第14話:アーニャさんはオムライスがだ~い好き

 試験中のジルを引き連れ、エリスとアーニャの三人で錬金術ギルドを出発。途中で市場に立ち寄って買い物を済ませた後、買った商品をバッグに入れたエリスが後ろを歩き、ジルとアーニャが並んで前を歩いていた。


 その光景は、とても斬新だった。


 破壊神と恐れられているアーニャが子供と並んで歩くなど、絶対に考えられない出来事なのである。すれ違う人が振り返り、「似てるな、そっくりさんか」と呟くほどには、不思議な光景。もちろん、アーニャかどうか確認しているため、見間違いではないのだが、オムライスのことで頭がいっぱいのアーニャは嬉しそうな笑顔を見せているため、別人だと思われていた。


「どこでオムライスの作り方を習ったのよ」


「ゆ、夢で父さんと一緒に作ってただけ、かな」


 アーニャの口調は少しばかり刺々しいものの、人見知りのジルはあまり怯えることなく、接することができていた。これは単純に、命の恩人であるアーニャに失礼なことはできない、というジルの感謝の気持ちが反映されただけである。


「ふーん。完熟トマトを買ったのは、どういうつもりなの? まさかとは思うけど、チキンライスに混ぜて炒めるわけじゃないでしょうね。そんなことをしたら、ベッチョベチョになるわよ」


「えっ、いや、せっかくなら、トマトソースを作ろうかなって」


「と、トマトソースですって!? あんた、自家製のケチャップを作る気なの?」


「チキンライスの方じゃなくて、た、卵の上に……」


「卵の上にかけるの? 卵は半熟なのよね? ど、どういうことなの。もうちょっと詳しく教えなさいよ」


「ええっ!? 詳しくって言われても、困る……。見た方が早いし、作り終わるまで待っててほしいなー」


「待てるわけないじゃない。だって、オムライスなのよ?」


「あう……」


 アーニャに押されながらも、普通に会話をするジルを見て、エリスは不思議そうな顔を浮かべていた。


(ジル、どうしてアーニャさんと普通に日常会話が成立しているの? 今朝知り合ったばかりだよね。私の記憶が確かなら、アーニャさんはかなり厚い壁を作るタイプよ)


 ちなみに、アーニャとエリスが打ち解けるまで、一ヶ月ほど時間がかかっていた。それまでは、仕事の会話だけで日常会話をしてもらったことは一度もない。だから、二人で普通に会話が続いていることに、エリスは驚きを隠せなかった。


「僕は半熟が好きだけど、作り方は色々あるよね? 卵にハムを入れて焼いたりとか、チーズを入れて焼いたりとか……」


「あんた、オムライスの夢を見る天才なの!? 卵に具材を混ぜて焼くなんていう斬新な発想、今まで見たことも聞いたこともないわ」


 目をキラキラと輝かせて驚くアーニャは、どっちが子供かわからないくらい、微笑ましい表情をしていた。新しいオムライスを想像しただけで、ニッコニコのアーニャである。


 ――やっぱりアーニャお姉ちゃんは良い人なんだろうなー。僕といっぱい話してくれるし、料理が好きみたい。夢の中の父さんも頑固で誤解されやすかったから、アーニャお姉ちゃんもそういう感じの人だと思う。


 前世の経験から、奇跡的にアーニャが良い人だと見抜いたジルは、見とれるように眺めていた。


 どうして自分を助けてくれたんだろうか。

 自分に何か恩返しはできないだろうか。

 何でオムライスの話をするときは、素敵な笑顔になるんだろうか。


 色々なことを考えながら、アーニャの隣をジルは歩き続ける。その二人の姿を見ていたエリスは、次第に大きな溜め息がこぼれた。


 錬金術ギルドを出てから、ずっとオムライスの話が続いていたのだ。ちょうど昨日は、ジルが大根だけで数時間も話し続けたばかり。今度は一生分のオムライスの話を聞いているような気がして、飽き始めていた。


「アーニャお姉ちゃんは、オムライスが好きなの?」


「当然じゃない。人類はみんなオムライスが好きなのよ。嫌いとか言うやつは、だいたい前世が魔物だから、深く関わらないようにしなさい」


 恐ろしい前世占いである。おそらく魔物は、オムライスを食べたことすらないだろう。仮に食べたことがあったとしても、それはただの好みの問題であって、意外にオムライスが好きな魔物もいるかもしれない。


 そもそも、オムライスは人が考えて作り出した料理であり、どう考えても魔物との関連性は見つからない。


「ええっ!? 怖い……。今度から初めて話す人には、オムライスが好きかどうか確認しないと」


 ピュアな心を持つジルは信じてしまうが。


「良い心がけね。ちなみに、オムライスよりもオムレツが好きって言う女にも気を付けなさい。だいたい前世でカエルを踏んで、怒りを買っているのよ。だから、雨女になっちゃうの。一緒に外出すると、雨に打たれることが多くなるわ」


 アーニャのなかで、前世占いのブームでも来ているのかもしれない。雨女に理論理屈はないだけでなく、オムレツとカエルの関係性も見当たらない。何より、カエルは雨を降らすことができないため、カエルの怒りで雨女にはならないだろう。


 しかし、料理マニアのジルにとっては、最高に面白い話となっている!


 前世でも今世でも聞けなかった、料理にまつわる不思議な話。オムレツとオムライスに関連する無駄な知識が、次々に埋まっていく。


 正しいかどうかは、別として!


 真剣に話を聞くジルは、「好きなオムライスの具材でも何かわかるの?」と、探求心が働き、質問してしまう始末。「なかなか良い質問ね」と、どや顔をするアーニャは最高に嬉しそうだった。


 その質問を待っていたわ! と言わんばかりに。


 オムライスという共通の話題で異常に話が盛り上がるなか、置いてきぼり状態のエリスは、額に手を当て考え始める。


(長い間アーニャさんの担当してるのに、こんな話をされたことは一度もないよ。私……アーニャさんにオムライスを好きか聞かれたことあるけど、何て答えたっけ。どうしよう、前世が魔物だと思われていたら)


 憧れているアーニャの評価が気になり始めたエリスは、耳を済ませてオムライスの豆知識を真剣に聞き始める。


 オムライスに椎茸を入れるのは邪神という、絶対に間違った知識がエリスとジルに蓄積してしまう。しかし、今後もアーニャと良好な関係を築くためにも、聞いておくべきだとエリスは判断した。前世が魔物だと、勘違いされないためにも!


 しばらく真剣に聞いた後、アーニャと仲良くしている時点で、前世が魔物だとは思われていることはないだろうと、エリスは悟るのだった。

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