第69話:月の洞窟3
良質な素材を採取するため、月光草に含まれる二つの魔力が確認できるジルは、トコトコトコッと駆け回っていた。そして、月光草が二つ自生する場所でピタッと足を止める。
「こっちの小さい方がいいよ。一番魔力がきれいなの」
足元に自生する二つの月光草のうち、ジルが指を差すのは、成長しきっていない月光草だ。いつもアーニャが採取しているのは、隣の成熟した月光草であるため、それを指で差して確認する。
「そんな未熟な月光草がいいの? こっちの方が成長してるわよ」
「大きい方は魔力のバランスが悪いの。他のやつも全部そんな感じだったよー」
「引っかけ問題もいいところだわ。こんなの一生かかってもわからないわよ」
アーニャが不貞腐れるのも、無理はない。一般的に錬金術で良質な素材といえば、成長して立派に自生する青々とした薬草や、地面から顔を出したばかりの新芽が多い。中途半端な成長途中の薬草を使うことは、品質が低下する原因にもなるため、材料が枯渇しているときでもなければ使わないのだ。
無邪気なジルが何度も、コレコレ! と強く主張するように指を差し続けているので、間違いはないのだろう。
月光草を採取するため、アーニャはマジックポーチからミスリルナイフ……ではなく、ミスリルで作られたスコップを取り出す。腰を落として片膝をつくと、両手でミスリルスコップを握り締めて、勢いよく地面に振り下ろした。
ガキーン! と甲高い音が鳴り響く。
「うわぁ、固そうだね」
弱体化したアーニャの力が弱いとはいえ、地面をほとんど掘れていない。地面が掘らせないと反発するように、振り下ろされたスコップを弾き返してくるのだ。それでもアーニャは、ミスリルスコップで掘り進める。
「ここは特別な空間なのよ。まさか私も力仕事で苦戦するとは思わなかったのよね。最初はジルに上げたミスリルナイフで無理やり掘って、なんとか採取したの。今はこの通り、ミスリルスコップで掘ってるわ」
「えーっ! カッコイイ! 僕もほしいなー」
「やめておきなさい。こんなの作ろうとしたら、変な目で見られるだけよ。そもそも、ジルにこの固さの地面は掘れないわ」
「でも、他にも外で採取する機会はあるよね? 錬金術師も素材を掘ることはあるよね?」
「普通は錬金術師だけで採取に来ることはないわよ。護衛を雇わなければいけないし、アイテムの出費が増えて、赤字は確定だもの。こういう特殊な素材でなければ、冒険者に依頼を出すことが多いわ。私は弱体化を知られないように一人で来てたけど」
ジルのミスリルスコップを持ちたいと思う心を、現実という壁で踏み潰している間に、アーニャは小さな月光草を掘り終える。採取用の黒い袋をマジックポーチから取り出し、それに入れた後、アーニャは立ち上がった。
「こんなに小さいなら、余分に掘る必要がありそうね。良質な素材を研究するためにも欲しかったんだけど、ちょっと厳しいかしら。うーん、新芽が多いみたいだし、採取範囲を広げた方が良さそうね」
「じゃあ、今度はあっちに行こう。見えてるとこに良いやつがあるの」
「わかったわ、どれを掘ればいいか教えてちょうだい」
採取だけはジルにリードを任せ、アーニャは月光草を掘ることだけに集中する。
弱体化したアーニャがスコップで固い地面を掘れば、反動でダメージを食らうため、腕が痛い。あまり我慢しすぎると、痺れて握力障害が発生するし、ジルに余計な心配をされても困るので、何度かHP回復ポーション(中)を飲んで掘っていった。
掘っては移動を繰り返し、目標採取量の半分を経過する頃、突然、移動中にジルがしゃがみこみ、小さな石を拾う。
「アーニャお姉ちゃん、これは何?」
「何って、壁に入ってる月光石と同じでしょう? 自然の洞窟なんだし、天井の一部が崩れて落ちてきたんじゃないの」
「ううん。これは中が魔石みたいになってて、よく見ると魔力がいっぱい入ってるの。だから、月光石とは作りが違うよ?」
「ちょっと貸してみなさい」
ジルから拾った石をもらうと、アーニャは意識を集中させる。
すでに普通の月光石であれば、アーニャはいくつか持ち帰って、研究しようと試みたことがある。しかし、洞窟の外に持ち運んだ時点で、魔力が漏れ出て普通の石になってしまう。恐らく、月光石の成分がこの土地の魔力に反応しているだけにすぎない、とアーニャは考えていたのだが。
否定するのは、簡単なこと。道中も小石はいっぱい落ちていたのに、わざわざジルが足を止めて、これを拾ったのだから。きっと何かがある、きっと。
今までの経験からジルを信じ、針に糸を通すような気持ちで集中していくと、本当に僅かな違和感をアーニャは覚えた。
「言われてみれば、何か変ね。普通の月光石と違うのかしら」
「中にいっぱい魔力が入ってるの。壁で光ってる月光石よりも多いよ」
「私には何も感じないけど、ジルが言うなら……ん?」
手元の石を見つめながら、アーニャは思考を巡らせる。
壁に含まれる月光石と同じなら、パッと見ただけで自分も魔力を感じるはず。月光草に含まれる乳白色の魔力を認識できないと言っても、もう一つの白い魔力まで感じないのは、不自然なこと。やっぱり、この石には何かがある。
考えれば考えるほど不思議な石を見つめていると、ジルが一回り小さな石を差し出してきた。
「これも同じやつだよ。魔力は少し少ないけど」
「うーん、あまり悩んでいても仕方ないわね。ちょっと離れていなさい。二つあるなら、一つだけ中を確認してみるわ」
「はーい」
魔力酔いしないようにジルが距離を取ったことを確認した後、アーニャはマジックポーチからミスリルナイフを取り出し、石を半分にスパンッ! と切り落とす。すると、切った断面がパアッ! と明るく輝き、洞穴内を照らし始める。月光石よりも輝きが強く、洞窟内では眩しいと感じるほどの光を放っていた。
「なによ、これ。本当に月光石が魔石化しているのかしら。鉱物が魔石化するなんて、今まで聞いたことがないけど……。まあ、ジルと出会ってから不思議なことばかりが起こるんだもの。だんだん慣れてきたわ」
「アーニャお姉ちゃーん、僕の悪口を言ってないー?」
アーニャと離れていたため、うまく聞き取れなかったジルである。
「褒めていただけよ。魔力酔いはしてないの?」
「うーん、もう一つ割ると気持ち悪くなりそうな感じかなぁ」
「わかったわ。この石も少し持ち帰りたいから、また見つけたら教えてちょうだい」
「はーい。もうそっちに行ってもいい?」
「大丈夫よ。これはポーチに閉まっておくわ」
一向に輝きを失わない魔石化した月光石をポーチに入れると同時に、ジルが近づいてくる。
昨日も今日もずっと手を繋ぎ続けていたため、アーニャは無意識のうちにジルに手を差し出した。まるで、手を繋ぐことが当たり前のように、自然と二人の手が重なり合う。
「多分、あっちの壁の向こうに良いのがあるんだけど、魔力が強すぎるの。目がチカチカしちゃうから、違うとこに行ってもいい?」
「壁の向こう……ね。月光石は魔力を封じる封魔石の効果もあるのかしら。それなら、月光石が魔石化したことにも納得がいくわ。特定条件が揃うと石の中心に核を作り、そこに満ちた魔力を溜め込み始めるのよ」
「アーニャお姉ちゃん……」
「わ、わかってるわよ。これ以上は街に帰って研究しながら考えるわ。魔力酔いしない範囲で、月光草と魔石化した月光石を教えてちょうだい」
「はーい」
この後、ジルの指示に従って掘り進めたアーニャたちは、しっかりと採取ができたところで、洞穴を後にした。
***
山の中腹の広場に戻ってくると、周囲は暗く、星と月の輝きだけが照らす夜になっていた。
少しばかり眠い目を擦りながらも、ジルはアーニャのためにオムライスを作る。昨日は作ることができなかった、アーニャの大好きなオムライスを。
調理が完成すると、アーニャはすぐに食べ始める。たった一日食べなかっただけなのに、久しぶりに好物を食べるような無邪気な笑みを浮かべて。
「やっぱりジルのオムライスはおいしいわね」
自分のことを名前で呼んでくれるようになったアーニャの笑顔が、いつにもまして綺麗に見えるジルだった。
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