第34話:ジェム作り4

 魔石から核を取り出し、マナの処理が終わると、アーニャは切り落とした魔石の欠片を集めて、一つの袋にまとめた。


「ちょっと固いけど、魔石の欠片を砕いていくわよ。これは気合いでやるしかないわ」


 そう言いながら、トンカチを片手にバーンッ! バーンッ! バーンッ! と叩き始める。簡単に割っているように見えるものの、【破壊神】の二つ名を持つアーニャが手こずるはずもない。


「あんたもやってみなさい」


「うん」


 一方、ゴン、ゴン、と遠慮がちに叩くジルは、まったく魔石が割れていない。か弱い子供ということもあって、トンカチを使っての力作業は厳しい。中華鍋を振るくらいの力はあっても、意外にしんどいのだ。


「もっと思いっきりやりなさい。錬金術ギルドの机は特殊加工してるから、あんたの力じゃ傷もつかないわ。壊すぐらいの気持ちでいいのよ」


「う、うん! えいっ!」


 ゴンッ


「魔石に当たってないじゃない。もっと狙いをつけて叩きなさい。粉々にするまでやらなきゃいけないのよ」


「ええっ!? そんなの腕が壊れちゃうよー」


「泣き言はいらないわ。叩くだけなんだから、力の続く限りガンガン叩きなさい」


 アーニャが一番簡単だと思っていた行程で、ジルはヒィヒィと声をあげながら、トンカチで叩き続ける。冒険者育ちのアーニャは力任せの作業が妙にスパルタで、粉々になるまで熱血指導が続いていく。


「もっと腰を入れるの! しっかりと足で踏ん張りなさい!」


 ***


 十分ほどトンカチを振り続けてヘトヘトになったジルは、目の前にできた魔石の粉末を見て、疲れ果てていた。錬金術でこんなにも力が必要になるなんて、夢にも思っていなかったから。


 そんなジルとは対照的に、久しぶりに何度も声を張ってスッキリしたアーニャは、小さな鍋に湯を沸かして、いくつか木の実を入れ始める。


「後は簡単な作業よ。沸騰した湯にハデンの実を入れて、実が溶けるまで煮詰めるの。ハデンの実は熱に弱いから、すぐに溶けて湯が緑色になるわ」


 アーニャがハデンの実を入れ終えると、ジルが鍋を覗き込む。すぐに不気味な緑色に変わる湯とは違い、香りはそこまで悪くない。森の中にいるような気持ちになる、落ち着いた自然の香りが広がる。


 火から鍋を離して、ハデンの実を溶かした液体が人肌の温度に冷めるまで待った後、アーニャは魔石の粉末と混ぜ合わせた。すると、ドロドロとしたスライムのような生地になり、次第に粘土みたいな弾力を持ち始める。


「魔石の欠片は封魔石とも呼ばれていてね、魔石の核が暴走しないように、マナや魔力を抑え込む働きをするのよ。湯に溶かしたハデンの実は冷えると固まるから、繋ぎに使うわ」


「ハンバーグの卵みたいなものだね」


「それは知らないけど、まあ、多分そんな感じよ」


 詳しく聞いてあげてもいいのだが、あまり時間もないので、アーニャは適当に返事をしていた。早く作業しないと、乾燥して固まってしまうのだ。


「後はこの粘土みたいなものを丸くして、真ん中に穴を開けるの。そこに魔石の核を入れて、もう一回クルクルと回して丸い形を作るだけよ。やってみなさい」


「うん。やっぱりハンバーグみたいだね。チーズの代わりに、魔石の核を入れるだけだもん」


「なによそれ、おいしそうね。今度、オムライスにハンバーグも付けてもらおうかしら。でも、夜に食べようとしたら、冷めてしまうわね」


「チーズを入れるなら、温かくないとおいしくないよ。昼ごはんをハンバーグにする?」


「昼からハンバーグを食べるのは、ちょっと抵抗があるのよね。贅沢をしすぎて、罰が当たりそうな気がするのよ」


 貴族街に住んでいるにもかかわらず、食に対しては謙虚なアーニャだった。


「アーニャお姉ちゃんは、神様を信じるタイプなの?」


「子供のクセに、薄汚い大人みたいなことを聞くんじゃないわよ。そんなことを言ってると、罰が当たるからやめておきなさい」


「どっちか気になっただけなのにー」


 などと会話してる間に、魔石の核を入れ終えた、丸い塊が出来上がる。このまま固まるまで、後は十分ほど待つだけ。


 アーニャとジルが、ハンバーグをどうするか話し続けるうちに十分経過すると、魔石から形を変えただけのような魔法石、ジェムが完成した。なお、ハンバーグの予定は未定のままだった。


「本当は乾燥した後に、炎属性なら赤色、水属性なら青色に塗って完成よ。まあ、今日は塗らずに使うわ。どういうものか知っておいた方が、今後の役にも立つから。一緒に割るから、一つ持ちなさい」


 言われるがままジェムを持ったジルは、少しばかり不安そうな顔をしていた。


「怖がる必要はないわ。変なことを考えない限り、魔法が発動しても動かないから。じゃあ、せーのでジェムを握り締めるわよ。破壊する気持ちで思いっきりやりなさい。いいわね?」


「う、うん。アーニャお姉ちゃんが、そういうなら」


「怪我なんてしないから、気にすることないわ。それじゃあ、いくわよ。せーのっ!」


 二人が手をギュッと握り締めると、パリパリパリッとガラスが粉末になるように、ジェムが崩れ落ちた。その瞬間、二人の目の前に炎の剣が誕生し、浮遊する。


「顕現した魔法は、ジェムを割った者のコントロール化にあるわ。イメージをしっかり持って割れば、もっと別の形にもできるの」


 ジェムを割ったとはいえ、初めて魔法を使ったジルは呆気に取られていた。


「あぁー……そういえば、あんたは魔法を使ったことがないんだったわね。少しだけ右にずれるイメージをしてみなさい。けっこう簡単に動くわよ」


「こ、こう? わっ、本当に動いた」


 アーニャに言われた通り動かすと、ズズッ、ズズズッと、魔法の剣が控えめにズレるように移動した。


「ジェムを手で握り締めなくても、地面に投げつけてもいいけどね。今回は握っても危なくないと体験するために、握り潰しただけよ。痛くなかったでしょ?」


 初めて魔法を使っているジルは、目の前の炎の剣から目を離せず、アーニャの言葉にコクコクと頷く。さっきまでマナ操作を完璧にこなしていたのに、驚きすぎて声もでないジルの姿がおかしくて、アーニャは頬を緩めた。


 そして、魔法が顕現してから十秒が過ぎ去ろうとしたとき、ふわぁ~っと、空気に溶け込むように炎の剣は消え去っていった。


「あっ、消えちゃった……」


「そんなに落ち込まないでよね。Eランクの魔石であそこまで残れば、長い方よ。最初に核を取り出したときに、ほとんど傷がついてなかった影響ね。製品としても、すぐ売れるぐらいの出来よ」


 アーニャの言う通り、冒険者たちや町の治安を守る兵士たちが、喜んで買うほどには上出来だった。魔物と連戦して疲れているときや、初級冒険者が強敵と出会ったときの切り札にするには、Eランクの魔石は非常に有効である。


 特に低ランク冒険者は魔力や体力の配分を間違い、危険を伴うことが多い。ポーションと違って腐ることもないため、パーティでいくつか持っておくだけでも、生存確率がグッと高まるのだ。


 その有用性を象徴するように、初めて冒険者登録した人には、冒険者ギルドがジェムを一つ渡すようにしている。実際に若い冒険者の死亡率が減ったデータも公表されたことで、治安維持のために兵士まで持つようになった。錬金術ギルドとしては、ウハウハである。


 ただ、アーニャと初めて一緒に作ったジェムが、こんなにもアッサリと壊れて無くなってしまったことが、ジルはショックだった。目元がウルウルとして、口が『へ』の字に曲がってしまうほどに。


「アーニャお姉ちゃんと、せっかく一緒に作ったのに……」


「わ、悪かったわよ。今度は壊さない物にしてあげるから、泣くのはやめなさい。私がいじめたみたいになるじゃない」


 いつ泣いてもおかしくないジルを、アーニャは必死に慰める。昼ごはんの時間が近づいているため、もうすぐエリスがやって来るのだ。


 あの姉バカにこんなところを見られたら……、そう思うだけで妙に焦ってしまう、アーニャなのであった。

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