第71話:膝枕は許さない
「ルーナお姉ちゃ~ん! ただいまー!」
アーニャの家に帰宅したジルの第一声が、これである。
ルーナの部屋をノックもせずに入り、ようやく帰ってきたのね、と笑顔を向けたエリスを置いて、ルーナの元へ飛び込んだのだ。両手で出迎えたルーナは、よーしよーし、と優しくハグをすることで、仲良しアピールを全開。
こういうのは姉である私の役目じゃないの? と思っちゃうエリスは、目の前の微笑ましい光景を眺めていた。
ちなみに、玄関で別れたアーニャは、作業部屋で月光草の仕分けをしている。
「おかえり、大丈夫だった?」
「うん。アーニャお姉ちゃんが守ってくれたのー」
「そっかー、よかったねー」
ルーナのハグから解放されたジルは、ポワポワァ~ッとだらしない笑顔を見せたまま、エリスに近づく。
「エリスお姉ちゃん、ただいま」
「……うん、おかえり」
弟が無事に戻ってきてくれて嬉しい気持ちと、迷いもなくルーナを優先した嫉妬心に襲われ、エリスは何とも言えない気持ちで迎え入れていた。
これが、親離れするってことなのかな、という虚無感に襲われながら。……いや、エリスは姉だが。
「もう夜だけど、いつ帰ってきたの? 夜間になると閉門して街に入れないと思うんだけど」
「そうなの? アーニャお姉ちゃんがお願いしたら、急いで門を開けてくれたよ。優しい兵士さんだったのかなー」
一応補足するが、破壊神と呼ばれるアーニャに、街が破壊されないようにするための防衛措置である。
本来であれば、かなり身分が高い人でもない限り、一度閉めた門を開くことはない。これは街の安全を優先するためであり、国が決めたルールである。
しかし、アーニャは例外なのだ。急いで開門しないと、門が破壊されてしまうのだから。
最初に起こったのは、四年前だろうか。アーニャとルーナが隣国を旅していた時のこと。迷子になった二人は、夜間に街へ到着したことがある。一応、外壁に残る門兵に入れないかルーナが確認したところ、「門を開けることはできない」と断られてしまった。
やっぱりダメですよね、とルーナが残念そうにするなか、なんとアーニャは、「人が足らなくて開けられないのね。なら、私が開けるわ」と言い放ち、すんんんっっっごい重い扉をスーッと開けてしまったのだ。ゴゴゴッと重そうには開けたのではない、スーッである。
大人が十人以上集まって開ける重い門だった。魔物が勢いよく突進して来ても、外からは開かない構造になっていた。しかも、鍵がかかっていた。
でも、普通の家の扉のように、アーニャはスーッと開けて壊してしまったのだ。
治すのに一か月かかり、街の兵士は夜勤が増え、本人に直接文句も言えないという、恐ろしい事件が発生。勇気を持って街の領主が注意したら、「開けちゃダメって決まりはあったの?」と、アーニャは尋ねてきた。
普通はそんなことをする人がいないため、いや、普通はできないため、決まりなんてあるわけもない。コッソリとルーナが謝罪して、修理費を払っていなければ、処罰されていたことだろう。
よって、ただただ実話だけが広まったアーニャ伝説を知る門兵さんは、至急、開門するしか選択肢がなかっただけである。
「姉さんは野営が嫌いだからね。断られても、門を開けちゃうの。一応、私が止めはするんだけど」
ちなみに、アーニャは両手で数えられるくらい門を自力で開けている。そのため、ルーナにとっては日常の出来事だった。
破壊神アーニャによる、門破壊エピソードである。
黒い噂は本当だったんだ……とエリスが苦笑いを浮かべつつも、ジルが無事に戻ってきてくれたことが何よりも嬉しい。そして、姉として、アーニャに迷惑をかけていないか確認する。
「ちゃんとアーニャさんの言うことは聞いた? 我が儘は言わなかったよね」
「うん、大丈夫。オムライスもね、ちゃんと作ったよ」
「じゃあ、魔物と出会ったときは泣かなかった? 生きる魔物を見るのは初めてだったでしょ」
「うん。でも、すぐにアーニャお姉ちゃんが魔法で倒してくれたの」
「さすがアーニャさんね。それなら、夜は一人で眠れたよね」
「……うん。ね、眠れたよ」
「ジル、本当のことを言いなさい。嘘はダメ」
「最初は我慢したの。我慢したけど……、手を繋いでもらった」
「それくらいの我が儘なら大丈夫かな。アーニャさんに膝枕でもお願いしてたら、どうしようかと思ってただけだから。よく頑張ったのね、ジル」
なぜか膝枕に厳しいエリスは、ジルに向かって両手を広げた。今度こそ姉弟で仲良くハグをすると、その光景をちょっぴり険しい表情でルーナが見つめる。
(姉さんが魔法を使うほどの魔物って、この辺りにいたっけ。ジルくんの服から魔除けのポプリの香りがするのも、おかしいと思うの。なんだろう、私の気にしすぎかな……)
採取したばかりの月光草の手入れをするアーニャは、この日、ルーナの部屋に顔を出すことはなかった。何よりもそのことが、ルーナの頭に引っ掛かり続けるのだった。
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