第22話:ジル、共感する

 高濃度の薬草スープの生成……もとい、ポーション作りに励み続けた、ジル。時間の流れは早いもので、早くも六日目を迎えている。


 錬金術師の試験は七日間しかないため、がけっぷち状態。どれだけ頑張っても薬草スープに深みが出るだけで、ポーションを作れずにいた。


「やっぱり弱い力で薬草をすりおろして、弱火で煮た方がいいよね。薬草のモヤモヤが安定するし、きれいな形でスープに溶け込むもん」


 気が付けば、錬金術から料理に代わってしまい、高濃度のマズイ薬草スープのレシピが完成。品質を向上されるために重要な工程ではあるものの……、それはポーションが作れるようになった後の、次のステップだった。


 薬草スープが会心の出来で仕上がると、コンコンッと扉がノックされる。昼ごはんを届けてくれるエリスが来たと思い、ジルはタタタッと小走りで扉に向かい、勢いよく開けた。


「エリスお姉ちゃ……」


「……エリスじゃなくて、悪かったわね」


 そこに立っていたのは、間違われてムスッとした表情を浮かべる【破壊神】アーニャだった。


 命の恩人とはいえ、初日にアーニャと会って以降、一度も会うことがなかったため、人見知りのジルは緊張する。幸か不幸か、ジルは緊張と驚きが合わさり、アーニャを見つめたまま動けなくなっていた。


「試験中のところ悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれないかしら」


「えっ? 僕が? えーっと、オムライスを作ればいいの?」


「あんたね、私のことをなんだと思ってるのよ」


 オムライスの印象しか残っていないジルにとって、アーニャに用があると言われれば、オムライスを作るという発想しか出てこなかった。


 しかし、家に行ってオムライスを作ったとはいえ、ジルとアーニャは出会って間もない関係になる。いきなり訪ねてきたアーニャに、「オムライスを作ればいいの?」というのは、大変失礼な発言である。【破壊神】と恐れられるアーニャに、ジルはとんでもないことを言ってしまったのだ!


 これには、さすがにオムライス大好きのアーニャも……。


「ちゃんと覚えておきなさい。オムライスの優先順位は、二番目よ。作ってほしいとは思ってる」


 あながち間違ってもいなかった。


「一番の目的は、ルーナの話し相手になってあげてほしいの」


「ルーナお姉ちゃんの、話し相手?」


「そう。いつもベッドの上で一人だから、私かエリスしか話し相手がいないのよ。あの子は子供好きで、私よりも寂しがり屋でね。おいしいオムライスを食べたことより、あんたと話せたことが嬉しかったんじゃないか、と思って。毎日エリスが会いに来てくれるけど、なんか最近、妙に元気が……って、ちゃんと聞いてるの?」


 エリスがいない場で久しぶりに他人と話した影響もあり、ジルの頭は動いていなかった。ぽっかーーーんと大きな口を開け、アーニャの話が右から左へ素通り状態。何より、アーニャが細かいところまで話すため、話が長くてややこしい印象を抱いてしまう。


 でも、そんなアーニャの話を聞いていないとも言えず、なんとなーくの雰囲気でジルは答える。


「う、うん。えーっと、ルーナお姉ちゃんは、寂しいの?」


「まあ……簡単にまとめるとそんなところよ」


 意外に的を射ていた。


「本当は試験が終わるまで待ってあげたかったんだけど、ちょっと難しいことになってきたのよ」


「ルーナお姉ちゃん、元気そうだったのに……。そんなに独りぼっちが寂しかったんだ」


 ルーナと同じように呪いで苦しんでいたジルは、孤独の苦しさを知っている。


 呪いに蝕まれる恐怖と孤独の寂しさが合わさるだけでなく、体を動かせないため、世界から監禁されているような気持ちだった。毎日エリスが懸命に支えれくれたが、常に一緒にいてくれるわけではない。会話ができるような状態ではなくても、もっと傍にいてほしいと思う自分は我が儘だなぁ、と思うようになっていた。


 頑張ってくれている姉に、これ以上何を求めるのか、と。


 そのこともあって、ジルはエリスに恩返しをしたいと思っている。面倒を見てくれた理由が、子供や弟なんて言葉では納得できない。ちゃんとエリスに、ありがとう、を形にして伝えたいのだ。そして、それは命の恩人であるアーニャにも同じこと。


 ましてや、自分と同じように呪いで苦しむルーナのことを考えれば、断れるはずもない! ポーション作りなんて二の次なのである!


「試験よりも、ルーナお姉ちゃんの方が大事だよ! 僕、ルーナお姉ちゃんといっぱいお話しして、オムライスを作りたい!」


「本当にいいの? 錬金術ギルドの試験は一度しか受けられないのよ?」


「うん、明日頑張ればいいもん!」


 力強いジルの目を見て、アーニャはホッと安心するように頬が緩んだ。


「よかったわ。久しぶりに新しいオムライスに出会った喜びに体が震えて、我慢できなかったのよね。錬金術に集中できないし、ルーナの治療薬にも支障が出てたから、本当に助かるわ」


 しかし、一番我慢できなくなっていたのは、オムライス信者のアーニャなのである! いくらルーナの治療薬にも影響しているとはいえ、このタイミングでカミングアウトされるのは、非常に厳しい。ルーナを助けたいというジルの幼い心が、踏み潰されたようなもの。


 これには、さすがのジルも拳を強く握り締める!


「僕、エリスお姉ちゃんを呼んでくる! アーニャお姉ちゃんはここで待ってて!」


 アーニャの話を聞いていない! 一刻も早くルーナの元へ向かうことしか頭になかった!


 急いで部屋を飛び出していったジルは、エリスを説得。少しばかり驚かれたものの、アッサリと承諾したエリスは、アーニャと三人でルーナの元へ向かうことになった。


 ジルには頑張ってほしいけど、ポーションに変換するのは難しそうだと思い、エリスは受け入れたのだ。


 弟は自分と一緒で、錬金術の才能はない。錬金術師を目指すように言葉で誘導しただけで、ジルに無理強いをさせてしまっただけかもしれないと、エリスはちょっぴり反省する。


 アーニャとジルを引き寄せることで、ジルの錬金術師の才能を開花させることになるとは知らずに。

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