第7話:仮登録

 パン屋さんのブランクに見送られた後、しばらくジルとエリスが歩き進めていくと、大きな建物が二つ見えてきた。


 一つは、看板に剣のマークが描かれている冒険者ギルド。もう一つは、看板にフラスコの絵が描かれた錬金術ギルド。二つの建物は人の出入りが多く、依頼で協力関係になることも多いため、隣接して建設されている。


 エリスに手を引かれて錬金術ギルドの中へ入ると、広々とした立派な光景がジルの目に飛び込んできた。


 緑色の絨毯が敷き詰められ、革で作られた光沢のある椅子と机が並んでいる。依頼掲示板に貼られている依頼用紙も、すべて平行になっていて、読みやすい。半円を描くような受付カウンターのテーブルには、姿勢を正す三人の女性が座っていた。


 パッと全体を見た印象としては、高級ホテルのラウンジのような光景である。


 外から建物を見たことがあっても、中へ入るのが初めてだったジルは、呆気にとられてしまう。姉に手を引かれて歩き始めても、ポッカーンと大きな口を開けて、周囲を見渡していた。


 受付カウンターへ到着すると、一人の女性が立ち上がり、軽くを手を挙げてエリスに挨拶をする。応えるように手を挙げて「お疲れ様」と声をかけると、「頑張ってね~」と言葉を返して、バックヤードへ下がっていく。


 錬金術ギルドは二十四時間営業のため、エリスと交代で仕事をあがることになっていたのだ。


 作業部屋で長時間の作業を繰り返す錬金術師は多く、基本的にはマイペースで、徹夜なんて当たり前。次第に昼夜逆転の生活になる者もいるため、常にギルドを開けておく必要がある。稀に、家や宿に素材や器具を持ち込み、ギルド以外で作業をする人もいるが。


 ジルに椅子へ座るように促した後、エリスは受付カウンターの中へ入っていく。


 ギルド内の雰囲気に飲み込まれたジルは、挙動不審になりながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。すると、不意にカウンターに座るエリス以外の受付女性と目が合ってしまう。


「ふぇ~~ッ!」


 恥ずかしさのあまり、情けない声を出したジルはすぐに俯きになった。


 その光景がおかしくて、エリスは口元を緩めながらも、ジルが錬金術師になるための書類を書き始める。


 途中で、「噂の弟くんなの~?」「やだー、けっこう可愛いじゃん」などと、ちょっかいを出しにくる同僚たちを「はいはい、二人は大丈夫でーす」と、軽くあしらいつつ、素早く手続きを済ませていく。


 いきなりエリスと同年代の女性に興味を持たれたジルは、顔を真っ赤にするほど恥ずかしくて、縮こまり続けた。イジメられているわけでもないし、同僚もジルも慣れるまでは仕方ないかなと思い、エリスは深く考えないようにする。


「ジルは錬金術ギルドのこと、ほとんど知らないよね?」


「えっ、う、うん。ポーションとか石鹸とか、役立つものを作ってるギルドってイメージかな」


「表向きのイメージとしては、そんな形であってるよ。貴族や冒険者ギルドの依頼を受けてポーションを作ったり、魔石を使った攻撃アイテムの研究や生活用品の研究をしたりする人もいるね」


 HP(生命力)回復ポーションは擦り傷や損傷などの怪我、MP(魔力)回復ポーションは魔法で使いすぎた魔力を回復する。麻痺や毒などの状態異常を回復するポーションは、また別の種類になる。


 攻撃アイテムは様々で、魔法の力を封印した攻撃アイテムの『ジェム』や『爆弾』が人気であり、魔石を使った製品は冷蔵庫や扇風機など、幅広く活用されていた。


「あと、自分でお店をやってる人もいるよね。そういう人はすっごいお金持ちなんだって、ブランクお兄ちゃんが言ってた気がする」


「ブランクと何の話をしてるの? あながち間違ってもないけどね。魔石製品を作って社会に貢献しても、最初は高値で貴族中心に販売されるから。値段が落ち着かないと庶民の私たちには手が届かなくて、錬金術ギルドのイメージはポーションばかり。貴族と取引することが多いのは事実だし、周りからは金の亡者だと誤解する人が多いわ」


「でも……実際に高い、よね? 僕の治療に使ったポーションも、いろんな種類があったし」


「幅広い値段のポーションがあるのは事実だけど、ジルの治療費のことは心配しなくてもいいって言ったでしょ。私もほとんど出費してないんだし、気にしないで。それより、錬金術ギルドの仮登録は無事に終わったから、ちゃんと頑張ってね」


「……ん? 仮登録?」


 エリスの不穏な言葉に、ジルは首を傾げた。


 錬金術ギルドで手続きをすれば、すぐに錬金術師になれると思っていただけに、頭がハテナマークで埋め尽くされる。


「そう、仮登録。錬金術に必要なのはね、繊細な作業をこなす集中力と、マナを用いて特殊な物質に変換するセンスが必要なの。だから、錬金術師になるための試験があるのよ」


 そう言ってカウンターの下をガサゴソと音を立てると、カウンターの上に買い物かごくらいの箱を置いた。中には、薬草やフラスコ、ポーション瓶など……低級ポーションを作成するための道具が入っている。


 ちなみに、マナとは空気中に含まれるエネルギーの一種になる。これを人が体内に取り込むと魔力に変換され、魔法を使うことができる世界なのだ。


「期限は今から一週間。低ランクポーション作成キットで、一つでもポーションを作ることができたら、合格だよ。当然、レシピはないからね。生活用品でもない限りは公開しないことが基本だし、自分のアイデアで作り続けたり、全く新しいものに変えたりするのが、錬金術師なんだもん」


「ええっ! 教えてもらえないんだ……。ちょっと不安だけど、この三年の間にいっぱいポーションは飲んできたし、頑張ってみようかな」


「そうそう、その気持ちが大事だよ。とはいっても、私は試験に落ちて錬金術師になれなかったんだけどね」


 ジルを治すためのポーションを作ろうとしたエリスは、三年前に錬金術師の道を歩もうとしていた。不眠不休に近い状態で頑張ってもポーションができなかったため、諦めざるを得なかったが。それならばと思い、代わりに作ってくれそうな錬金術師を探そうとして、錬金術ギルドに就職した経緯がある。


 しかし、自分よりもしっかり者のエリスができなかったと聞いたジルは、ただでさえなかった自信がマイナスの領域に差し掛かり、やる気が無くなってしまう。


「エリスお姉ちゃんができないなら、僕には無理だと思う」


「コラコラッ、さっきの勢いはどこにいったの? 昨日、錬金術師として頑張るって決めたばかりなんだし、やってみないとわからないでしょ。それに……あっ、アーニャさんが来た」


 エリスが『アーニャ』という単語を出した瞬間、錬金術ギルドに異様な緊張が走った。エリス以外の受付カウンターの女性が、ビシッと背筋を伸ばしてしまうほどに。


 そして、錬金術ギルドの入り口から、一人の女性が歩いてくる。

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