いたいなら、作業台の一番下の引き出しにあるわ」


 ジルが腰を落として引き出しを開けると、そこには無造作に大量の魔石が敷き詰められていた。子供のおもちゃを適当に押し込みました、というような感じで、とっても雑。


「冒険者活動していた頃の戦利品よ。高ランクの魔石は別の場所にあるから、そこにあるのは好きに使ってもいいわ」


「えーっ! アーニャお姉ちゃん、ありがと! いっぱいあって、どれにしようか迷っちゃうなー♪」


「何でもいいんじゃないかしら。命に関わるアイテムじゃなくて、普通のポーチを作るんだもの。それで、マジックポーチを見てて、何か気づくことはなかった?」


 キラーンッと目を光らせたアーニャは、ガサゴソと魔石を漁るジルを見つめる。マナの認識能力が高いジルがじっくり観察すれば、マジックポーチの構造を把握するかもしれないと、めちゃくちゃ期待していたのだ。


「革のなめし方はなんとなくわかったよ。アーニャお姉ちゃんが言ってくれたみたいに、ブーツと同じようにマナを馴染ませたらいいと思うの。革に魔力がいっぱい流れてるみたいだから」


 しかし、すべてが革をなめす行為だと思うジルは、特別なことを言わない。


「……それだけ?」


「うん。他にやることはなさそうだよ」


「あー、そう。魔封狼が生きていたときの革を再現する感じなのね。妥当なところだと思うわ」


 ジルが嬉しそうに魔石を選ぶ姿を見て、アーニャはちょっぴり肩を落とした。


(さすがにマジックポーチの作り方はわからないみたいね。まあ、こればかりは仕方ないわ。まだジルは錬金術に触れてから、ひと月も経ってないんだもの。過度に期待するのは可哀想ね)


 選ばれし錬金術師しか作ることができないと言われる、マジックアイテム。子供のジルに過度な期待をするべきではないと頭でわかっていても、アーニャは我慢ができなかった。月の洞窟で魔石化した月光石を見つけたように、ジルにしか見えない景色がある、そんな気がして……。


(何を考えてるんだか、私は。エリクサーを作った日から、夢を見すぎね。早く月光草と魔石化した月光石のデータをまとめないと、今夜も徹夜になるわ。エリスに怒られないように、今日は早く寝ないと)


 手元の紙に視線を戻し、少しでも早くルーナの治療薬を完成させようと、再びアーニャはペンを走らせる。スラスラッと手を動かして集中するアーニャの視界には、ジルの姿が映らない。そのため、ジルの奇妙な行動に気づかなかった。


 光と闇の魔石だけを厳選し、魔石の核を粉末にしたもので、パティシエがデザートを作るように、魔封狼の革に模様を描き始める。それを高濃度のマナで何度か刻印するように馴染ませていくと、描いた模様は溶け込むように消えていった。


 アーニャに気づかれることなく、魔封狼の革を順調になめしていく。マジックポーチの革を参考にした、魔封狼の革を……。

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